表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サマーンの憂鬱 ~アルヘシーラス包囲戦~  作者: 蘭鍾馗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

5.ダンタリオンの想い人(2)

 サマーン、クロアチアという国を知っておるか?


 


 ここから地中海に沿ってずっと東へ行くと、地中海とアドリア海を分ける細長い半島がある。そこがイタリア王国じゃが、その半島のさらに東、アドリア海を隔てたところにクロアチアという国がある。そこに住む人々は、その多くが黒い髪と黒い瞳を持ち、我々とよく似ておる。


 そのクロアチアの台地の上の山の中に静かに隠れ棲む、背中に翼を持った異形の種族がおった。そこにダンタリオン様の暮らす小さな里があった。山から下りればわしらと同じ翼のない人間が住む大きな里があって、二つの里には交流があり、互いの違い等を気にすることはなく、長年仲良う暮らしておったらしい。


 そのうち、クロアチアにキリスト教が伝わり、広まった。


 ところが、彼らの聖典である聖書に出てくる「悪魔」の姿が、ダンタリオン様たち異形の種族に、不幸にもよく似ておったんじゃ。

 そして、誰かが言い出す。

「あの山奥に住む異形の者たちは、悪魔ではないのか?いずれ我々に悪さをするのではないか?」とな。

 噂というのは怖いものじゃ。ダンタリオン様たちは何も悪いこと等しておらぬのに、やがて里の人たちの態度が変わり、迫害を受けるようになった。

 

 ◇


「何も悪いことをしていないのに?」

「そうじゃ。聖書に出てくる悪魔に似ておるというだけで、人は誰かを差別し、追い詰め、殺してしまう。罪深い存在じゃ。」


「……殺してしまう?」


「まあ、その前に山里の異形の者たちは逃げたんじゃがな。里の側に、逃げる手引きをする者がいた。」

「それは誰ですか?」

「まあ聞け、話の続きじゃ。」


 ◇


 ある日、里の子供が、山へ遊びに行ったまま、夕方になっても帰らなかった。里の人々が総出で探したが、日暮れまでに見つけることが出来なかった。

 その話を聞きつけたクロアチアの王は、その里へ悪魔を追討する軍隊を送ることに決めた。


 話が早すぎるじゃろ?


 多分、前々から悪魔討伐の準備をしておったのじゃ。子供の行方不明の件が、それを始める体の良い口実にされてしまった。

 で、その悪魔討伐の軍隊の中に、異形の者たちを一方的に討伐することに疑問を持つ者がいた。

 アンテ様という名の若い騎士じゃ。

 この騎士、討伐に先立って、こっそり現地の下見をして来ると言って、単身山里を訪れた。もちろん目的は下見などではない。近々軍隊が攻めて来ることを山里の異形の民に知らせるためじゃ。

 アンテ様は農夫の恰好をして異形の民の山里に入り、村長に会うと軍隊の襲来を知らせた。その場にはダンタリオン様もいた。あの方は村長の娘だったんじゃ。


 村長はその場で直ちに、山里を捨てて逃げることを決めた。あの怪力と空を飛べる翼を持ってすれば、武装して戦うことも出来たやも知れぬが、かつては仲の良かった里の人々と争うことは、彼らの本意ではなかった。

 軍隊が来るという知らせはすぐに村中に伝えられ、彼らは村を捨てて逃げ始めた。

 そして、話の発端となった行方不明の子供じゃが、実は道に迷って彼らの里にたどり着いておった。村長はアンテ様にその子供を託し、アンテ様はその子供を連れて里へと降りた。ダンタリオン様も従いてきた。アンテ様とは大変仲が良かったのじゃが、ここから逃げると決まれば今生の別れになる。里まではゆけぬが、途中の小さな峠まで見送りたいといって従いてきた。


 ところが、峠につくと、甲冑を着て馬に乗ったひとりの兵士が待っていた。アンテ様が山里の異形の民と通じていることがばれておった。


「アンテ殿、悪魔と通じた裏切り者は殺せとの王のお達しじゃ。覚悟されよ。」


 アンテ様は戦おうとしたが、農夫に化けておるから武器等は何ひとつ帯びておらぬ。兵士が馬上から槍でアンテ様の胸をひと突きにした。そして連れていた子供も殺した。証拠隠滅じゃな。そして、次はダンタリオン様の番じゃった。


 ◇


「……殺されたんですか?」

「いやいや殺されていたら今頃ここにおらぬじゃろ。」

「じゃあ、戦ったんですか?」

「そうじゃ。そして、生まれて初めて人を殺したそうじゃ。」


 ◇


 ダンタリオン様は、怒りで我を忘れた。


 兵士が突き出す槍を握って止めると、それをへし折って自分の武器にした。

 背中から翼を出し、驚いて逃げる兵を上空から襲い、馬から引きずり落として、槍の穂先で甲冑ごと貫いた。そして、甲冑に空いた穴に手をかけると、それを引き裂いた。鉄の甲冑が裂けるいやな音がして、兵はつぶれた甲冑の中で即死したそうじゃ。


 我に返ったダンタリオン様は、アンテ様を放ってきたことを思い出した。

 すぐに戻ってアンテ様を抱き起した。心臓はまだ動いておったが、もう意識はなかった。


 今生の別れの挨拶のつもりで、ダンタリオン様はアンテ様に口づけをした。


<そのまま。>


 その時、頭の中で誰かの声がした。


<お前たちを不憫と思う故助ける。アンテの肉体はもう助からぬが、これよりアンテの魂をお前に預ける。しばらくそのままにしておれ。>


 ◇


「誰の声?」

「神様だったそうじゃ。」


 ◇


 それ以来、ダンタリオン様の魂は、アンテ様の魂とひとつになった。ダンタリオン様のあの武術の腕前や異様に幅広い分野の知識は、アンテ様から受け継いだものだそうじゃ。

 だが、アンテ様とひとつになったが故に、アンテ様とは逢えなくなった。

 愛する人とひとつになれたと言うのに、アンテ様を求める気持ちはどうしても消えなかったんだそうじゃ。不思議な話じゃな。


 それからダンタリオン様は放浪を始め、何十年もの放浪の末アンダルシアにたどり着いた。そして、ある日グラナダの市場で大暴れしている所を、ムハンマド様に拾われたんじゃ。


 ◇


「サマーン、泣いておるのか。」


「………もらい泣きです。知りませんでした。ダンタリオン様にそんな悲しい過去があるなんて。」

「泣き止め。泣き虫はダンタリオン様だけで充分じゃ。あの方が泣くと小娘のようになってしまうのは、多分アンテ様とのことを思い出すからじゃろうな。」


 サマーン、泣き止む。


「だからな、あの方は悪魔ではない。」

「あの方には(アッラー)のご加護がある。グラナダの守護天使じゃ。それを決して悪魔などと呼んではならぬ。」

「わかりました。」


 ◇


「さ、昼の訓練を始めるぞ。」

 副長に促されて、サマーンは立ち上がり、訓練用の刀をとって広場へと急ぐ。



 今日こそは、1勝してやる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ