3.海の要衝アルヘシーラス
「カスティーリャは、国内のごたごたが続いているようだな。」
◇
グラナダのアルハンブラ宮殿では、今、軍議が行われている最中だ。
「今、カスティーリャ国内では王位を巡る争いが起きておりますからな。騒ぎは当分収まらんでしょうな。」
側近のアフマドが言う。
「儂らとしては、何かあれば現国王のペドロ殿にお味方はするが、あの有様では、正直これ以上首を突っ込みたくはないな。」
ムハンマド5世が言う。
「では、暫く静観ですな。」
「ダンタリオンはどう思う?」
ムハンマド5世が、直参の参謀であるダンタリオンに意見を求める。
「私もそれが良いかと。」
「そうか。」
「ただ、今ならば出来ることもございましょう。」
「何だそれは?」
「今ならば、アルヘシーラスを奪還できるのではないかと。」
◇
アルヘシーラスは、地中海の西の出口、現在のスペインとモロッコとの間を隔てるジブラルタル海峡にある港町だ。海峡のヨーロッパ側には、河口の町アルヘシーラスと、その東に突き出た小さな半島の町、ジブラルタルがある。ここは海峡に睨みを利かす海の要衝であり、過去に何度も争奪戦が起きている。
その相手は、キリスト教国の大国でグラナダが臣従するカスティーリャであったり、地中海の対岸のイスラム教国マリーン朝であったりした。現在、アルヘシーラスはカスティーリャが、ジブラルタルはマリーンが領有している。
グラナダが、臣従するカスティーリャと戦をするのは一見奇妙であるが、グラナダとカスティーリャとの関係は、主従関係というよりは金銭の支払いによる休戦協定に近いものであり、いつどちらから破られるか分からない不安定なものであった。
また、マリーン朝は同じムスリムの国であり、キリスト教を奉じる大国カスティーリャに共同して対抗することもあったが、イベリア半島進出を目論みグラナダと対立したことも幾度もあった。
はっきりとした味方など、どこにもいなかったのである。
◇
参謀のダンタリオンが説明する。
「現在アルヘシーラスを領有するカスティーリャは、先のペストの流行による疲弊からまだ充分に立ち直っておりません。また、現王のペドロ様は、異母兄弟の『トラスタマラのエンリケ』と王権を巡る激しい争いの最中です。」
「ふむ。」
「今、アルヘシーラスに包囲戦を仕掛けたとして、とてもこちらに援軍をよこす余裕などありますまい。」
「ふむ。」
「よし、この機に乗じてアルヘシーラスを獲るか。」
ムハンマド5世が決断する。
「もう一つ、出来そうな事がございます。」
「何だ?」
「マリーンはマリーンで、現在自国の足下で起きている反乱に手を焼いており、イベリア半島の戦に介入する余裕はないと思われます。」
「それではマリーンからの援軍が得られぬではないか。」
「カスティーリャがアルヘシーラスへ援軍を出さなければ、我らだけでも充分落とせまする。」
「……そうだな。」
「実はマリーンは、もうイベリア半島から手を引きたがっているのではないかと。」
「うむ、確かに最近そういう気配はあるな。」
一呼吸置いてから、ダンタリオンが言う。
「これはアルヘシーラスを獲った後のことになりましょうが、一度『ジブラルタルを呉れ』と言うてみませぬか?」
「マリーンにか?」
「はい。」
ダンタリオンは、爽やかな笑顔で言うのだ。
「割譲の理由は、この間の反乱分子の制圧に兵を出した見返りとか、適当な理由をつけてもらいましょう。その上で、半島での面倒は、以後こちらで引き受けるから、と言えば、マリーンも渡りに船でございましょう。」
ムハンマド5世がニヤリと笑う。
「ダンタリオン、お主もなかなか悪よのう。」
「ムハンマド様程ではございませぬ。」
「お二人共『悪代官ごっこ』をしている場合ではございませんぞ。包囲戦となれは攻城塔や投石機も用意せねばなりませぬ。船も沢山要りましょうな。」
軍を束ねる大将のハサンが言う。
「そうだな。では早速準備にかかってくれ。」
◇
1369年、グラナダがカスティーリャからアルヘシーラスの支配権を奪い返した戦いが、ここから始まる。




