2.剣の舞
「さあ、ややこしい話は終わりました。今夜は大いに食べて飲んで下され。」
◇
ムハンマド5世は、時々こうしてターイファと呼ばれる周辺のムスリム小国の諸侯を招いて宴を開く。グラナダ王国自体も、ターイファの一つだ。もっとも、主な目的は宴ではなく、周辺国と和平の約束をとりつけることだ。
隣の大国カスティーリャとは長年にわたり、何度も戦っては休戦条約を結び、それを更新してきた複雑な関係がある。今のカスティーリャ王ペドロとは良好な関係を保っているが、王が代わればまた互いに争う関係に戻りかねない。そういう時のために、周辺の諸侯とは良好な関係を保っておきたいのだ。
今日宴に招かれたのは、隣のある小国の貴族。王の親書を持ってやって来た。この小国も、大国カスティーリャとの関係には苦慮しており、この上グラナダとは出来ることなら事を構えたくない。それはまた、グラナダにとっても同じことだった。
楽団と踊り子が入って来た。賑やかな音楽が始まる。
近衛兵は、宴の間、王やその家族の席の後ろに立ち、不測の事態に備える。王の一番近くには、近衛隊長のダンタリオンが控える。
◇
「ダンタリオン、ひとさし舞わぬか?」
ムハンマド王がダンタリオンに声をかける。
「よろしゅうございますよ。」
ダンタリオンは笑顔で答える。
「楽団、サンブラを頼む。」
◇
アラブの二拍子の舞曲、サンブラが始まる。
ダンタリオンは、舞台に上がると、やおら腰に帯びた半月刀を抜き、顔を半分隠すようにして、横向きに両手で捧げ持ち、片膝をついて客人に挨拶をする。
驚く客人を尻目に、音楽が始まる。
不老不死ゆえ、齢三百を超えてもまだあどけなさの残る、少女のような顔をしたダンタリオンが、半月刀で顔の下半分を隠すと、その二つの黒い瞳には、何か恐ろしい力を秘めているかのような、不思議な迫力が宿った。そして、どこか深い悲しみに堪えているようにも見えた。
音楽に合わせて、ダンタリオンが剣を振り、円を描くように回り、時折足を踏み鳴らす。視線は前を向いたまま、決して上を向かない。剣を持たぬ左の掌も、決して上を向けることがない。
それは踊り子の踊る動きとは違う。テンポに緩急をつけたその動きは、サンブラのリズムに見事に調和しながらも、どこか不思議な感じのする踊りだった。
◇
新人近衛兵のサマーンは、暫くその踊りに見とれていたが、ふとあることに気づいた。
これは、剣術の動きだ。
踊りによる模倣ではない。戦う兵の動きそのものだ。
そう思って見ていると、踊りの動きの先に、剣を交える相手の姿が見えてくる。
相手の剣を払う、小さな動きで避ける。大きく踏み込んで懐へ飛び込む。円を描いて舞うようにしながら背後に回り込む。そして相手に剣の切先が届く。脇腹を突く。首を切り落とす。
恐ろしい。だが、美しい。こんな舞は見たことがない。
やがて舞が終わり、ダンタリオンは最初と同じ姿勢で剣を捧げ持つと、片膝をついて客人に一礼する。
拍手が沸き起こる。
◇
あれは舞踊ではない。剣術の「型」だ。
その夜、宴の後でサマーンは、砦の奥にあるダンタリオンの部屋の扉を叩いた。
こんなことをしてはいけないのは分かっている。だが、明日の朝が待てなかった。
「サマーンか……何の用事か。こんな夜中に失礼だぞ。」
「ダンタリオン隊長。お願いがあります。」
「何だ言ってみろ。」
「あの舞を教えて下さい。あれには剣術の基本の動きが全部入っていました。」
ダンタリオンは、少し驚いた後、暗闇に明かりが灯るような満面の笑顔でこう答えた。
「あの舞の正体に気付いたんだな。お前はいい目を持っているようだ。明日から教えてやる。」
「ありがとうございます!」
「今日はもう帰って寝ろ。」
◇
宿舎に戻りながら、サマーンは思った。
分かった。皆んなあの笑顔にやられたんだ。
反則だよなあ。




