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お目通りと告白


 捕った獲物の処理を終えてファイと様子を見に行った時、里長の住まう大屋根の下には人集りが出来ていた。

 総領のお姿を一目見ようと集まった人々の喧騒を聞く限り、総領の容態は落ち着いた様子である。

 安堵して家に戻ろうとした矢先だった。


「翠殿ぉ!!」


 背後から張り倒されんばかりの大声で呼び止められた。

 振り返れば先程の護衛である。

 よく通る大声に誰もが視線を送る中、彼は駆け寄り、深々と彼女に向けて頭を下げた。


「少しお時間宜しいか?」


 単刀直入な問いに思わず愛想笑い。

 皆の視線を思うと断りたかったが、結局言われるままに大屋根に誘われ、何故かファイも一緒に奥へと通された。


「お初にお目に掛かります。芙蓉家第三分家、芙蓉 実一(さねかず)の子、翠と申します」


 護衛の一人にファイの手綱を願いつつ、三つ指を立てて深く頭を垂れて名乗った。

 温かい眼差しを送る里長達は、こちらの所作に満足そうだった。

 何度も姿勢が悪いと父に尻を引っ叩かれた甲斐はあったらしい。

 しかしながら場の面子に緊張が増した。

 そもそもとして大屋根に入った途端、身包み剥がされ、上等な絹織物を着付けられたのは何故だろう。

 まるで、これから見合いでも始まるかのような空気である。

 場の顔触れに里長一族の龍刹家の方々がいるのはまだ解るが、何故に幼馴染の蓮花を始めとした芙蓉一族の本家筋に、里の重鎮達が勢揃いしているのか。

 部屋の片隅には、着替えをさせられている間に呼び出されたと思われる父までいた。


「そなたが翠殿か…、此度は礼を言う。苺も大変美味であった」


 鈴を鳴らすような声色で告げられた総領直々の言葉に、恐縮のあまり赤面した。

 苺は大きく熟れてはいたが、育ち過ぎて不格好で表面も潰れていた筈である。

 挙げ句には、ファイの炎で焦げても居た筈―――。

 水分補給の為、背に腹は代えられないとお渡ししたが、今思えばそんな苺を差し出すなんて失礼だった。

 申し訳無さのあまり、蚊のようにか細く「恐れ入ります」と返した。


「容れ物は後日、礼の品と共にお返しする。暫し待って欲しい」


 その言葉にまたも顔を上げそうになったが、ぐっと堪えた。

 流石に二度目の粗相は自分が耐えられない。


「恐れながら、私は護衛の方の問いや指示にお応えしただけです…。苺についても温情を頂くことでは…」


 言葉を選びながら、容器も礼も返さなくて良いと示唆した。

 そんなものを貰ったら後々の騒ぎが怖い。

 孵化が早かったこともあり、ファイが王竜の伴侶であることは里長と父にしか知られていない。

 ――薬師の父の跡を継ぐ安泰な未来の為、花嫁候補であることは何としても隠し通す。

 そう思った矢先だった。


「ならば、煌華に参られた折に花の髪飾りと共に返すとしよう」


 その言葉に耳を疑った。

 同時に衣擦れの音が聞こえ、上等な布地の袴が視界に入った。


「顔を見せてくれ」


 その囁きと共に頬に手を充てがわれ、(おもて)を上げた。

 戸惑う翠の瞳に映ったのは、儚げな美丈夫の微笑みだった。

 瞬間、翠は胸に迫った野苺のような甘酸っぱい感情を自覚した。


「そなたには吸葛(スイカズラ)が似合いそうだ。私の名は蘇芳。覚えておいて欲しい」


 そう楽しげに告げた彼は満面の笑みを零し、翠はドキンと脈打った心に狼狽えた。

 この偉傑華の地では、花の髪飾りを贈ることは求婚を意味する。

 そして煌華とは総領、榧ノ宮が暮らす偉傑華の都の名であり、ファイが成獣となった暁には彼女が行くことになる土地である。


(里長、バラしたな…!)


 緊張と恥じらいに泳がせた目で、翠は傍らで意味深に微笑む髭爺を睨んだ。

 そんな乙女の顔に、並ぶ芙蓉家一同は楽しそうにニヤニヤ。

 蓮花に至っては堪え切れずに噴き出した。

 身の危険を伴う狩人を生業にしている事もあって、芙蓉家の人々は身内の結束が固く、とんでもなくお節介―――もとい、面倒見の良い者ばかり。

 末端の分家とは言え、翠と父も親類の集まりには必ず呼ばれ、祝い事の度に皆でご馳走を大盤振る舞いする仲の良さである。

 故に今、明らかに恋に落ちた翠に対し、肥えた鹿を前にしたように彼等の目がギラギラと光り出した。

 大方、花嫁修業にちょっかい―――否、二年後に控える煌華での見合いに向けた手伝いをしたくて堪らないのだろう。


「さて…、里長よ。話があるとの事であったな?」


 その重責を背負うが如く榧ノ宮の家紋を刻んだ羽織を靡かせ、気を改めるように蘇芳は上座に戻って訊ねた。

 元より里長から大事な話があるとの事での此度の来訪である。


「はっ。他でもないこちらの娘、翠に関わる告白で御座います」


 その切り出しに、一番驚いたのは翠自身だった。


「白状致します。この者は王竜の伴侶を育てし御寮様候補にして、三十年前、我ら龍刹家の奸計により滅んだ葛之葉一族の最後の末裔、翠姫に御座います」


「えっ…」


 まさに晴天の霹靂だった。

 どういう事だと辺りを見回す翠に、芙蓉家の当主である大伯父は落ち着けとばかりに手を翳して手の仕草で面を下げろと指示。

 慌てて翠が再び頭を下げる中、里長から語られたのは長年の後悔だった。


 その昔、羽偉の里長一族であった葛之葉家は優れた水の妖術から派生した治癒の術を得意とし、彼等が作り出す作物や(まじな)い道具もまた優れた治癒の力を宿したと言う。

 その稀有な能力から葛之葉一族は、脆弱な王竜の伴侶の育成に成功し続け、何代にも渡って総領の花嫁の座を手にした時代があった。

 しかしその事を疎んだ傑蓮の里は、葛之葉一族の臣下であった龍刹家と結託。

 公には里同士の些細な仲違いから発展した争いとしたが、実際は葛之葉一族を抹殺するための謀反であった。


「成程…、しかし、何故今になって白状しようと?」


「今更ながら良心の呵責に耐えられなくなったのでございます…。当時の私はあの戦が先代である兄を筆頭に引き起こされた事を認める方が恐ろしくありましたが…」


 そこまで告げ、里長は後悔の涙に言葉を詰まらせた。

 長きに渡って里の皆に慕われ、その治癒の力で偉傑華を護り続けてきた葛之葉一族を皆殺しにしてまで、今の座に座り続けることに―――、その罪が次第に辛くなった。

 先の蘭姫等の茶番により最早、自身ら龍刹家では里を治めるには力不足である事を痛感し、位高ければ特高きを要するべきでありながら、その立場に胡座を搔き、あろうことか同じ羽偉の民を下民と罵り嘲笑う様に耐えられなくなった。


「故に…、この場を持って龍刹家は里長の任を辞し、葛之葉一族の懐刀であった芙蓉家に譲りたく存じます…」


 その進言に皆が静かに頷いた。

 それが羽偉の里の為に、皆で出した決断だった。


「成程…、皆の決意は固いと見た。その英断、確かに聞き入れよう」


 皆の決意に蘇芳はゆっくりと頷き、進言を承諾。

 直ちに持ち寄られた里長に関わる任命書に承認したことを示す名を書き入れた。


「しかしながら、翠殿が葛之葉の末裔というのは?」


 龍刹家と芙蓉家が書面を確かめる中、腕を組みながら蘇芳が訊ねる。

 すると、ここぞとばかりに手を上げて翠の父が理由を話した。


「僭越ながら申し上げます。翠の母に当たる今亡き我が妻、芙蓉 (うめ)は先の戦の折に逃げ果せた葛之葉の翡翠(ひすい)姫なのでございます」


「はっ?」


 野太い声を漏らし、翠はどういう事だと父を見た。

 翠が九つの時に急な病で亡くなった母は先の戦の折、芙蓉家に引き取られた傑蓮の名のある一族だと聞いていた。

 激しい戦いの中で親を失った母を、芙蓉の本家はいつか傑蓮の親族が迎えに来るまで大切に育てたのだと―――。

 そして、同い年で共に育った父と恋仲となり、夫婦の契りを交わして自らが生まれたのだと聞かされていた。


「全ては我等の独断にございます。当時の混乱から葛之葉の血筋と知られぬよう名を変えさせておりました」


 そう告げたのは芙蓉家当主の大伯父だった。

 曰く葛之葉一族が滅ぼされ、羽偉の里を龍刹家が取り仕切る事になった事を受け、大伯父は匿った母が本名の翡翠と名乗り続けるのは危険と判断。

 故に名を変えさせ、傑蓮の名家の出であると嘘を吐くことになったそうだ。


「翠にも成人の折に明かすつもりであったが、此度の機会こそが絶好と判断した。何より既にお前の妖術ならば刺客の一人二人くらい捻じ伏せるなど容易いと思ってな。三年前にも大層肥えたカワアラシを一発で仕留めた程であるし…」


 何処か誇らしげな大伯父に、翠は物言いたげに不貞腐れた。

 こんな大事な話ならば、事前に言って置いて欲しかったものである。

 ちなみに三年前に大暴れしたあのカワアラシは結局、その日の夕方に下流で死んでいるのが見つかり、芙蓉家の皆に呼び掛けて夜通しで解体。翌朝に鍋や蒲焼にして里の皆に振る舞った次第である。

 よく脂が乗って身も柔らかく美味しかったのを記憶している。


「そうか。あれはやはり、そなたであったか…」


 そんな呟きに、ハッとまたも頭を下げる。

 蘇芳は菩薩のような笑みを浮かべ、懐から懐紙に包んで持ち歩いていた古びた生成りの羽根を取り出した。

 あの日以来、王竜である槐はその羽根を咥えて放さず、無理に取ろうとすると酷く怒って手が付けられないので、長い説得の上で代わりに預かっていた次第である。


「あの時、我が友の王竜が嬉しげに持ち帰った風切り羽だ…、そなたの友の羽根だったのだな」


 翠の隣で待ち草臥れた様子で伏せるファイと羽根の色を見比べ、彼は喜々と語った。

 二度も命を救われるとは運命めいたものがあった。


「そ、その節は美味しい砂糖菓子を頂きまして…!恐縮の限りにございます!」


 それ以上掘り返さないでとばかりに翠は上擦った声を上げる。

 当時、持ち帰った砂糖菓子の包み紙に描かれた家紋で相手が榧ノ宮だと気付いた父には大手柄だと大笑いされ、カワアラシを解体しながら芙蓉の皆からもやいのやいのと茶化された。

 今思えば皆薄々ファイが伴侶の竜だと気付いていたのだろうが、蓮花を主に芙蓉家一同に至っては次なる御寮様だと喚くものだから、火消しに追われる羽目になった。

 暫く蘭姫や龍刹家の目が怖かったことは忘れない。


「…ふむ。この様子ならば、二年後の見合いも問題無いだろう。何より毛並みが良い…、とても可愛がられているのだな」


 徐ろに歩み寄った蘇芳は、まじまじとファイを観察。

 手を伸ばして顎を撫でてやれば、尾を振って無邪気な瞳でもっと撫でて欲しいと甘えてきた。


「…恐縮です…っ…」


 総領である彼に飛び掛からぬよう首元をしっかり押さえつつ、翠は恐縮した。

 元気で良いのだが、ファイは人懐こさが尋常ではない。

 遊べと誰彼構わず飛びかかってしまうこともあるので、体が大きくなった近頃は押さえるのに手を焼いていた。


「ははっ、躾が大変なようだな…。これからも頑張って欲しい」


 そんな様子に心中を察したのか、蘇芳は苦笑い。

 励ますように下げたままの彼女の頭を優しく撫で、その様に芙蓉の皆から微かに黄色い悲鳴が上がり、翠は耳まで真っ赤になった。


「蘇芳様、そろそろ…」


 ふと侍従が声を掛ける。

 同時に広間の隅にあった年代物の振り子時計が鐘を鳴らし、夕餉の時間を知らせた。


「蘇芳様、差し支えなくば夕餉を如何でしょうか?上の間に用意させて御座います」


 そんな()里長の提案に、蘇芳は是非にと笑みを零した。


 三々五々皆が散っていく中、翠も徐ろに腰を上げて、父と共にファイを連れて家路に就こうとした時だった。

 悲鳴混じりにざわついた背後を振り返り、倒れ込んだ蘇芳の姿に目を剥いた。


「っ!翠、来なさい!」


 そう叫んだのは薬師の顔をした父だった。

 一緒に蘇芳の下に駆け寄るや、父は懐に入れていた鍼と持ち寄った薬草を手に取り、そして母の形見である翡翠の腕輪を翠へと渡した。

 治癒の妖術を行う時、必ず身に着けているものだ。


「翠、神治(しんち)の胡蝶を使いなさい…!今のお前なら出来る筈だ!」


 腹を括れと父は告げ、引き付けのような異様な呼吸をする蘇芳を仰向けに寝かせて、その襟元を遠慮無用で開く。

 鬼気迫る顔付きをした父に、翠は血の気が引いた。

 その顔を見せる時は決まって、患者の状態が深刻なのだ。

 しかも言われた術は、幼い頃に母に習ったものの妖力の消費量があまりに多く、動物を使って何度も挑戦したが失敗を繰り返し、命を救うこと叶わずに沢山の涙を呑んだ大技―――。

 当然ながら人に使ったことなど一度も無い。

 過去の無念に躊躇う間にも、父は彼の体中に鍼を素早く施し、腕輪をした上で心臓の上に手を充てがうよう急かした。


「大丈夫。今のお前なら上手くやれる…!」


 そう言って翠の背を叩き、父は皆に離れるように指示。

 皆が見守る中、翠は覚悟を決めた。

 ここで自分が諦めたら、総領の命が無いことは嫌でも解った。


「…天地遍く八百万の精霊よ…、今ぞ我が願いを癒しの力へと転じ、病を退け給え…!」


 緊張に震えながらも強い願いを込め、両の手を弱まる鼓動へと押し当てる。

 掌を伝い、奪われるように流れ出す妖力に脂汗が噴き出した。


 苦しい。

 止めてしまいたい。


 駄目だ。


 助けなきゃ。

 助けたい―――!


 覚悟が祈りに変わった瞬間だった。


 ドス黒い蛇の姿が手元より飛び出し、瞬間、それが宙で霧散した。

 代わりに銀の風が踊るように翠を取り囲み、温かな金の光を纏う無数の蝶となって蘇芳の体に吸い込まれた。

 次第に掌に強い鼓動が感じ取れた。

 ―――良かった。

 成功した。

 そう安堵した瞬間、プツンと翠の意識は途切れた。

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