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花嫁の条件


 偉傑華の中心にある煌華(ファンカ)宮殿は、全ての狼神竜が産み落とされる神聖な場所である。

 総領である榧ノ宮家は代々全ての狼神竜を統べる王竜の友となってこの地を守り、十三の歳を迎えた里の子供等に授けられる卵の管理も行っている。

 その為、榧ノ宮に嫁ぐ者はその重責を担うに足る能力を試され、その試金石こそが王竜の伴侶の育成であった。


「そうか…、傑蓮に預けた卵は皆、大地に帰してしまったか…」


 心地の良い夏風が抜き抜ける謁見の間にて、傑蓮の里より訪れた使者から書状を受け取った総領の蘇芳は溜息を零した。

 王竜やその伴侶となりうる竜は身に宿す妖力が強過ぎる故、雛の時期は特に己の力に耐えられず命を落とし易い。

 それは最早、宿命でもあるが今の王竜が育ち上がって既に五年が経った。

 そろそろ伴侶を充てがってやらねばならない時期に来ているし、己も今年で二十歳を迎える。

 王竜は他の竜とは異なり、長く連れ添った伴侶の竜との間にしか生まれて来ない。

 それは王竜とその伴侶の妖力が共鳴し、馴染む為の月日であり、少なくとも十年は(つがい)である必要があるとされている。

 先代の時には王竜が気難しい性格だった為に中々伴侶の竜が定まらず、父が三十八にして二十の母が輿入れすると言う大きな年の差となった。

 挙げ句、同時期に起きた羽偉と傑蓮による争いを鎮める為、先陣を切って鎮圧に入った父は深手を負い、その治療の為に婚姻の儀も先延ばしに―――。

 どうにか跡継ぎとなる己が生まれたが、元より心臓に病を抱えていた父はそれまでの心労が祟り、己が二つの時に天に召された。

 挙げ句、父と同じ心臓の病を持っていることが五つの時に発覚。

 主人を亡くした上、その忘れ形見にも不安を抱きながら、女主人として榧ノ宮を取り仕切る羽目になった母の苦労は計り知れない。

 せめて、少しでも早く相棒である今の王竜、槐が早々に伴侶を決めて、己も子を成し、母を安心させたいが―――。


「残るは羽偉の里の“あの卵”だけか…」


 使者が去って間もなく、蘇芳は頭を抱えて途方に暮れた。

 羽偉の里にて蘭姫が早々に雛を死なせた挙げ句、一騒がせを起こしてから三年―――。

 里長によれば、もう一人の娘は順調に雛を育てているとの事であるが、その雛も無事に成獣になれるとは限らない。

 伴侶の竜は駆体が大きくなるに連れてその妖力も増し、自らの力に中毒を起こす個体や力が暴走して錯乱する個体もある。

 加えて、無事に番が成立しても王竜と力が釣り合わなければ胎に宿した子の力に当てられて産み落とす前に死んでしまう場合もある。

 これが王竜の伴侶が、脆弱で気難しいと言われる由縁だ。

 挙げ句、最後に残った一つは訳有りで、本来その卵は人の子の手には渡るものではなかった。


 そもそも偉傑華にいる狼神竜は、人の手により孵された人馴れしている竜と森羅万象の理の中で生きる野生種の二種類に分けられる。

 榧ノ宮の初代当主の時代に遡るが、その昔、偉傑華では狼神竜を狩りや戦の道具として手懐けるべく野生の竜の巣から度々卵を盗み、その雛を調教していた。

 当然ながら親竜と喧嘩になることもあり、卵採取は命懸けであったが、ある時とある群れが人に托卵することで、雛が大型獣に襲われること無く安全に育つ事を理解した。

 次第に竜達は人に卵を託すようになり、そうしてその群れの塒だった場所に建てたのが煌華宮殿である。

 巣作りに適した環境と人の護りを得た狼神竜は挙って煌華宮殿に集い、いつしか全ての狼神竜達がこの地で雛を育てることを習慣とした。

 初代榧ノ宮は人を信じてくれた彼等への感謝を込め、人の手で育てた竜以外からは卵を採ることを止め、それを竜達も理解。

 そして、竜達もまた雛を安全に産み育む環境を与えてくれた人を信頼し、その証として王竜と榧ノ宮は友の契を結ぶようになった。

 けれど―――、そんな歴史がありながらも時には不幸が訪れる。

 不意に入り込んだ魔物や大型獣に卵や雛が食われてしまうことや餌探しに出たまま戻って来なくなる親竜も居た。

 あの卵もそうだった。

 王竜の伴侶となり得る卵ながら、その親は野生の狼神竜であった。

 仕来りに則り、皆で温かく様子を見守っていたが、ある時パタリと雄の竜が帰って来なくなった。

 狼神竜の雌は抱卵中、片時も巣から離れず卵を護り、雄が外で狩りをしてその世話をする。

 加えて番の絆は深く、特に野生種は人の手を借りることを嫌う。

 案の定、その雌は次第に衰弱し卵が孵る前に事切れてしまった。

 可哀想にも雄が何処かで熊に襲われるなど不幸に見舞われたのだろうと宮殿の誰もが思っていた。

 しかし―――、雌の亡骸を弔って間もなく、偉傑華の治安維持を司る護衛隊より齎された知らせで、雄の竜は妖力の高さから呪具の素材を集める隣国の密猟者に襲われていた事を聞かされた。

 護衛隊は直ちに密猟現場に突入して粛清に入ったそうだが、その時には既に雄は息絶え、無惨にも毛皮にされた後だった。

 本来ならば、野生の雛は親の死と共に天に召される運命だったが、人の手により惨殺されたことを受け、堪らず卵の保護に踏み切った。

 勝手ながらの罪滅ぼしだった。

 丁度その頃だった。

 羽偉の里長から、是非に伴侶の卵を託したい娘がいるとの連絡があった。

 人の手による抱卵開始時期はとっくに過ぎていたが、それでも良ければと返事を送った所、それでも構わないからと返しが来た。

 余程、花嫁に相応しい裁量なのだろうと期待を持った。

 願うならば無事に孵り、人の温もりに護られながら生き抜いて欲しい―――、そう願いを込めてあの卵を送り出した。


「失礼します。蘇芳様、羽偉の里長より文が届いております」


 そんな侍従の声にはたと顔を上げた。

 いそいそと持ち寄られた文に目を通し、その内容に眉を顰めた。

 そこには羽偉の里の今後に関わる大事な話があるとの内容が認められており、差し支えなければ羽偉の里まで来てもらえないかとの依頼だった。


「…羽偉の里長が呼び立てるとは珍しい。何か大きな動きがありそうだな…。承知した。近日中に羽偉への訪問の日取りを決められるか?」


「急ぎ、調整致します」


 そう答え、侍従は会釈の上で素早く踵を返した。


「…いよいよ龍刹家は腹を括ったか…」


 憂いげに呟きを漏らしながら、俄に痛み出した胸に懐に手を差し入れ、印籠を取り出す。

 一騒ぎを起こした蘭姫はその後、屋敷に引き籠るようになり、近々隣国の年の離れた富豪と婚姻を結ぶことになったそうだ。

 龍刹家としてはケジメと言うが、要は厄介払いである。

 哀れな気もするが、この偉傑華で竜育てに失敗し、更には竜を蔑ろにするというのは、それだけの罪なのである。

 竜と共に生き、友である竜の為に努力する―――、それが、この地の民の誇りなのだ。

 そうであるが―――…。

 物思いに苦い薬を口へと放り込み、出されていた茶で流し込んだ折だった。

 バサリと羽音がして、大きな窓から白銀が降り立つ。

 王竜の槐が土産とばかりに大層肥えた雉を咥えて揚々と帰ってきた。


「また上物を獲ってきたな…。すまんな、槐。共に狩りにすら行けぬ主人で面目ない…」


 伸ばした手で顎を撫でつつ、不甲斐の無い己を詫びた。

 病を抱えた心臓は年々悪化しており、近頃は相棒の背に跨ることすらままならない。

 そんな彼に槐は少しでも滋養のあるものを獲ってきてくれるようになったが、それが蘇芳には心苦しかった。


「…早くお前の伴侶を決めねばな……」


 そう哀しげに呟きながら、擦り寄る鼻先を抱き寄せる。

 そして残された己の命の短さに溜息を零し、悔し涙を隠すように目を伏せた。

 狼神竜の寿命は元来、人よりも長く百年を優に超える。

 しかし、人と友の誓いを結んだ竜はそれが楔となり、多くはその死を追うように忽ち衰弱して間もなく命を落としてしまう。

 歴史上、偉傑華の総領が若くして急逝し、王竜もその後を追った事は無くもなかったが、血統が途絶えてしまった事はなかった。

 これまで数千年に渡り、王竜と榧ノ宮は絆を結んできたが、それも己の代で途絶えてしまうかも知れない―――。

 その重責に蘇芳は押し潰されそうだった。

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