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王竜の伴侶


 手渡された抱えるほどに大きな卵には、複雑で綺麗な銀の唐草模様が入っていた。

 それを見た瞬間、十三歳の歳を迎えた少女、(すい)は絶句した。

 森深きこの偉傑華(イジュカ)の地では民は皆、竜と共に生きる。

 この地に生まれた子供は皆、十三歳になると同時に狼神竜という大きな翼に対の角を持つ狼のような竜の卵を与えられる。

 そして、その卵から生まれた竜を生涯の友とし、立派に育て上げることが成人の証とされる。

 しかし、翠に与えられたのは唯の狼神竜の卵ではなかった。


「交換してきて!」


 半泣きで卵を運んできた父に頼んだ。


「無理。里長からの推薦」


 速攻で返されて絶望した。

 父も青天の霹靂だったのか、いつも脳天気な程に朗らかな顔色が険しく曇っていた。

 それも当然である。

 その卵に刻まれた模様は全ての狼神竜を統べる【王竜】の、その伴侶となり得る仔であることを示していた。

 同時にそれはこの地にある二つの里、羽偉(ウイ)傑蓮(ジュレン)を取り纏める総領、榧ノ宮(かやのみや)の花嫁候補であることを意味していた。




 一夜明けて、悲しみに暮れながら頑張って作った御包みに卵を包み、赤子の如く胸に抱えた。

 里の伝統で、卵を温める御包みは自分で作るのが決まりである。

 如何に頑丈に温かく卵を守れるかが重要だが、その装飾も力量として量られる。

 裕福な家なら上等な布地を誂え、豪華絢爛な御包みに出来るが、生憎と翠の家はそんな余裕はない。

 亡き母に叩き込まれた刺繍で布地を補強し、薬師の父が保有する薬草園の害獣駆除ついでに捕った兎の毛皮を裏地に使うのが精一杯であった。


(何で、よりによって王竜の伴侶なのよ…!)


 不貞腐れながらも学舎(まなびや)に向かうべく、彼女は手提げを引っ手繰った。

 王竜の伴侶を育てることは、里の者にとってはこれ以上ない誉れである。

 総領である榧ノ宮の狼神竜である王竜は強烈な妖力を持ち、その力に当てられることなく次なる王竜の卵を産み落とせる竜を【王竜の伴侶】と呼ぶ。

 それを成獣まで育て上げた者は、伝統として榧ノ宮の花嫁花婿に迎えられるのだが、問題はこの竜の雛が物凄く病弱で、途轍もなく気性が激しい傾向にあるという事―――。

 過去、王竜の伴侶の卵を任された先輩達が何人も途中で雛を死なせたり、その気性の荒さに匙を投げている程である。

 その癖、そんな難しい雛の世話を押し付けられたのに、きっちり竜育てを失敗したというレッテルを貼られるのだから堪ったものではない。


(ったく、貰っちまったもんは仕方ないし育てるしかないけど…!里長の馬鹿爺!私は普通の竜が良かったのに!)


 我が身を嘆く内、学舎の己の席に到着した。

 抱える卵には申し訳ないが、病気ばかりする手間の掛かる竜を育てるほど翠の家に余裕は無い。

 日々、父と一緒に薬草を育ててはそれを調合し、時には母直伝の治癒の妖術を使って里の人々の傷や病気の手当てをしているが、患者が少なければその分、収入も減る。

 季節によっては森で狩りをして毛皮を売ったりもするが、それも獣が獲れるか否かの運次第。

 何より、素朴な生活をしてきた彼女にとって、総領の花嫁など別世界過ぎて荷が重かった。

 身の丈に合った長閑で平凡な生活が一番であった。


(取り敢えず孵化するまで絶対、誰にも卵を見せない!王竜の伴侶だと知られたら私が終わっちゃう!榧ノ宮様のお嫁なんて花嫁修行が地獄過ぎる!)


 そんな決意を胸に卵を抱き締め、新たに抱卵を始めた翠に興味津々な同級生に目を光らせた。




「あら、御機嫌よう。芙蓉(ふよう)の分家の翠さん?」


 学舎からの帰り際、そんな声に思わずうっと肩を揺らした。

 道の端に寄りつつ、己の存在を誇示するかのようにシャラシャラと鈴を鳴らす日傘を傾ける姿とその群れに頭を下げる。


「ご機嫌麗しゅうございます、龍刹(りゅうせつ)様…」


 卵を落とさないよう抱えつつも膝を折り、深く頭を下げたまま祈るように手を合わせて目上の者に対する挨拶を執り行う。

 この偉傑華の地には、総領の榧ノ宮を筆頭にいくつかの雅族(がぞく)と呼ばれる特権階級の家柄がある。

 その一つが眼前に現れた御令嬢、(らん)姫の生家、龍刹家である。

 龍刹家は羽偉の里長の一族であり、この地に存在する火、水、風、地の四大妖術の内、火の妖術を得意とすることで有名である。

 三十年前程までは葛之葉(くずのは)と言う水の妖術を得意とする一族が取り纏めていたそうだが、かつて起きた傑蓮との諍いによりその一族が滅び、先代総領の時代に龍刹家が里長の任を受けたそうだ。


「嫌ねぇ…!同い年なんだから、もっと気さくに挨拶して良いのよ?」


 そう言って、彼女はコロコロと微笑む。

 しかし翠にしてみれば、そんなことが出来る訳がないし、相手がそれを知った上で誂っていることも気付いている。

 翠の家は階級としては末端とされる狩人の家系で、歴史はあるが泥臭い仕事を生業としてきた。

 父の生業である薬師も怪我や毒に接することの多い狩人の仕事から派生した物として、里では低俗な職として扱われている。


「蘭様ったら、こんな下民にもお声を掛けるなんて、何とお優しい…!」

「きっと、次の御寮(ごりょう)様は蘭様ね!」


 俗に言う取り巻きの娘達はこちらを嘲笑いながら蘭姫を讃える。

 御寮様とは榧ノ宮の花嫁のことで、今年の初春に十三を迎えた蘭姫は当然のように王竜の伴侶の卵を貰い受けた。

 以来、その敬称は周囲に吹聴する為の常套句になっている。


(この茶番、早く終わってくれないかな…)


 いつもの光景ながら、翠は早くこの場を立ち去りたかった。

 これから家の裏にある薬草園に行って、頼まれている薬草を取ってこなければいけない。

 薬草を乾燥させたり調薬にするには時間が掛かるし、時には急患で母から受け継いだ治癒の妖術を受けに来る患者もいる。

 母が生きていた頃よりは患者は減ったが、彼等の期待に答えるためにも暇を潰している場合ではない。


「…ちょっと聞いてるの?」


 その声に内心、溜息を吐いた。

 この地では、仕来りとして身分の低い者は相手に許されない限り、面を上げてはならないし反論してもならない。

 特に雅族の者は伝統や風習を重んじるので、それを破れば問答無用で折檻される事も珍しくは無い。


「こ〜れだから下民は…!ちょっとお仕置きが必要かしら?どう思います?蘭様?」


 こちらが黙るしか無いことを良い事に、娘の一人が物騒な事を言い出した。


「そうねぇ…?そう言えば翠さんったら、この前の試験で学年一位を取ったそうねぇ?けれど、五科目全て満点なんて可笑しくなぁい?(ずる)をしたんじゃなくて?」


 取り巻きの娘に乗じて、蘭姫は嘲笑いながら問い質す。

 全く持って聞き捨てならないし、単に学年順位上位者は学費免除になる事から死ぬ気で勉強しただけである。

 だが、ここには翠の味方は居ない。

 どうやら絡まれたのはそれが原因らしい。


(不味ったな…、ちょっと力抜けば良かったか?いや、一位タイって書いてあったし下手に力抜いたら上位十番目まで入れなかったかも…)


 悶々と考えつつ尚も沈黙を守る。

 その瞬間だった。

 パチンと鳴った扇の音と同時に、首元に熱が過ぎる。

 視界の端、ひらりと揺れたお包みの布に咄嗟に卵を庇った。


「あら、残念…」


 そんな嗤い声に思わず、高貴な悪意の目を睨み返した。

 お得意の火の妖術でお包みを炙り、首に掛けていた布を焼き切ろうとしたらしい。

 危うく卵を割るところだった。


「ちょっと⁉下民の癖に睨んでんじゃないわよ!」


 台詞のような言い回しで怒鳴りつけ、言い出しっぺの娘が嗤いながら扇を振り上げる。

 咄嗟に卵を抱き締め、翠は(まじな)いの言葉を唱えた。

 瞬間、ダーン!と轟音を立て雷がすぐ傍の枯木を直撃。

 その音に魂消た娘達は短く悲鳴を上げ、燃え出す枯木にギョッとした。


「恐れながら、早いご帰宅を進言します。時期に雨が降るかと」


 怖いほどに淡々と告げ、好い加減にしろとの警告を持って腰を上げる。

 鋭い眼光を向ける彼女に、蘭姫と娘達は悲鳴と罵詈雑言を投げながら一目散に逃げ出した。


「…天気が味方したね」


 良い気味だと笑いつつ、翠はどんよりと曇り出した空の下、ぽつりぽつりと降り出した雨と戯れるように家路を急いだ。

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