106.トロール
「要するに彼ら……アリシアさん被害者の会ってことよね?」
ミカリが言う。
「被害者の会じゃねえよ! ヴァンパイア♰リベンジャーズ!!」
ミカリの一言にヴァンパイア♰リベンジャーズのメンバー達は憤慨している。
「ってか、……ドローンが飛んでる。どうやら配信されてるみたいだね……せっかくこんな夜中にわざわざ来たってのに……」
ミカリが言う。
「そうか……じゃあ、まぁ、こっちが隠密に行動するのも無駄みたいだな。リベンジャーズ……要は復讐者ということだな? 面白いじゃないか。クガ、こちらも配信するぞ」
「……! ……まぁ、配信するのはいいのだが……」
クガはドローンを起動する。
【うぉ、なんだなんだこんな時間に】
【なになに、これ、どういう状況!?】
深夜ということもあり、普段より人数は少ないが、それでも数百人規模の視聴者が現れる。
【ん? ダンジョンの前か……】
【あれ? この人達、吸血鬼さんに退場させられた人達かな?】
【つまりあれか……吸血鬼さんがダンジョンに帰るのを待ち伏せして復讐に来たってことか!?】
リスナーの中にはとても状況把握が早い人達がいる。
「復讐者…………いいだろう……受けて立とうではないか。全員、返り討ちに……って、あ……」
威勢よく返り討ちにと言いかけたアリシアが何かに気付く。
「あ、あの……クガよ……つかぬことを聞くが、ひょっとして殺したらダメ?」
「……気づいてくれたか……そうなんだ……アリシア」
「……な、なんと!」
わなわなとするアリシアをヴァンパイア♰リベンジャーズのメンバーはニタニタと嘲る様に笑っている。
「あいつら……! それであんなに勇ましく……」
「吸血鬼よぉ……お前が人間界で人間を殺してはいけないことは知っている。だから、こうして、ダンジョンの前で根気強く待ち伏せしていたんだよ。ダンジョンに帰るときには必ずここを通るからなぁ」
【根気強くというか……】
【なんという執念深さ……】
「それにな、人間界ではダンジョンによるパーティ4人の制約も受けない。多勢に無勢だ。あの日、この俺を退場させたことを存分に後悔させてやるよぉおお!!」
ブラックのその言葉を皮切りに、ヴァンパイア♰リベンジャーズのメンバー達が一斉に武器を持ち、走り出す。
「くっ…………卑怯な奴らめ……」
アリシアは唇を噛みしめる。
と、その時であった。
「「「「「「「「「「え……?」」」」」」」」」」
その場にいた全員が疑問の声をあげた。
アリシアでさえもだ。
ダンジョンの入り口前の広場に、突然、巨大な生物が出現したのである。
【え? あれって……】
【噓でしょ】
【……魔物?】
現れた巨大な生物は二足歩行の人型。
手には巨大な棍棒のようなものを持ち、明らかに魔物と思われる姿をしていた。
【なんだこいつ、見たことないな……】
【トロールってやつじゃないか?】
【それだ! トロールだきっと!】
魔物はリスナーによりトロールと命名される。
そのトロールは、ゆっくりと棍棒を振りかざし……そして、思いっきり地面に叩きつける。
衝撃によりアスファルトの地面がめちゃくちゃに破壊される。
それは明らかに殺意をもった行動であった。
「な、なんでこんなところにこんな魔物が……くっ……魔法部隊!」
アブナは魔法部隊に攻撃を指示する。
「魔法:火球!」
「魔法:氷塊!」
「魔法:水刃!」
ヴァンパイア♰リベンジャーズの後衛からトロールに向けて魔法が放たれる。
次々にトロールに命中していく。
しかし、トロールは「何かしましたか?」とでもいいように、お腹を搔いている。
そして、再び棍棒を振り上げる。
「た、盾役ぅうううう!!」
ブラックがそう叫ぶ。しかし、盾役は自分を守るのに必死で、最前線まで出てくることはない。
トロールの視線はアブナを捉え、そして棍棒を振り下ろす。
「ウボォオオオオオ!!」
「あぁあ゛ああああ゛ああ!」
アブナは死の恐怖に絶叫する。
しかし、棍棒がアブナを叩き潰すことはなかった。
「…………あ」
トロールが振り下ろした棍棒をクガが大剣で食い止めていた。
棍棒と大剣がこすれ合い、辺りに奇妙な金属音が響く。
「うおりゃっ!!」
クガは力一杯、大剣を押し戻し、トロールは数メートル後退する。
「大丈夫か!?」
クガはアブナに声を掛ける。
「…………ちょちょちょ……話が違うじゃねえか……こんな奴が来るなんて……冗談じゃねえぞ……俺達は死んだら終わりなんだぞ……う、うわぁああああああああ!!」
アブナ、サイオンをはじめとしたヴァンパイア♰リベンジャーズのメンバー達は我先にとその場から散り散りに逃げ出す。
「あっ……! ちょ、お前らなぁ……!」
セラが怒りをぶつけるように言うが、それで足を止めるような者は一人もいなかった。
「人間界じゃ、死んだら終わりなのは俺達も同じだっての……」
クガも嘆くように呟く。
結局、その場に残ったのはクマゼミの四人とクガとアリシアである。
「え、えーと……どうすれば……いいんでしょうね……」
クシナが震えた声で、誰とはなく問いかける。
「このままダンジョンに帰ってくれればいいんだけどな……」
クガが願望を口にするが、残念ながら、そうはならなかった。
トロールはゆっくりとダンジョンとは反対方向……つまり、人間界の方へ歩みだす。
【やべえよやべえよ】
【こいつが街まで来ちまったらまじでやべえぞ】
【どうすんだ、これ。とりあえず通報か!?】
リスナー達も困惑していた。
「くっ……」
クガが大剣を構える。
「……やるのか? クガ……」
セラも剣を構えつつ、クガに尋ねる。
「やるしかねえだろ……応援を待とうにもこんな夜中じゃ起きてる奴の方が少ないだろ」
そのクガの言葉で、ユリア、ミカリ、少し遅れてクシナがそれぞれの武器を構える。
「く、クガ……私は……」
「……アリシアは参加しなくていい」
「……!」
「お前は魔物だろ? 人間を守るために魔物を殺すのは大義に反するはずだ……」
「…………すまぬ」
アリシアは唇を噛みしめる。
「クマゼミの皆も無理しなくていい。死んだらガチで死ぬんだぞ」
クガは現クマゼミの四人にもそう語り掛ける。
「そうだよね、正直、ガチで怖いっての……」
ミカリは苦笑い気味にそう返す。
「なら……」
「だけどな」
「……?」
「なら」と言いかけたクガに被せるようにセラが言う。
「だけどな、嬉しくもある」
「……!」
「ダンジョン外ではパーティ四人の制約はないんだろ? またクガと共闘できる日がくるとはな……!」
その言葉と同時に、セラとユリアが前線に出て、トロールに近接攻撃を仕掛ける。
【うぉおおお、クマゼミ一時的に再結成か!】
【吸血鬼さん派閥ではあるが、これはこれで嬉しい】
【ククマゼミになっちゃうじゃんw】
「クガ……! お前は一旦、下がってくれないか!?」
「え……?」
セラからの要望にクガは驚く。
確かにクガはかつてクマゼミにおいて、ヒーラーの役割であり、後衛であった。
だが、ジョブが〝堕勇者〟となった今、クガは仲間への治癒や補助が使えなくなってしまった。
ゆえにヒーラーとしての役割を担うことができない。
それでも比較的安全な後衛よりも前衛で戦うべきとクガは思っていた。
だが、セラは続けて、クガ後退の意図を告げる。
「クガ、今はクマゼミではないお前に要望を出すのはおこがましいかもしれないが……できることならクシナを守ってくれないだろうか?」
「……!」
その言葉でクガはセラの意図を理解できた。
普通なら致命的なダメージを負ってすら回復させることができる天才ヒーラーのクシナ。
リライブが発動しないという今の状況において、絶対に失ってはいけないのはクシナであった。
「クガ、今更隠す必要もない。お前はこの中で一番強い! そして、どんな状況にも対応できるのはお前だ。だからクシナを守ってほしい」
「承知した」
クガは後退し、クシナの前に立ち、武器を構える。
「……クガさん」
クガの背中を前にして、クシナも少し安堵の表情を浮かべる。
「ら゛っ!!」
一方、前衛では、ユリアが杖を振り回し、トロールの棍棒を弾く。
その間にセラが脚に斬撃を加える。
「っ……! やはり硬い……」
しかし、やはりトロールの皮膚は極めて硬かった。
全く攻撃が通らないというわけではないが、有効な攻撃になっているようには感じられなかった。
「ミカリ! ユリアに集中的に強化を頼む!」
「わかった……! 魔力強化!」
それはクマゼミが硬い相手と対峙するときの定石であった。
ミカリによりユリアの火力を集中的に強化し、最大火力で仕留めるというものだ。
「よし、ユリア、一度下がれ。ここは俺がなんとかする」
「……うん」
ユリアは最大まで火力を溜めこむために、一度、後退する。
「さて、トロール……お前の相手は俺だ……」
「ウボォオオオオオ!!」
セラはトロールと一対一で対峙する。
【セラ、頑張れ!】
【お前の漢気と根性だけは認める】
【セラ……死ぬなよ……】
そこからセラは、ユリアが強化を完了するまでの時間を稼ぐために、必死にトロールのヘイトを集め、囮となる。
時間にして、10分程度。
だが、セラにとっても見ている者達にとっても、その時間はとても長いものに感じられた。
しかし、セラはやり遂げた。トロールの猛攻を凌ぎ切ってみせた。
「強化終わったよ! セラ……!」
ミカリのその声を聞き、セラは安堵する。
【うぉおおお! セラぁあああ!】
【やればできるじゃねえか……】
【頑張ったな……お前……】
だが、まだ完全に終わったわけではない。
ユリアの攻撃の隙を作るという最後の一仕事が待っている。
その時、突如、トロールがターゲットを変更する。
セラを無視して、後衛に向かって走り出す。
「あ……!」
突然の行動にセラは反応が遅れる。
トロールはクシナの方に突進していく。
だが、
「ウボォ……?」
クシナの前には、大剣を構えた男が立っていた。
トロールは何かを感じ取ったのか、そのスピードを緩める。
「らっ……! よそ見すんな! てめぇの相手は俺だ……!」
停止したトロールの背中をセラが後方から思いっ切り斬りつける。
「ウボォオオ!」
完全なクリーンヒットに、トロールの巨体はよろける。
「よし……!」
トロールに隙が生じる。
「ユリア……!」
「うん……!」
セラは行けという意図でユリアの名を叫ぶ。
ユリアもその意図を汲み取り、一気に接近する。
いける……! 誰もがそう思った。
だが……、
「っ……!」
トロールはよろけた身体を捩る。
そして、反転しながら、手に持つ唯一の武器〝棍棒〟を投擲したのである。
【え……】
【おいおい、嘘だろ……】
【そんなのありかよ】
宙を舞う棍棒はセラの方に真っ直ぐに向かっていた。
「くっ……!」
セラはその一瞬、なぜか過去のことを思い出していた。
それはクマゼミが初めてA級魔物のオークと戦った時。
あの時も同じように、追い詰められたオークが武器である斧を投擲したのだ。
その予想外の反撃からセラを守るため、クガが自身の身体を盾にし、負傷した。
だが、クガはその行動をきっかけに勇者となった。
それがクマゼミの転機となった。
ゴシャ……という聞きなれない音が響く。
【え……?】
【なに……この音……】
【どうなった……】
それは棍棒が叩き落された音でも、ましてやクガがセラの身代わりになった音でもなかった。
単純に、棍棒がセラに命中した音であった。
【え……まじ……?】
【セラに当たった……?】
「っっら゛ぁああ゛ああ!!」
だが、戦闘は続いている。
棍棒を失ったトロールに、必死の形相のユリアが接近していた。
「ウボッ……!」
そして、大きくテイクバックした金属製の杖で、渾身の一撃をトロールの頭部に叩きつける。
「魔法:白き聖なる騎士ぉおお!」
「ウボォオオ゛オオオ゛オ!!」
トロールは吹っ飛ばされ、そして次第にだらんと力を失う。
【うぉおおおお! やったぞ!】
【すげえ、火力……】
【え……? でもセラは……?】
トロールの棍棒をまともに受けたセラは四肢の骨があらぬ方向に曲がり、全身が大きく損傷していた。
あの時、身を挺して守ってくれたクガは今日は守ってはくれなかった。
なにせ、今の堕勇者であるクガには、当時、戦士であったクガのように〝かばう〟スキルはなかったのだから。
確かにそれも理由の一つである。
だが、あの時とは違うことがもう一つある。
そう。それは、みんなわかっていることだ。
「最近、汚れ役多いですね。でも少しはかっこよかったですよ……治癒」
今のクマゼミにはクシナがいる。
それがあの時と違うこと。
どう見ても致命傷であったセラの身体はみるみるうちに元に戻っていく。
【いつ見てもすごい再生力】
【芸術に近い】
【いや、これ、もはやホラーだろ……】
リスナー達もクシナの再生能力の高さに息を呑む。
と……、
「ウ、ウボォ……」
トロールはまだ息があるようであった。
「すごい生命力……」
ユリアはそう言いながらも、止めを刺すべく、杖を構える。
だが、そこへ、
「聖女女……すまぬが、あとは私に任せてくれないか?」
「え……?」
ふいに傍らで様子を見ていたアリシアが現れる。
「な、なんで貴様が……」
「大丈夫だ。お前らは勝利したのだ。ここからこ奴に加勢するような真似はしない」
「ユリア……すまないが、俺からも頼む」
「……わかった」
ユリアは少し不満そうであったが、クガから頼まれ、一歩後退する。
「君のおかげで敵は去った……一緒にダンジョンに戻ろう」
「ぼぉおお……!」
しかし、トロールは力なくも怒りを収める様子はなかった。
「意思が通じぬタイプか…………ならば……仕方がないな」
【え……?】
クガもその光景には驚いた。それは初めて見た光景であった。
アリシアはトロールの腕に嚙みついていたのだ。
「……ダンジョンに戻れ」
「ぼ……」
トロールは消滅する。
こうして、トロールによる人間界襲撃事件は一旦は終結した。




