102.新展開?
生活のマニュアルの問い合わせ窓口の訪問はアリシアにとっては徒労に過ぎなかった。
しかしその配信内容は日本のみならず世界でも少し話題となっていた。
それはセシルの発言にあった。初めてダンジョン内の管理側の存在からダンジョンがAIにより生成されているという旨の発言がされたからであった。
ダンジョンは50年程前に、日本、米国、中国、タイ、UAE、フランス、エジプト、ブラジル、オーストラリアの九か国に同時多発的に出現した。
これまでも有志により、ダンジョン生成の謎に関する理論は議論されていた。
その中には、人間により作られたという仮説も存在していたわけだが、それが明らかにされることはなかった。
日本人が多く、日本語での配信がメインとなる日本ダンジョンの配信は世界的に観ると、それほど注目されているわけではない。
魔物と一緒に配信をするクガは世界的に見ても珍しい部類には入るが、各国のダンジョンでもその国の配信者が魅力的なコンテンツを提供していた。
また日本ダンジョンは上下49層までの進行がサムライにより、随分前に完了し、その後、目新しいコンテンツがほとんどなかった。
そんな事情もあり、日本ダンジョンは全世界が注目しているコンテンツかと言われるとそうでもなかった。
しかし、今回のセシルによる発言は、世界的にも初めてのことであり一時的に話題となった。
だが、当事者であるアリシアはというと……、
とある日の朝。
アリシアの仮住まいにて――。
「アリシア、今日はダンジョン行かなくていいのか?」
「行かない」
「だ、だけど、皆はダンジョン行ってるぞ?」
「だからなんで行かないといけないのだ?」
「だからってなぁ……」
「あんなところ行って何になるんだよ! ラスボスもいないのにさぁ!」
「っ……」
アリシアは腑抜けていた。
ラスボスの手掛かりがさっぱり掴めず、目に見える目標を失ってしまったアリシアは、仮住まいでダラダラと過ごしてしまうことが多くなっていた。
しかし、クガと出会う前のアリシアは探索者が隠し部屋に現れるまで待機している時間がほとんどで割とこの姿に近かったのだ。
つまり、どちらかと言えば、クガと出会ってからこれまでの方が異常だったのかもしれない。
とはいえ、クガからすると、アリシアの仮住まいで一日中だらだらするというのは、いろんな意味で苦行……もっと言えば拷問であった。
ゆえに……、
「なぁ、アリシア、今日はラスボス探しは一旦、置いておいて、あれをやりに行ってみないか?」
「ん……? あれ? あれとはなんだ?」
「あぁ、〝守護ゴーレムくじ〟だ!」
「行く!!」
アリシアの瞳に生気が戻る。
守護ゴーレムくじとは、魔物の街にあるガチャ装置である。そこで入手できる石盤は城などを守護してくれるゴーレムを出現させることができるのだ。
過去にアリシアは一度、城の防衛を強化するという目的で、守護ゴーレムくじを行った。そして、ガチャの魔力に見事に取りつかれてしまい散財してしまったのである。
無制限にやるとすぐにお金を融かしてしまいそうということで、クガに制限されていた。
だが、アリシアの腑抜けた様子を見かねて、クガはその制限を一時的に解放することにしたのである。
そうして、クガは守護ゴーレムくじをしにアリシアを街へと連れ出すのであった。
結果……、
「クガよ…………私に生きる価値などあるのだろうか……?」
アリシアはまた爆死した。
【吸血鬼さん、配信してくれたと思ったら】
【いや、正直、面白いんだけど……だけど吸血鬼さんマジで落ち込んでる】
【始まる前の笑顔を返してあげて……】
アリシアはとにかくガチャ運が悪かった。
「あ、えーと……アリシア……俺がやろうか……?」
過去にアリシアが爆死した後に、クガがガチャをしたら、一回でレアなゴーレムを引き当てたことがあったのだ。
だが……、
「ダメだ! それはダメだ! またもしクガがいい奴を引き当てたら、私は立ち直れなくなってしまう……!」
「そ、そうか……うーん……じゃあ……」
落ち込むアリシアの様子に耐えかねて、クガは仕方なくとある提案をするのであった。
「らっしゃい! ん? クガくんと吸血鬼くんか」
店に入ると、和服の仮面男が出迎えてくれる。
サムライの刀聖、サナダである。
クガとアリシアは、ゴーレム専門店に訪れていた。
サナダは普段はゴーレム専門店を経営しており、それはクガとアリシア、そしてリスナーに正体がばれてからも変わっていなかった。
「どうした? ラスボスについて何か進展でもあったのかい?」
「いや、今日は純粋に店を利用しに来た」
「ほぉ、そうかい。なら、ゆっくり見ていくといい」
「あぁ」
そうして、クガとアリシアは陳列されたゴーレムの石盤を眺める。
【うーん、どうなんだろう。この価格は……】
【なんとなく高い気がする】
【サナダの奴、ぼったくってるんじゃないだろうな!】
ゴーレム専門店はぼったくりとまではいかないが、やや割高である。
普通であれば、くじを引いた方が、安く優秀なゴーレムを入手することができる。
しかし、アリシアのくじ運の悪さを考慮すると、多少、割高であったとしてもゴーレム専門店での購入の方が確実であった。
しかし……、
「クガよ……せっかく連れてきてもらって申し訳ないのだが……」
「ん……? どうした……?」
「どうにもテンションが上がらない」
「へ……?」
「私はこうして並んだ石盤から好きなものを選ぶよりも、運命的な出会いをしたいのかもしれない……」
「……!」
【気持ちはわからないでもないんだが……】
【これはあかん奴】
【吸血鬼さんのくじ運を考えると最悪のケース】
「ちょ! お前ら、言いたい放題だな!」
アリシアはちょっとリスナーに憤慨している。
と……、
「ふーん、じゃあ、くじにしてみる?」
サナダがそんなことを言う。
「え? あるのか?」
アリシアはちょっと喜んでしまう。
「あ、いや、サナダさん、アリシアはくじ運が悪すぎて……それで今日はここに連れてきたのですが……」
「うん、そんな人のためのくじがあるんだよ」
【絶対、当たりが出るくじみたいな奴かな?】
【ええやん】
【くじと聞いて、喜んじゃう吸血鬼さん、可愛い】
【でも、くじなんてどこにあるのだろう】
リスナーの言う通りであった。
クガは店内を見渡すがそれらしきものはない。
「あー、ここにはない。上にある」
サナダはそう言って、上は指差す。
「あ、確か……〝会員様専用〟の……」
過去に二階へと続く階段を見た時には〝会員様専用〟の立て看板があったのだ。
「あぁ、そうだ」
「でも、俺達、会員じゃないですし……」
「まぁ、そうだな。本来、かなり利用してもらわないと会員にはなれないのだけど、クガくんはまぁ、初めての人間のお客様だし、特別に会員にしてあげようじゃないか」
「おぉー! サナダ虫、恩に着る!」
そうして、クガとアリシアの二人は会員様専用の二階へと足を運ぶ。
と……、
「……ん?」
二階につくと、アリシアが何かに気付く。
大きな体の女子がしゃがみこんで商品を食い入るように見つめ、何かを呟いている。
「はぁ……はぁ……このゴーレムちゃん……とてもいいスメルがしそう……」
「おー……! ミノちゃんじゃないか! こんなところで何をしているのだ?」
「ひぃいいっ!」
アリシアに後ろから声を掛けられたミノちゃんことミノタウロスはびくっと肩を揺らし、悲鳴を上げる。
「えっ……!? え……? 吸血鬼ちゃん、ど、ど、どうしてここに!?」
ミノタウロスは明らかに動揺している。
「どうしてって、ゴーレムを買いに……こんなところに来る理由はそれ以外ないだろう? ミノちゃんは?」
「え……? え、え……」
【ゴーレムを買いに……こんなところに来る理由はそれ以外ないと自分で言ってるのにミノちゃんにも聞くの草】
【ミノちゃんも同族であるという発想がない吸血鬼さん、畜生で笑う】
【ミノちゃん……あなたもなのですか……】
【吸血鬼さん、状況的に見て、ミノちゃんはゴーレム石盤のヘビィユーザーかと……】
「…………な、なんだと? ま、まさか……あのマジメ系女子のミノちゃんが……ゴーレム石盤のヘビィユーザー? そ、そんな……そんなわけ……」
「…………」
ミノちゃんは恥ずかしそうにぷるぷると震えていた。
その反応に流石のアリシアも全てを察する。そして、
「…………ミノちゃん、このフロアにあるというくじはどこかな?」
アリシアはイケメン顔でミノちゃんに尋ねる。
「あはは……吸血鬼ちゃん、あそこだよ」
ミノタウロスはちょっと涙目で、フロア中央付近を指差すのであった。
「ふむ……これか……」
アリシアは大型のくじ引き装置の前で仁王立ちする。
「えーと、ミノちゃん、これはどういうくじなのだ?」
「えーとね、Sランク以上、レベルは★10確定くじだよ」
「な、なんだと……!?」
ゴーレムにはランクとレベルが存在する。
「確か、吸血鬼ちゃんはウォールの★10を持ってたよね?」
「お、おう……そうだな。あれ? ミノちゃんに話したっけ?」
ミノちゃんの言う通り、現在、アリシアが所有する最上級のゴーレムはこれである。
=========================
ランクS
【名称】ウォール
【能力】壁を張り、守護対象を守る。
【レベル】★★★★★★★★★★
=========================
「つまり、このくじは、吸血鬼ちゃんのウォールちゃん以上のランクのゴーレムが確定で出るってことだよ」
【すごいくじだな】
【わくわく】
【ミノちゃん、なんで吸血鬼さんの手持ち把握してんの?笑】
「うぉおおおお! すごいじゃないか! では、クガ、早速やるぞ!」
「そ、そうだな……えーと、お値段は……っっ……!」
クガは絶句する。
「ん……? どうしたのだ? クガ……ん? に、20万円っ!?」
アリシアも値札に気が付く。
【やっぱりぼったくりじゃねえか】
【確か、ウォールちゃんの買い取りの相場が30万だったな】
【そう考えると意外と妥当なのかも】
「ちなみにアリシア……聞くが、今の手持ちは?」
「…………よくて5万円」
「……だよな」
クガとアリシアはSS級ボスに挑むためのダンジョン48層への入場料で1500万円を使ってしまっており、現在、金欠であった。
クガは流石に余剰資金を持ってはいるが、それは緊急時のために無駄使いできないお金であった。
だが、今のアリシアのメンタル状況を考えると……、
「……ど、どうする? アリシア……」
クガは余剰資金の開放も視野に入れつつ、アリシアに尋ねる。
が、しかし……、
「…………我慢する」
アリシアは歯を食いしばって答える。
「……!」
それはクガにとってはちょっぴり意外な回答であった。
「いいのか?」
「うむ……クガよ……」
「ん……? どうした……?」
「お金とは大切なものなのだな」
「えっ!? あ、うん……そうだな」
【ど、どうした?】
【吸血鬼さんが急にまじめに……】
【そうだよ、お金は大切だよ。だから浪費はやめようね】
【やめろ、その言葉は俺に効く】
「そして、クガよ……私はとんでもないことに気付いてしまった」
「え……? な、なんだ……?」
クガは恐る恐る聞く。
「私は私のために働いてくれているコボルト達に……お金を1円も払ってない」
「っ……!」
◇
翌日。
双頭ダンジョン、上層43層、湖畔エリア、アリシアの城の前――。
「皆の者! 今まですまなかった! この城はこれから〝商業施設〟へと生まれ変わらせるぞ!」
「「「わわんお?」」」
高らかに宣言するアリシアに対し、コボルトや狼男達は不思議そうに首を傾げる。
人狼のグレイや妖狐、防衛係のヘビオも同じように首を傾げる。
新入りのケルベロスは巨体でおすわりをして、キョトンとした様子で耳を傾けている。
【新展開きたー!】
【どういうことよ?】
【城はどうすんの!?】
「昨夜な、クガと話し合ったのだ。私のために働いてくれている者達に給料を払うにはどうしたらいいだろうかと」
アリシアは眷属達に経緯を説明する。
「最初は私とクガの配信で稼いだ額から給料を払う案も考えたのだが、それでは流石に限界がある。そこで、この城を観光地化してしまえばいいのではないかという案に至ったのだ」
「はぁ……でもクガ様も合意しているのなら、私は従う他ない」
「へー、面白そうじゃん☆」
グレイはやや後ろ向きであるが、自身の主には従う構えのようだ。
妖狐は妙に前向きである。
「……」
ヘビオはいつも通りなのだが、黙って聞いている。
【え? でも、吸血鬼さんのボスとしての城はどうなるのさ?】
アリシアはリスナーの質問にも答えていく。
「そもそも私が城を構えたのはSS級ボスになるための条件であったからだ。なぜかはわからぬが、私がSS級ボスになれない以上、もうこの城をボスの城として管理しなければならない理由はなくなった」
【それってつまり入場料を払えば、城に入れるってこと?】
「そうだ。お金さえ払えば、誰でも歓迎しようじゃないか。ただし、従業員に危害を加えたり、器物破損して営業妨害するものは死をもって償ってもらう」
【営業妨害の罰、重すぎてワロタ】
「わわわんお、わわんお?」
柴犬コボルトのリーダーであるワワンオが何かをアリシアに尋ねている。
「ぬ? なになに? 我々はすでに骨をもらっています。それ以上のものは要求しません……とな。うむ、きっとそう言うだろうと思った。しかしだ、骨だけではダメだ。魔物の頂点を目指す者として、配下には最大限の誠意を払わなければならぬ。聞くと、人間界では、誠意とは金のことだそうだ」
【クガ? 吸血鬼さんに何教えてるのかな?】
【誠意とは金……】
【それはその昔、ドラゴン……いや、ドラゴンズが……ごにょごにょ】
かつて野球選手が年俸交渉の際に語ったといわれる言葉である。
「他に質問はあるか?」
「「「わわんお……」」」
コボルトや狼男達は首を横に振る。
「うむ……それでは、これより〝モフモフパーク〟の営業開始準備に取り掛かるぞ!」
「「「わおわおわーん?」」」
【【【モフモフパーク?】】】




