メイドは見た 今回は私かもしれません
絶対絶命の大ピンチである。
私は流れ落ちる冷や汗をどうすることもできなかった。
人生最大の危機に私は今直面している。
いやいや、この間もあったような……。
私の名前はスフィア=メルシエ。メルシエ男爵家長女で、難関の王宮メイド試験を突破し、晴れてこの春から第3王子殿下カイン様のメイドとして働いている。
春先にカイン様と梅拾いを行い、梅をシロップに漬けて3ヶ月。そろそろ飲み頃かと、蓋を開け念の為私と数名で毒味を行い、カイン様にも振る舞った。
「スフィ!美味しい!!」
何杯もおかわりされて幸せそうに梅ジュースを飲むカイン様に癒され、本日の業務を終え自室に戻る前にお酒と割って梅酒を飲もうと使用人用の厨房へと足を伸ばした。
夜も更けていたので厨房には誰もおらず、シーンと静まりかえっている。何となく電気を付けるのも気が引けて、いや、別に悪いことはしていませんが。抜き足差し足でメイド用の酒類の棚にたどり着く。王宮は食べ放題飲み放題の太っ腹な職場でそこもかなり気に入っている。
「誰だ!!」
明かりがつき、大声で叫ばれる。いや、別に悪いことはしていません!!
「……第3王子付きのメイドのスフィアです」
「なんだ……お前か。また何かしようとしていたな!!」
またとは何ですか。またとは。
そこには厨房へ勤務する男性職員が立っていた。そういや先日もここで会った気がします。
そう。先日カイン様がケーキを焼いてみたいとねだられたので、こちらの厨房を借り一緒に作ったのです。かなり上手にでき美味しく召し上がっていただいたのですが、後片付けの段階になりなぜここが汚れているんだというところまで汚しに汚してしまい(なぜかは不明)厨房の使用を禁止されてしまいました。ちなみにカイン様は楽しかったのか、別のメイドとなら作る許可が得られたので時々おやつ作りをされています。できたおやつを私にもくださるので大満足で、使えないことは気にしていません。
「いや、今回はお酒をもらいに来ただけです」
「なんだ。それなら電気くらい付けろよ」
あからさまにホッとした顔をされます。
「すみません」
ま、でも今回は電気を付けなかった私にも非があります。
「おう。なんだ、何持ってるんだ?」
目敏く私の持っている瓶を見てきます。
「……梅のシロップです」
「美味そうだな……」
これは……振る舞わないとダメなパターンですかね。
「飲まれますか?」
「いいのか!ぜひ!!」
ということで、男性秘伝のお酒を準備してくれることになり(ラッキー)2人で寝酒に梅酒を飲むことになりました。
私は棚にあったコップを二つ用意します。
「あ、俺のコップはこれで!!」
普通のコップの倍量は入るコップを鍵付きの棚から出してきます。なかなか図々しいですが仕方ありませんね。
お酒とシロップを半分ずつ入れて完成です!
「乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせ一気に飲みます。
く――!!
美味しい。酒精が高そうですがかなり美味です。流石秘伝の酒と言っていただけはあります。
もう一杯いただこうと、お酒をつごうとすると男性と目が合います。……いえ、正確には男性と目が合いません。
「うっ……」
そう呟き、そのまま倒れられます。……口からは血を流して。
バタン
かなり大きな音が厨房に響きます。
「大丈夫ですか!!」
慌てて駆け寄りますが、男性はピクリとも動きません。これは……死んでいる!?
「ぎゃ――!!!」
人間切羽詰まると、可愛らしい声なんか出ませんね。私は深夜なことも忘れ思いっきり叫びます。
そして冒頭の場面へと戻ります。
バタバタバタ
たくさんの人が厨房へと駆けつけます。
そして死体を見て叫ばれます。
「アダン、おい、アダンしっかりしろ!!」
同僚の方でしょうか。名前を呼ばれて揺さぶりますが、もちろん反応はありません。
「……このコップ、鍵付きの棚のやつだな」
男性は同じ棚の他のコップを出して調べられます。……特に変わった物を見つけられなかったのかもう一度元に戻します。後怪しいのは、梅のシロップかお酒です。
「おい、お前が犯人なのか」
その方は私に掴みかかります。
「いえ……私は……」
私は何と答えたら良いのでしょう。
「失礼する」
ざわざわと現場が騒然とする中一際はっきりとした声が響きます。
深夜にもかかわらず一部の隙も感じさせない男が部屋に入ってきます。
一際目を引く艶やかな金髪。どこまでも吸い込まれそうな紺碧の瞳。百人中百人が美しいと認めるその美貌。仕事に関しては一切の妥協を許さず、にこりともしないことで有名な第三王子付近衛兵筆頭リベロン様である。
「リベロン様!!……いや、今回は私かもしれません……」
私は男性に掴まれたまま、しょんぼりとリベロン様を見つめました。
リベロン様は私を一瞥すると、的確に指示を出されます。
「状況を確認する。とりあえず現場から全員出ろ。そこの女も話を聞くから一旦離せ」
皆、指示に従って厨房を出ていきます。男性もしぶしぶ手を緩めて私を離します。では、私も……。
「何を一緒に出ようとしている。お前はここに残れ」
……ですよね。私はそのまま足を止めました。
「何があったか話せ」
リベロン様の鋭い声に、泣きそうになりながらあった出来事を伝えます。
「……たがら、死んじゃうなんて思わなかったんです。私も同じ物を飲みましたし……。梅のシロップはカイン様も飲まれてますし、おそらく男性の梅アレルギーか何かかと……」
苦し紛れにアレルギー説を提唱してみる。
「アレルギーで血を吐くことはない。何を馬鹿なことを言っている」
……ですよね。リベロン様はいつも正しい。それがなんだか今日は辛く感じます。
「……でも、私本当に何もしてないんです!偶然一緒になったからお酒を飲むことになっただけで……本当です!信じてください」
目から涙がほろりと流れてくる。何で死んでしまったんだろう。
「泣くな。泣いてもなんにもならない。この男も生き返らん」
「そう言われても……」
どんどん目から溢れてきます。どうにか止めようと思いますが全く止まりません。
「……しょうがないやつだな」
リベロン様がハンカチで涙を拭いてくれます。……いつになく優しい。間近に麗しい顔があり少しときめいてしまいます。せっかくなのでハンカチを受け取り涙を拭うとチーンと鼻をかみます。
「鼻までかむやつがあるか……本当にお前は……」
リベロン様の呆れた声が響きますが、聞いてられません。
「だって私の顔鼻水で顔ぐちゃぐちゃなんですもん!!」
乙女の顔のピンチの方が大切です。
「落ち着いたか。俺もお前が犯人だとは思わん」
「リベロン様!!」
やはりリベロン様は分かってらっしゃる。
「報酬はそれ一瓶で良いぞ」
リベロン様は梅のシロップを目で示します。
「いや、これは残りはカイン様の分で……」
もう残り少ない。
「あるだろう」
「いえ……何のことだか?」
私はあえてリベロン様から視線をそらします。
「お前のことだ。もう一瓶自分用に漬けているに違いない。隠さずに寄越せ」
背に腹は代えられないか……。
「……分かりました。お譲りしますので犯人を捕まえてください!!」
「承った」
リベロン様がにやりと不敵な笑みを浮かべます。
「お前も同じ酒を飲んだんだろう?」
「はい!」
「なら消去法で毒はコップに塗ってあったに違いない」
「なるほど!!」
さすがリベロン様!
「このコップ鍵付きの棚にあったと言ったな……後は事件が起きてから棚に触ったヤツはいるか?」
「……確か私を掴んでいた同僚の方が確認していました。でも私も見ていましたが。一度コップを出して戻されただけで、怪しい行動はありませんでした」
異常を確かめた上で戻されていた。
「ふむ。確認してみるか……棚からコップを出せ」
「はい」
私はリベロン様の指示通り同じ棚に並べられていたコップを出そうとする。……が、開けられない。そうだ!鍵!!
「鍵がかかっていて開けられません」
「そいつが開けた後お前は閉めてないんだろ?」
「いえ、そういえば同僚の方が閉められていました」
「ふむ。じゃあ、もう一度開けるしかないな。そいつのポケットから鍵を出せ」
「……ええっ」
死体のポケットを探るのは何となく嫌である。
「お前が捕まっても良いのか?」
「はい!すぐ確認します!」
泣く泣くポケットを探ると鍵束が見つかった。おそらくどれかが棚の鍵だろう。でも十本以上ある。全部試すのは時間がかかるなと思っているとリベロン様から声をかけられた。
「貸せ」
リベロン様は鍵束を受け取ると、鍵穴を一瞥し、一本の鍵を刺した。
カチリ
棚の鍵が開く音が響く。
「すごいです!どうして分かったんですか?」
「こんなの形状を見ればすぐ分かる。それより急げ。俺は眠たいんだ」
そういえば、リベロン様は今日の梅酒パーティーにいらっしゃらなかった。もしや今日は非番では……。じゃあ、私のためにわざわざ来てくださったのでは……。まさか!!私のことを……。
「何を考えているのか分からんが気持ち悪い顔をするな。寝酒を飲もうとやってきたらとんだとばっちりだ。とにかく早くしろ!!」
気持ち悪い顔……。女性に使う言葉ではありません!!寝酒ね。やはりリベロン様はリベロン様だなと思いながらコップを全て出します。
「ふむ。このコップに水を入れろ」
リベロン様は一番奥にあったコップを指差します。私は言われたとおりに水を汲みました。
「さっきこいつを掴んでいた男を呼んで来い」
リベロン様は控えていた部下に命令し、先程の同僚を呼んでくるようです。ということは犯人は……。
「あの、何でしょう?」
先程私に掴みかかった男性が厨房にやって来た。
「こいつに確認したが、お前棚のコップを確認したらしいな」
「はい」
「異常は特に無かったのと」
「はい。……特には」
「そうか……じゃあ、やはり酒か梅酒か……」
「おそらくそうじゃないかと……」
男性はリベロン様の言葉に頷きます。
「そうか、それより喉が渇かないか?良ければ一杯付き合え」
「……はい」
上級貴族の命令は絶対である。男性はしぶしぶ頷く。
「じゃあ、このコップでな。俺も同じコップで飲もう。そう言って鍵付きの棚の手前からコップを取り出し、梅のシロップと酒を注いだ」
「……飲んで大丈夫なんですか?」
男性が心配そうに尋ねる。
「心配するな。お前の分はこっちだ。念の為一番奥のコップを取り出して水をくんだ。さあ、飲もう」
そう言うとリベロン様は梅酒を一気に飲み干す。
「美味いな……絶品でクセになりそうだ」
そうでしょ!私もそう思いました!!
「……どうした?飲まないのか?」
男性はコップを持ったまま微動だにしない。そのうち手がブルブル震えてきた。
「ま、毒付きのコップだと飲めないわな。確保!!」
その言葉とともに部下の近衛兵が男性を捕まえる。
「こいつが、こいつが悪いんだ!!俺より後に入ったくせに料理長に気に入られて大した腕もないのに次期料理長候補だと、ふざけるな!!」
男性は殺害の理由をわめいている。
嫉妬か。醜いな。でも私は言いたい!!
「無関係の私を巻き込むなんて!!そっちのほうがふざけるな!!」
「……それは……そいつがいつも1人で飲むから……」
いやいやいや。そうであっても貴方私のこと掴んだでしょう。
「リベロン様、徹底的にやっちゃってください!」
「承った」
そう言って男性と部下とともにその場を後にする。
と、振り返って一言。
「梅のシロップ、明日持って来いよ」
そう言って去っていった。どさくさに紛れて男性の秘伝の酒とともに。
私も飲もうと思っていたのに!!
やっぱりリベロン様はリベロン様である。
◇ ◇ ◇ ◇
リベロンとその部下の会話
「どうして奥のコップに毒が塗ってあると分かったんですか?」
「あいつの証言にコップを全部出して入れたとあっただろ。殺人現場で物を動かすヤツを疑うのは常識として、なぜ全部取り出したか考えたときに入れ替えをしたかったのではないかと考えてな。男がどのコップを選ぶか分からなかったから、手前のコップ全てに毒を塗り殺害後念の為奥に隠したと」
「ですが、相手に飲ませて自白させるとは。さすが筆頭お見事です」
「俺じゃないと言い逃れられたら厄介だからな……ま、解決して良かった」
「そう言えばスフィア様が泣かれた時に筆頭ハンカチを差し出したらしいですね。スフィア様が洗って返すとおっしゃってましたよ」
「いや、返さなくていい。新しいのを寄越せと伝えてくれ」
リベロン心の声
(鼻水付きのハンカチなど使えんだろう)
部下心の声
(筆頭、スフィア様のハンカチが欲しいんですね!俺が上手にスフィア様に伝えます。任せてください)




