第2章「カーストの門番を攻略せよ」 2-1 “学園の女王”現る(前編)
朝の昇降口。
ガラスの自動ドアが開き、光が差し込む中、彼女は現れた。
一ノ瀬美月。
この学園で、誰もがその名を知っている――“学園の女王”。
長く伸びた茶髪に、規定ギリギリまで詰められたスカート。
着崩していても乱れない、むしろそれを“型”とするような存在感。
周囲の女子が一瞬で道を空け、男子が視線を送るのも当然だった。
「……あれが、“頂点”の人」
教室の窓から見下ろして、佐伯ひなたがつぶやいた。
「……派手ね。けれど、威圧ではなく余裕。下位を見下ろす“絶対的支配”……なるほど、ふさわしい風格ですわ」
私は呟く。
あれが学園の“序列”の上に君臨する者。
その名に意味があるのではなく、
“そこにいること”が意味になる存在。
――だが。
「頂点に立つものが、序列を固定し、秩序を偽るのならば……私の敵となりますわね」
◇ ◇ ◇
昼休み。
その出会いは、唐突にやってきた。
私たちの席に、一人の男子が近づいてくる。
「えっと、如月さん……“一ノ瀬先輩”が、呼んでます。中庭で、お話したいって」
「ほう……貴女、行くの?」
ひなたが不安そうに聞く。
「当然ですわ。自ら“玉座”の者が動いたのですもの。“謁見”には応じなくてはなりませんわね」
「ちょ、待って! 行く前に忠告だけさせて!」
慌てて割り込んできたのは、山崎陽翔だった。
最近になって、私の動きを「傍観する側」から「守る側」へとシフトしつつある男。
「いいか、如月……いや、クラリッサ。あの人に喧嘩売るのはやめとけ。あれは“カーストの門番”なんだ」
「門番?」
「あいつに認められれば、上に行ける。でも気に入られなければ、潰される。過去に何人も……俺の知ってるやつも、一人、消えた」
「消えた、ですって?」
「比喩だよ。でも、実際その後、転校した」
その言葉に、ひなたが息を呑む。
「……怖い話」
「つまり、“下の者が目立てば潰される”ってことですわね」
「そう。だから、目立ちたければ――」
「頂点に立つのみ、ですわ」
私の声は、静かに、しかしはっきりと断言していた。
「……っ」
山崎が言葉を失うのがわかった。
ひなたは、黙って私を見ている。
その目に宿るのは、不安と、そして――敬意。
◇ ◇ ◇
中庭。
白いベンチに座り、紅茶を飲んでいた一ノ瀬美月が、私を見るなり笑みを浮かべた。
「へえ、来るんだ。びびって逃げるかと思った」
「私を誰と心得て? “招かれたからには、堂々と参る”――それが礼儀というものでしてよ」
私が座ると、彼女はカップを置いた。
「最近さ、下の方から“目立ってる”子がいるって噂だったんだ。
なんか貴族みたいな喋り方して、地味グルの佐伯ひなたと山崎陽翔を連れ歩いてるって」
「ふふ、それはお褒めの言葉として受け取っておきますわ」
「でもね、如月琴音。私の目には、あなた――“牙を研いでる狼”に見えるの」
「まあ、失礼。私は“牙など持っていない”と申し上げておきましょう」
「けど、あなたは人を惹きつけてる。中途半端な王様より怖い。……だから、潰す前に、確認に来た」
その瞳は、冗談ではない。
本気で“警戒”している――いや、“敵か味方か”を測っているのだ。
「それで、どうするの? あたしの下に付く? それとも……」
私は答える。迷いなく。誇り高く。
「頂点は、譲られるものではなく、“登る”ものですわ」
風が吹いた。
二人の視線が交差する。
学園の“女王”と、転生した“令嬢”。
この出会いが、静かな序列の均衡を、確実に揺るがしはじめていた――。