第1章「陰キャ令嬢、目覚める」 1-4 ささやかな革命(後編)
「如月琴音さん、少し……いいかしら?」
放課後、廊下の角。
七瀬紗良――生徒会副書記が、無表情で私に声をかけた。
私を“観察していた”あの瞳。
計算と理性に満ちた、冷静な光。
「ご挨拶が遅れまして。ご用件は何かしら?」
「単刀直入に聞くわ。……あなた、何をしようとしてるの?」
「何を? それは随分と漠然とした問いですわね」
「この一週間、あなたの周囲の数名が目に見えて“変化”している。発言、行動、そして他者からの反応も」
「それは、単に皆様の内面にあるものが表面化しただけですわ。私は、ただ“正直に振る舞った”にすぎません」
「……自覚はあるのね。影響力のこと」
「まさか。私はただの目立たぬ一生徒――だったはずですもの」
私が微笑むと、七瀬の目がわずかに細くなった。
「……ふうん。じゃあ、こう言い換えるわ。あなたは、“目立たぬ者”のままでいる気はあるの?」
「ありませんわ」
私ははっきりと答えた。
「私は、この学園に“変化”をもたらします。そして、必要とあらば“上”にまで届かせてみせます」
「……大胆ね。根拠は?」
「根拠? 私が私であることですわ。理由としては十分でしょう?」
「……変な子」
「よく言われますわ。けれど、もう少しすると“興味深い子”に格上げされると思いますの」
七瀬は、それをどう解釈したのか、小さく笑った。
「……わかった。今はまだ、情報収集の段階。でも、必要があれば“上”も動くわよ」
「ご忠告、感謝いたします」
「じゃあ、またね。如月琴音さん。“新入りの革命家”さん」
そう言って七瀬は背を向けた。
その足取りには、観察者としての冷静さと、ほんのわずかな興奮が混じっていた。
――ああ、よろしい。
風が、外へと吹き始めている。
もう、戻れませんわね。
◇ ◇ ◇
その夜。
私はひなたと連絡を取りながら、今日の整理を行っていた。
「……七瀬紗良が来たんだ」
「ふうん。やっぱ、気づいてたんだね。琴音が“中心”になりかけてること」
「まだ小さな渦ですわ。でも、この渦に引き込まれる者は、今後ますます増えます」
「……でも、こわくないの? そうやって、注目されて」
私は一瞬、考える。
かつての私は、“悪役令嬢”としての立場を全うした。
どんな陰口も、嫉妬も、陰謀も経験した。
――だから、こう答えられる。
「怖いのは、“誰からも期待されないこと”ですわ」
「…………」
「誹られるのも、期待されるからこそ。ならば私は、それを受け止める覚悟を持って振る舞いますの」
「……うん。なんか、すごい」
ひなたは呆れたように、でもどこか嬉しそうに言った。
「じゃあ、私もちゃんと分析続けるね。君島と永田、明日はもう少し話しかけてみる」
「頼りにしていますわ、ひなた」
こうして、私たちの“静かな動き”は、着実に輪を広げていた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
私が教室に入ると、二人の男子が少しこちらを気にするような素振りを見せた。
君島と永田――
地味で目立たないが、各所に繋がりを持つ“次なる駒”。
彼らの視線が揺れる。
何かが変わり始めたことを、肌で感じ始めている証拠。
一方、女子の中にも――
私たちの集まりをちらちらと見ている者が数名いた。
それはまだ興味か、警戒か、あるいは羨望か。
けれど、いずれそれは“欲望”になる。
この退屈な空気から抜け出したいという、小さくて、けれど抗えない衝動へ。
私は確信する。
これは始まったばかりの“ささやかな革命”。
だけど、確実に“空気”は変わった。
そしてそれは、やがて“秩序”そのものを書き換えていく。
「よろしい。今日も一日、動きましょうか。“王国建設”の礎を築くために――」
私は、ふわりとスカートを揺らして席についた。
その周囲に、静かなざわめきが走った。