第1章「陰キャ令嬢、目覚める」 1-2 地味な教室、華やかな目線(後編)
「……へえ、面白いこと言うじゃない」
その声は、まるでよく研がれた刃物のようだった。
柔らかく、よく通る。けれど、明確な“威圧”を孕んでいる。
視線が一斉にそちらに向く。
教室の空気が、わずかに緊張した。
「一ノ瀬さん……?」
「うわ、聞かれてた? やば……」
ざわめきと共に、彼女――一ノ瀬美月が、ゆっくりと歩を進めてくる。
誰もが彼女のために通路を空ける。
“上の人間”が来たときに自然とできる、あの空間。
これがこの学園の“序列”か。
なるほど――悪くないですわ。
「如月琴音さん、だったよね」
「ええ、いかにも」
私は立ち上がる。
こちらの態度も、当然ながら貴族的に。
会釈などしない。睨みもしない。
ただ、静かに――対等な者として、目を合わせる。
「ちょっと前まで、全然しゃべらなかったのに。急に雰囲気変わったって、噂になってるよ」
「人は成長するものですわ。例え昨日の私が黙していても、今日の私は語る――それだけのことですわ」
「……なるほど。自信、あるんだね」
美月が笑う。
その笑みは、完璧にコントロールされた“社交用の笑顔”。
私はその手の表情には慣れている。
昔の舞踏会で、よく見た。
上流階級の令嬢たちが、お互いのドレスを褒めながら、裏では裾を踏みにじるような笑み。
その演技力とプライド、悪くありませんわ。
「如月さん、面白いね。今度、生徒会室にでも来てくれない? クラス委員の推薦が来てるから」
「推薦? 身に覚えはありませんけれど」
「ううん、昨日の帰りに私のとこに連絡が来たの。『如月琴音の言動が注目されている』って」
ほう。
つまり私の行動が、既に生徒会ルートにも伝わっているというわけね。
悪くない。
いえ、むしろ早くて結構。
「いずれお会いすることになるでしょうと思っていましたの。では、後日参上いたしますわ」
「うん、楽しみにしてる」
そう言って、美月は踵を返し、また周囲の人波を裂くように去っていく。
その背中を、誰もが見つめる。
“女王”の風格。
それが一ノ瀬美月という少女の纏うオーラだった。
「……すご……生徒会長、やっぱ迫力あるな」
「如月さん、なんかやばい奴に目つけられたんじゃ……?」
私は気にせず、席に戻る。
「……山崎」
「は、はいっ」
「情報収集よ。生徒会と一ノ瀬美月、そしてこの学園の力の構造。三日以内に概略をまとめなさい」
「え、ま、まじでスパイ活動的なやつ……?」
「報酬は私の言葉にしてあげますわ。光栄ですこと」
「……は、はい……!」
怯えながらも、どこか嬉しそうな顔の山崎。
愚直な者ほど、導き甲斐があるというものですわ。
この世界にも、勢力図はある。
階級、序列、支配と服従――
ならば、私はその地図の“書き換え”を開始いたしましょう。
その筆は、誰にも奪わせませんわよ。
私は窓の外を見た。
空は高く、青く、自由だった。
まるで、私のこれからを祝福するように。
「――よろしい。この時代、この場所、悪くありませんわ」
私は、ふっと微笑んだ。