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短編集【ローファンタジー】

【短編SS】砂時計の誓い

作者: 霧雨桜花

 17歳の春、彼女の病気が発覚して6年が経っていた。正確には、彼女が人間としての「病」を患っていたのは、もう遠い過去のことだ。リビングの窓から差し込む夕陽が、サラサラとこぼれ落ちる彼女の指先を、いつもより一層儚く見せる。

 私たちは、幼い頃に将来を誓い合った。他愛ない約束が、今、重く、そして美しい誓いとなって、私たちをこの「永遠」へと縛り付けている。

「ねぇ、貴方。今日は、随分と進んだわね」

 彼女の声は、かつてのような温かみを帯びてはいなかった。どこか遠くから響くような、無機質な響き。それでも、彼女の言葉は、私の心に深く響く。

 私たちは、一年前に人形になった。私が持つ、人を人形に変える能力。彼女の治らない病。特効薬はなく、与えられた猶予はあと一年だった。愛しい人が、やがて呼吸を止める、その絶望に抗うため、彼女は私に人形化を求めた。人間であることを手放すことへの恐怖と、それでも私と永遠に共にありたいという希望、そして避けられない運命への諦めが、彼女の瞳に宿っていたのを、私は今でも鮮明に覚えている。

 そして、私もまた、彼女に自身の人形化を求めた。彼女を救えない無力さ、この力を持つがゆえの罪悪感。そして、彼女と永遠に共にあるという希求。私たちにとって、それは愛する者と永遠に共にあるための、唯一の方法だった。

 両親は、私たちの決断を尊重してくれた。深い悲しみを湛えた瞳で、私たちを見守った。それは、愛する我が子の命を「手放す」ことへの、究極の受容だった。

 人形となった私たちには、代償があった。身体が、まるで砂時計の砂が落ちるように、細かな粒となって朽ちていくのだ。最初は指先から、やがて腕、そして全身へと、皮膚が、肉が、骨が、サラサラと音を立てて砂へと変わっていく。体温は失われ、触覚は曖常に。人間としての感覚が、一つずつ、確実に消え去る。それでも、意識だけは、この砂の身体の中に、鮮明に残っていた。

 そして、私たちは人形となった後、「離れる時は一緒」という誓いを交わした。完全に砂となると、そこには意識はなく、ただ「ナニカがあった痕跡」にしかすぎないことを知っていたから。私たちは、来世で大人になって結婚できるようにと、最後の安息の地を教会に選んだ。

 今日は、教会の祭壇で、夕陽の光を浴びている。ステンドグラスから差し込む色とりどりの光の粒が、サラサラとこぼれ落ちる私の腕を照らす。彼女の身体も、もう随分と砂と化していた。彼女の瞳は、かすかに私を見つめている。

「愛してる」

 私の声は、もはや喉から出るのではなく、意識の底から直接彼女に届いているようだった。彼女の瞳が、僅かに揺れる。それは、私の言葉が届いた証拠だ。

 抱きしめようと、ゆっくりと手を伸ばす。しかし、触れ合った瞬間、彼女の腕が、サラサラと私の指の間からこぼれ落ちる。もう、形を保つことはできない。それでも、私たちは互いの砂の身体を、そっと寄せ合った。

 視界がぼやけ、音も遠のいていく。感覚が、急速に失われていく。まるで、水の中から世界を見ているようだ。砂が、ひゅう、と風に舞い、祭壇の床に、私たちの形を模したかのように、小さな山となって横たわる。

 意識が完全に消える直前、私の心に強く残ったのは、彼女であったはずの砂の山だった。私は最後の力で、その砂の山に、自身の砂の身体を重ねた。

 二つの砂の山は、教会の祭壇で寄り添うように横たわった。かつて、そこで永遠の愛を誓ったであろう無数のカップルのように。やがて、風が、開かれた教会の扉から吹き込み、祭壇の砂をそっと揺らす。サラサラと、微かな音を立てながら、二つの砂の山は混じり合い、一つの大きな砂の塊となった。そこには、もう私たちの意識はなく、ただ「ナニカがあった痕跡」に過ぎない。しかし、その砂は、私たちが「離れる時は一緒」と交わした誓いの証であり、来世で大人になって結婚することを願った、純粋な愛の象徴でもあった。

 教会の外では、春の陽光が、まぶしく降り注いでいた。

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