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そうして私は健やかに生きる

作者: 宿木ミル

 気が付けば、季節の移り変わりが早いと感じることがある。

 正月が終われば節分で、節分が終わればバレンタインデー。そして三月になるとまた別のイベントがやってくる。

 準備が早いデパートはもう五月の母の日に備えているところだってある。時間の流れはあっという間だ。


「買い物済まして、寮でだらだらしようと思ってたんだけど」


 人が集まるデパート。ふと季節ものが打っているコーナーで立ち止まっている私がいた。

 視線の先にあるのは小さなひな人形。比較的安価な値段のものだ。それをぼんやり見つめていると、色々なことが頭に思い浮かんでいたのだ。


「ひな祭りかぁ……」


 小さい頃、両親か家で飾りつけをしていたのを見たことがある。

 ひな壇の上に色んなひな人形が飾られているのを見て、目を輝かせていたのをよく覚えている。

 それなりに大きくなっていくにつれて、飾られることはなくなっていったけれども、両親はかなり頑張ってくれていたと思う。


「値段も高いし、本格的に祝ってもらえたのは幸せだったのかも」


 大学生活、寮暮らしをするようになって物価について考えることが多くなった。

 そういう目線で見てみると、本格的なひな人形の高さには驚かされてしまう。

 四桁、五桁、多ければ六桁になるほどのお金が必要だ。一日の為ににかかるお金としてはかなり大きい。

 そうしたことを考えると、ふと自分の中で不安になっていく。


「私はお母さんやお父さんに、顔向けできるような子になれてるのかな」


 それなりに都会の大学に行くことができたのは勉強を頑張ったからだとお母さんは言った。

 自立して生活できているのは、行動力があるからだとお父さんは褒めてくれた。

 ふたりとも、私のことを褒めてくれている。時々仕送りだって送ってもらっている。だけれども、不安を感じることは多い。


「あんまり、凄い個性とかもないから……」


 他の人と比べると、私は個性があるわけではないと考えてしまう。

 大学行くくらいの年齢になると、同年代で有名になっている人も多い。

 そうでないとしても、みんなのリーダーとしてディスカッションを進める人とかも大学には多い。

 そうした人を見つめていると、焦りと不安が積み重なってしまう。


「いつもと同じ日常を繰り返して、大人として歩んでいって……」


 そうして、成長した私はどこに行くのだろうか。

 ぼんやりと、漠然とした不安を抱えたまま生きるだけなのだろうか。

 そういうことを考えてしまう。


「……駄目だね、やっぱり」


 友達には笑顔が素敵だと言われたことがある。

 いつもニコニコしてると褒められたこともある。

 だけれども、その内面ではいつも不安を隠している。

 明日の自分はどうなっているか。将来の私はどんな生活をしているのだろうか。

 焦燥感に駆られて、心がすり減っているような気がする。

 このままでは、笑顔だって取り繕うことができなくなるだろう。

 今だって、ひな祭りのことを考えるだけで、気持ちが沈んでしまっているし。


「気分転換でもするべきだよね」


 適当な買い物でまた、気持ちを紛らわそう。

 そう思った時だった。


「ママ……どこ……?」


 ふと、ひな人形が飾ってあるひな壇の前で泣いている女の子の姿が目に入った。

 迷子なのだろう。寂しそうに泣いている。


「どうしたの?」


 視線を迷子の女の子に顔に合わせて、問いかける。

 デパートは広い。迷子になった時、闇雲に探すのは危険だろう。


「きれいなひなにんぎょうさんみてたら、ママと、はぐれちゃって……」

「うん」

「このままかえれないのかなっておもうと、こわくって、いろんなところいったんだけどね、それでいろいろわかんなくなって……」

「……それで、ひとりになっちゃったんだ」

「うん、ママ、怒ってるかも……」


 いっぱい泣いたのだろう。

 涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。

 そっとハンカチを渡して、なるべくゆったりとした声で話す。


「大丈夫。お姉ちゃんに任せて」

「おねえ、ちゃん……?」

「うん。見つけてもらえる場所、知ってるから、一緒に着いてきてくれるかな」


 怪しい人ではないことをなるべく真剣に伝える。

 悪い大人は子供を誘拐することだってする。私はそんな大人にはなりたくない。

 だからこそ、迷子の女の子に私なりの誠意を込めて接する。

 少し悩んだのち、迷子の女の子はこくりと頷いてくれた。


「おねえちゃん、よろしくおねがいします……」

「うん、じゃあ、いこっか」


 そっと手を繋ぎながら、歩いていく。

 目的の場所は迷子センター。放送してもらえば、きっとお母さんと会うことができるはずだ。

 不安そうに周囲を見渡す女の子。

 人が多いデパートで一人きりなのは心細いだろう。

 どうにか不安を和らげてあげたい。そう思いながら、言葉を繋げていく。


「今日はお母さんとお買い物に行ってたの?」

「う、うん。ママとたべものとか、おひなさまとかみてた」

「ひな祭りだもんね」

「でも、まいごになっちゃったから……どうしよう……」


 怒られることが不安でしょうがないのだろう。

 家庭事情はまだわからない。迷子センターにたどり着く前に、色々聞き出したい。


「お母さんは怖い?」

「ママはやさしいの。でも、わるいことしたらおこってくるの……」

「突然、がーって言われたりすること、ある?」


 そう尋ねたところ、少女は首を横に振った。

 落ち着いた雰囲気で話している少女の話の内容から考えると、しかるべき時に怒ってくれる優しい母ということがわかった。

 それなら、安心だ。

 まだ迷子センターには距離がある。

 それとなく話を繋いで、不安を和らげたい。


「携帯電話は持ってない?」

「うん……まだ、ないよ」

「そっか。そうなると、頑張って探さないといけないね」

「でも、ママ、あえなかった……」

「大丈夫。とっておきの魔法があるからっ」

「本当?」

「ほんと」


 笑顔を見せて、励ます。

 すると、少しほっとした顔になりながら、少女は頷いてくれた。

 普段褒められている笑顔をこういう場面で活かせるならば、それはそれで悪くない。

 母親の容姿、そして持ち物について確認したりしながら、会話を弾ませる。

 途中でスタッフの人と遭遇できたならば、そっちで相談するのも手だったものの、すぐに見つからなかった。

 そうして移動したのち、私と少女は迷子センターまで到達することができた。




「はい、ありがとうございます。では、店内放送をおかけします」

「こちらこそ、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 手続きを済ませて、女の子を部屋に案内する。

 後はスタッフさんに任せて、私の出番は終わりだろうか。そう思い、移動しようとする。

 そうすると、女の子が静止してきた。


「ま、まって」

「一緒にいてほしいの?」

「うん……」

「そっか。じゃあ、一緒にまとっか」


 過度な不安を感じさせるべきではない。そう考え、私は女の子と一緒にいることにした。

 そうしている間に、店内放送が流れていった。


『迷子さんのお知らせをします』

『ただいま、迷子センターにて六歳のももちゃんをお預かり致しています』

『お連れ様は至急、迷子センターまでお越し下さいませ』


 店内放送が響いていく。

 これで、きっとなんとかなるだろう。

 あとは、怖い思いをさせないようにするだけだ。


「これで……ママにあえる?」

「会えるよ。これは秘密の、とっておきの魔法だからね」

「とっておきの、まほう……!」


 目を輝かせる迷子の女の子、ももちゃん。

 迷子になっていた時よりも随分表情が明るくなった。


「ふふっ、それから魔法みたいなことはもうひとつあるの」

「なになに?」

「それはね、私の名前もね、『もも』って言うんだ」

「わー、おねえちゃんと一緒なんだ!」

「ふふっ、大人なももと一緒だと心強いでしょ」

「うん!」


 迷子センターで放送してもらう際、名前を聞いた時に驚いたのは名前だった。

 そう、迷子の女の子の名前と私の名前が一緒の『もも』だったのだ。

 こういう偶然もあるものなんだ、と思いながらも、不思議な親近感を感じていた。


「お姉ちゃんはひな祭り好き?」

「私? 私はそうだね……」


 少し悩んだのちに答える。


「大好きだよ」

「なんでなんで?」

「お母さんとお父さんにいっぱい、祝ってもらえたからかな」

「うんうん、ママもパパもえがおだからすき!」


 眩しい笑顔を向ける彼女。

 子供のころの私もこういう瞳をしていたのだろうか。

 その眩しさは、不思議と私の心も癒してくれていた。


「お雛様は?」

「お雛様も好きかも。憧れだし」

「あこがれ?」

「お洋服。私も、綺麗な服、着てみたいからね」

「おねえちゃんにもきっとにあうよー!」

「ふふっ、ありがとね」


 純粋なまっすぐさ。

 前向きな心。

 彼女と話していると、そんな暖かい気持ちで満ちていく。

 そんな些細な会話を繰り返している間に、迷子センターに人がやってきた。


「もも!」

「あっ、ママ!」

「探したんだから……! ももったら!」

「ごめんなさい、ママ……」

「次、気を付けましょうね」

「うんっ」


 母親に対して走って、抱き着くももちゃん。

 これで一件落着だろう。無事に案内することができた。


「ありがとうございます! 元いた場所を中心に探していたのですが、ずっと見つからず……本当に助かりました!」

「どういたしまして。無事に合流できてなによりですっ」


 お礼の言葉を受け取って、ここでも笑顔で返答する。

 明るい気持ちでこの瞬間が過ぎ去っていくのならば、幸いだ。


「じゃあ、私はこれで……」


 そっと帰っていく。

 これで私の役割は終わりだろうと思いながら。


「きょうね、おねえちゃんにあえてよかった!」


 そんな私に対して、ももちゃんは大きな声で伝えてきた。

 振り向くと、手を振っている。


「わたしも、おねえちゃんみたいなすてきな『もも』になるねっ!」


 幼い笑顔で、そう宣言する彼女。

 それに対して、私は微笑みながら答えた。


「じゃあ、私も、もっと笑顔で頑張るねっ」

「がんばって、おねえちゃん!」

「望むところっ」


 約束を交わして、手を振りながら、その場から去っていく。

 これで迷子の問題は解決だろう。

 このまま家に戻るのも悪くはない。だけれども、なんとなくやるべきことが増えた気がしたので携帯を動かした。


「お母さんとお父さんに連絡しておこうかな」


 今日の出来事を伝えるわけではない。

 単純に、ひな祭りだからこそ、私が成長したということを報告したかったのだ。

 最初の一文に悩むけれども、素直な気持ちを伝えた方がいいだろう。


『いつもありがとう、お母さん、お父さん』


 思いを伝えて、私なりに前を向く。

 それがきっと大切なのだろう。

 私は急に凄い人になれるわけじゃない。

 私なりの歩幅で行動して、少しずつ変わっていく。そうして見えてくる世界を大切にしていきたい。

 内面に不安があったとしても、未熟な部分がまだあったとしても。私はまだまだ成長できるはずだ。


「そうだ、今日の夕食はちらし寿司にしようっ」


 そして、笑顔で食べている写真を両親に送って、元気なことを伝えよう。

 今の私が、しっかりと後ろ向きになったりしながらも、それでも前向きに生きていることを伝える為に。


「それから、ちょっとしたひな人形を模した折り紙でもしてみようかな」


 まずは、やってみる。

 悩んだりするのもその後でいいだろう。

 失敗したり、成功したり、悩んだり、喜んだり。色んな気持ちに左右されながら、それでも生きていけるのならきっと幸福が訪れるだろう。

 優しい笑顔を増やして、自分に向き合っていく。

 そうして私は健やかに生きる。私の、私だけの歩幅で。

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