敗因 正式名称で言わなかった事
事故で死んだ。呆気なく。
ところがそんな自分の目の前になんと神様が現れたのである。
ちょっとあどけなさの残る少女の姿をした女神さまはのたまった。
ここ最近やたらと不測の事態で死ぬ魂が増えているのだと。
私の死も、実のところ定められていたものではなかったらしい。
そういった魂を回収して次の輪廻に戻すのはいいのだが、しかし同じ世界に戻すとまた同じような事故ですぐさま死ぬ可能性も捨てきれない。
なので一度別の世界に転生させて、その間にこちらの世界で起きているらしき不測の事態の原因を調べるのだとか。
難しい話はわからなかったけど、自分の中で別の話に置き換えてわかりやすく脳内変換をしてみる事にする。
つまり、ストーカーに家の中に入られてるのにそのままそこで生活し続けてたら危ないから、ストーカーが合鍵を所持していない別の部屋に引っ越すか、鍵を新しく交換するか、みたいな話?
原因がわからないとなると、確かにそこに戻したとして原因が自分にあったりしたらまた想定してないところで死ぬかもしれないし、ちょっと一度距離をとってあれこれ調べてみる、という女神さまの言い分はわかった。
しかし異世界転生か……そんなラノベみたいな体験をまさか自分がする事になろうとは……
「で、一応そちらの要望に全てとは言わないけれど少しはお応えできると思うんですよ。何か望みはありますか?」
女神の言葉におっとこれはチートをもらえるフラグか? と思った。
とはいえ、貰ったチートが必ずしも役に立つとは限らない。これから一体どんな世界に生まれるか、それをまずは確認したかった。
「そうですねぇ……貴方が過ごしていた世界と比べると文明レベルは下がりますが、概ね平和なところですよ。そちらの世界でいうところのファンタジーにありがちな世界観、と言えば伝わるかしら?」
成程ね。
平和って事は別に魔王だとかが世界を混沌に陥れてるとかでもないのか。ふむ、じゃあ、別に何か凄い魔法が使えるだとかはしない方がいいかな。
過ぎた力は争いのもとになるからね。
下手にとんでも威力の魔法がバンバン使えるなんて知られてみろ。危険視されて処刑か、はたまた兵器扱いで使い潰されるか……そうじゃなくたって巨大な力を持つとなれば、いつそれが暴走するかなんて不安に思われたり、その力をこっちが向けるつもりがなくても敵対したらなんて考えて怖れられたり……力がないと生きていけない世界ならともかく、そうじゃないなら強大な力関係のチートはやめておくが吉ね。
割とよくある乙女ゲームの世界っぽいところに転生、だとかなら魅力たっぷりだとか、ヒロインとしてのスペックだとか、そういうのを持ってたら楽かもしれない。
でも、正直人間関係を構築するの上手くないんだよね私。
仲良くなるまでに時間かかるし、あんま大勢の人との交流は疲れるからなぁ……
それに下手に魅力的なヒロインみたいな感じになって、周囲で勝手に男性たちが自分を巡っての争いあい、だなんて傍から見てる分には「えーっ、これからどうなっちゃうのー? ヒロイン誰とくっつくのー?」みたいに少女漫画気分でドキドキしながら見ていられるけど、当事者にはなりたくない。
それにそういういい男に奪い合われる自分、って確かに一度くらいは妄想した事もあるけど冷静に考えたらそんないい男が複数名で自分を取り合うとか、その男狙いの他の女性全部敵に回すようなものじゃん。
女の争いって恐ろしいからなぁ……やだなぁそういうの巻き込まれたくないなぁ。
そりゃあ、そういう展開からヒーローが助けてくれて、みたいな王道っぽい展開にもときめく事はときめくけど、自分が体験したいかってなったら話は別なのよなぁ……
うんうんと少し考え込んで、決めた私の要望は。
「それなりに平穏に生きて、途中で出会ったスパダリに愛されて生涯を終える。特別な能力とかそういうのはなくていいのですか? いえ、この程度の要望なら余裕でお応えできますけど」
「いいです下手に過ぎた力を手に入れるよりは、そういう生活の方が全然マシです」
「わかりました。よくあるシンデレラストーリーみたいな感じにしなくてもいいんですね?」
「はい」
「わかりました。それでは、次の人生を頑張って下さいね」
そう言って女神さまは私を新たな生へと送り出してくれたのである。
さて、途中までは私の人生は要望通りであった。
生まれは男爵家。けれども暮らしはそこらの平民と変わりなく。
生活に苦しむ程貧乏というわけでもなく、まぁそこそこの平和度合でまったりと生活ができていたのである。
ところがだ、ある程度の年齢になってから、私がとある男性に見初められて妻にしたいと婚約の打診をされたところから人生は一変する。
伯爵家の青年は私より年齢が二つ上の、それはもうドエライイケメンであった。
資産は男爵家と比べるまでもなく。青年本人はとても優秀らしく、まだ若いのにいくつかの功績を出しているのだという話も聞いた。
聞けば聞く程なんでこんな凄い人が自分を妻に……? なんて思ったけれど、お断りする事はできそうになかった。身分的に逆らえる程の力はうちにはないし、両親だってこんな話逃したら貴方結婚できるかどうかもわからないのよなんて言われて、断れるはずもなかった。
他に好きな人がいる、とかであればまた話は違ったかもしれないけれど、自分はいずれどこかで素敵な自分だけを愛してくれるスパダリとの出会いがあると思っていたからスパダリの気配もない男と関わるつもりはなかったのだ。
そりゃあ母親が婚期を心配するのも仕方のない話だった。だって浮いた話の一つもでなかったもの。
そうして結婚して、私はスパダリに愛されてそれはもう毎日楽しく生活できる……かと思いきや。
旦那となった男は自他共に厳しいタイプの人間であった。
いっそストイックと言ってもいい。
向上心に溢れているとか言えば聞こえはいいけれど、自分にも他人にも求めるもののハードルが高すぎるのだ。
なので伯爵家で働く人たちは皆ハイスペックなのは言うまでもないし、その家の頂点にいる旦那様がハイスペなのは言わずもがな。
そして旦那様は私にもハイスペを望んできた。
最初からそういうスペックの高い女性を射止めればよかったのでは? と思っていたが、なんでも私には秘められたポテンシャルとかそういうのがあるらしい。知らんがな。
けれども旦那様の人を見る目は確からしく、それ故に、高い能力を秘めているはずなのに日々をぽやっとして生きている私の事が許せなかったのだとか。知らんがな。
えっ、自分の才能とかそういうの、自分でわかるのってデフォなんです?
違うよね?
ステータスとかゲームみたいに自分の能力値とか客観的なデータとして見る事ができたらそりゃもしかしたら気付けたかもしれないよ?
でも、特技らしい特技を持ってるわけでもないし、もしかしたら私のこれは才能かも……!? なんて思うような展開もなかった。これで気付けは無理がある。
けれども旦那様は聞く耳持っちゃくれなかった。
くそっ、顔がいい。挙句の果てには頭もいいからちょっと顔に見とれたりした一瞬の隙に色々言われてまんまと言いくるめられてしまう。
顔を見ないようにして話し合いをしようにも、相手の頭が良すぎてこっちが一つ何かを言うと三つくらいで返ってくる。反論するための隙を探している間にもどんどん論破されていく。勝ち目が……勝ち目がまるでない……!!
1ターンに一回しか行動できない私と1ターンに三回行動できる旦那様、しかもレベル差は圧倒的とくればそりゃ勝ち目なんてあってたまるかって話よね。
そんなわけで私は何でか知らないけれど、毎日とても厳しいレッスンだとかを乗り越えなければならなくなってしまったのである。
いやあの、身分を弁えず王子に言い寄って王妃になるための教育をこなせみたいな展開も前世のラノベでみたよ? みたけどさ……私別にそういう事してないのにそれに近い事させられてるの何で??
今までぬるま湯の中で育ってきたような自分にその生活はとても厳しかった。
けれども弱音を吐こうにも、賛同者がいないのである。
両親に愚痴めいた手紙を出そうと思ったけれど、男爵家の娘であった頃と違い今は伯爵家の夫人。
甘ったれた事言ってんじゃないとか言われたらそりゃそうですよね、としか言えないので愚痴も吐けない。
しごかれてそれなりに成長はしたと思うけれど、それでも合格点がまったく見えなかった。
私、一杯頑張ってた……! 多分前世でもこんな頑張った事なかったってくらい毎日頑張ってた。
でもさ、頑張り続けるのって終わりがあればいいけど、終わりが見えなかったら辛いんだよ。
長距離マラソンだってスタートした時点では先が長いなって思うけど、でもちゃんとゴールが定められてるじゃん? 辛くても足を動かして前に進んでたらどれだけ時間がかかろうとも最終的にゴールにはつくじゃん?
でも旦那様の求める私の理想像はゴールがどこなのかまるでわからなくて、私の心は多分途中でポキッと折れた。
心が折れたら身体も限界を訴えてきて、たまたまその時に質の悪い風邪が流行ってたみたいで。
私は寝込んでそのまま――多分肺炎拗らせたか何かして死んだ。
死んだ直後に魂としての自分がひょいっと身体から出て、自分に覆いかぶさって泣き縋る旦那様を見たけれど、魂の私が頑張ってもう一回身体に戻ろうかとも思っても、残念な事に身体の中に入ろうとしても素通りしたから完全にご臨終である。
あ、一応私、愛されてはいたんだなぁ……とは思ったけれども。
てっきり旦那様の趣味は調教か育成なのかと思っていたけれど。
ぽっくり逝った私にあんな風に恥も外聞も投げ捨てるみたいに泣き縋る姿を見れば、一応情はあったのだとわかる。
どうせならもうちょっと甘やかしてくれても良かったんですよ旦那様。
せめて最後にそれくらい、言っておけばよかったかな、って思ったよね。手遅れだけど。
「調査の結果が出ました。他の件の余波で巻き込まれて死んだみたいですね」
「はぁ」
最初の世界で自分が死んだ原因は不測の事態によるものだと言われていたけど、どうやらその調査結果が出たらしい。とはいえ、だからという話である。
「なので次はきちんと元の世界に戻れますよ。良かったですね」
「そうですね」
「浮かないお顔ですね? 何かありましたか?」
「いえ、確かに私、スパダリに愛されて生涯を終えるっていう望みを言いましたけど」
「はい」
「愛されてたって実感できたの死んだ直後なんですけど、これは一体……?」
「え?」
女神はそんなバカな、みたいな顔をしてこっちを見るけど、実際あの時魂としての自分が幽体離脱みたいになって自分の死んだ身体と泣いて縋る旦那様を見てなかったら愛されてたとか思えなかったぞ。
てっきり育成できるユニットをゲットだぜ、程度に思われてるものかと。
「えぇ? そんなはずは。ちゃんとご要望の通りスパルタなダーリンをご用意したのに」
「え?」
今度は私が聞き返す番だった。
「なんですって? スパルタ?」
「えぇ、スパルタなダーリン、スパダリ」
「私の言うスパダリってスーパーダーリンの意味なんですけど」
「えっ?」
……沈黙が落ちた。
「えっ、えっ、スパダリってそういう……!? 前にお友達の女神ちゃんが教えてくれたのと違う……!?」
「お友達の女神ちゃんわかってなくて適当言ったかわかった上でからかったかじゃないでしょうかね」
焦ってわたわたしだした女神の様子から、あ、これ別にわざとじゃないなと判断できたので冷静に突っ込みを入れる。
何という事でしょう。言葉が通じていたしスパダリって言ったときに「なんて?」とか返されなかったし普通に頷かれたものだから、当たり前のように話が通じていると思っていた。
「あっ、あの、ごめ、ごめんなさい私とした事がまさかそんな……」
「あ、いや、大丈夫です。わざとそういう事して嫌がらせしてやろ、とかではなかったみたいですし。こっちもその、略さず正式名称で言うべきでした」
「いえいえいえ、意図を汲めずにすみません、すみませんっ」
「そこまで謝られるとなんかこっちも悪いなって思うのでホントごめんなさい。女神様わざわざ希望に沿って転生させようとしてくれたし、向こうの世界のあれこれも調べてくれたのに」
ぺこぺことお互いに頭を凄い勢いで下げて謝罪合戦を繰り広げる。
ちなみにそれが終わったのは実に十分後の事だった。
「お詫びと言ってはなんですが」
「はい」
「再び前の世界に生まれ変わる事になるんですけど、何か希望はありますか。とはいえあちらの世界は私の完全な管轄というわけでもないので、精々ちょっとした祝福というか気休めレベルのおまじない程度にしか効力発揮できないんですけれども」
そう言われてもな、と思う。
向こうの世界で魔法だとかそんなもの習得したら色んな意味でヤバイ事になりそうだし、チートみたいな才能を、ってなってもな……うーん。
「あ、そうだ。それじゃさっきの世界で得た知識や経験とかそういうステータス的なやつを引き継げる感じがいいです」
強くてニューゲームみたいな。
「そんな事でいいんですか? わかりました任せて下さい」
どん、と胸を叩いて請け負う女神さまの姿はなんとも頼もしかった。
いやね? 私としてはあっちで旦那様にそれはもう淑女として様々な事を叩きこまれたりしていたわけでして。社交の場に出たらまぁビックリするくらいお嬢様って感じだったんですよ。奥様だけども。
それ以外にも何か色んな事を教わってしまってですね。まぁ向こうの世界の法律だとか知識だとかはあまり役に立たないだろうけど、テーブルマナーだとか礼儀作法やダンス、その他楽器の演奏だとか、色々と、えぇ、本当にい・ろ・い・ろ・と!! 教わってしまったので。
次の人生はそれらを活かせる仕事につけたらいいんじゃないかなって思っただけなんです。
そんな三度目の人生をスタートさせた私ですが、当初の予定を大きく裏切って、気付けば軍隊に所属していました。あっれー?
てか旦那様、貴方私に一体全体何をどこまで教えるつもりだったんですか。ただの淑女に軍隊は流石にないわと思ってたのに何か普通にしれっと入隊できた挙句厳しい訓練もなんのその状態なんですが。
実は私、とんでもねぇ男に愛されていたのでは……?
とは、ずいぶん遅くになってから気付いたのだけれど。
文句を言う先は異世界なのでその言葉はとりあえずそっと飲み込むのでありました。