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たばこ

作者: F村

「キャスターの五ミリください」

「だからダメだって言ってんだろうが。いい加減学校にチクるぞ」

 真夏の真昼間の小さい商店。タバコの煙を吐きながら、カウンター越しにヒカルねえは言った。

「なんでだよ。もう高三だし、変わんねーだろ」

「ダメダメあと二年我慢しろ。それまでは高校生らしくアイスでも食えよ」

 仕方なく俺は冷凍ケースから、棒アイスを取り出し、ヒカルねえに五十円を渡す。

 カウンターの横のパイプ椅子に腰掛け、袋を開けアイスをかじった。


 ヒカルねえは今年で二十一で俺は十八。

 物心ついてから、同じ小学校に通っていたヒカルねえが卒業するまで、一緒によく遊んでいたが、その後はまだ小学校に通っていた俺と会うことも自然と減った。

 俺が中学生になったらヒカルねえは高校に入学し、俺が高校に入学してもヒカルねえは卒業していて、追いつくことができなかった。

 ヒカルねえは高校卒業して、就職するわけでもなく、この商店でアルバイトを始めた。

 正直俺はほっとしていた。あと少しで追いつける、そんな根拠もないことを考えていた。



「そうだ。今日でもうこのバイト辞めるんだ」

 ヒカルねえは大きく煙を吐いたあと、間をおいて言った。

「へぇ。やっとまともに働くんだ。どこで?」

「うるさいなぁ。東京のちっさい会社でね。ようやくこのなんもない田舎ともおさらばだ」

「えっ」

 うるさかったセミの鳴き声が聞こえなくなった。

 静止画のように景色が止まる。


 どうして待ってくれないんだろう。

 どうして俺はまだタバコを吸えないんだろう。

 どうして――


「おーい。大丈夫?熱中症か?」

 ふと我に返る。アイスが溶け、手をつたい水滴が地面にこぼれていた。

「あ、うん大丈夫。だいぶ急だね」

「お父さんの友達がそこの社長でさ。コネ入社ってやつだよ」

「そっか」

「うん」

 今度はセミの鳴き声がうるさく聞こえる。

「俺帰るわ。夏休みの課題、まったく終わってないんだ。ヒカルねえ元気でね」

「……雄一も元気でね。たまにラインするよ」

 俺は溶けかけのアイスを無理やり口に押し込み、当たり棒をゴミ箱に捨て、家に帰った。



「キャスターの五ミリと、それからライターください」

「あいよ。五百四十円ね」

 知らないよぼよぼのじいちゃんは、あっさり白いパッケージとライターを渡してきた。

 俺はできるだけ自然な手つきで五百四十円を財布からとりだし渡す。

 おさえられない心臓の激しい鼓動を不快に思いながら、逃げるように夜の公園に向かう。人がいないことを確認し、木陰でヤンキー座りになりながら、銀紙を破り、たばこを一つ取り出す。おそるおそる先端に火をつけながら、ゆっくり息を吸う。むせそうになるのを涙目になりながら堪え、煙をなんとか吐いた。

「まっず」

 たばこを靴で踏みつけ、パッケージに入れ、雑木林に向かって思いっきり投げた。


 予備校の夏期講習の申し込み、まだ間に合うだろうか。

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