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再会

 8月になった。


 モンティ・ホール問題は少し進展があったがまたすぐに壁にぶつかった。それから停滞したまま一ヶ月以上が経ちお盆の時期を迎える。


 寮母さんや食事を作ってくれる人が居なくなるお盆休みの間、寮生は皆実家に帰ることになる。


 竹内は田中(もろ)とも勉強会の名目で十日条の実家に厄介になっていた。十日条の両親は既に他界しているので祖母の許しを得て田舎の実家に二人を連れて行く。


 初日は移動の疲れもあったのでそのまま休んだが実家にお世話になる間は働かざる者食うべからずという事で二人も一緒に畑仕事を手伝う。元々そういう腹積もりで連れてきたのだ。


 次の日。竹内と田中に祖母の畑仕事を手伝わせ十日条は一人で中学の頃の恩師の家に挨拶をしに行った。そしてその帰り道に廃校となった校舎に寄ると思いもよらなかった人物と再会した。


 常盤零ときわれい


 中学の思い出の中で強烈に存在感を示す人物で、中学二年の二学期という僅か四ヶ月の交流は今も十日条の記憶に鮮明に残っている。


 向こうも気付いたので声を掛ける。


「久しぶりだな常盤。まさかここで再会するとは──って俺の事憶えてるか?」

「十日条だろ、ちゃんと憶えてるよ。一緒に熊さんとデートした仲だしな」


 どうやら熊と遭遇し命を賭けた喰らい合いのドキドキバトルの記憶は常盤の中ではキャッキャウフフのイベントになってるらしい。これが吊り橋効果か。13歳にして本気で死ぬと思った出来事をほのぼのとした日常のようにオブラートに包まれるとは思いもしなかった。最早オブラートに包みすぎて野球ボール位の大きさになっている気分だ。


「なんの話? 過去に彼と可愛い女の子でも取り合ったの?」


 ちょっと拗ねながら会話に割って入ったのは常盤と一緒にいた女性だ。


 年齢は同じくらいで一言で言うなら美人。顔のサイズや目鼻立ちの良さは言うまでもなく、肌の白さに金の長い髪から左右で違うエメラルドグリーンとスカイブルーの瞳が日本人離れをしていて儚く幻想的ですらある。ただ十日条バカの感想は『あの白い肌だと【ひざしがつよい】ときはダメージが二倍になる特性を持ってそう』だったのだが。


「いえ、常盤と女の子を取り合ったのではなくタッグで熊と(タマ)の取り合いをしたんです」

「そっか。それなら良かった」


 どうやらこの美人さんにツッコミを期待するのは諦めた方がいいようだ。


「遅ればせながら自己紹介を。十日条神無です。常盤とは中学が一緒でした。とはいっても四ヶ月だけでしたが」

「零の妻の如月彩夢きらさぎあやめです」

「なん…だと?」


 驚いものの常盤は常盤でイケメンなのでお似合いではある。まさに絵になるカップルだ。十日条ではそうはならない。世界は残酷だ。


「待て変なことを言うな、結婚なんてしてないだろ。年齢的にも無理だし」

「何を言う常盤。内縁の妻は妻だろう」

「貴方良いこと言った、えらい!」


 内縁でも無ぇんだよ、と常盤がつっこむが美人に誉められて浮かれる十日条の耳には届いてなかった。良い思い出が一つ増えてご満悦である。


「もう照れなくていいのに───っ」


 ふらついた彼女を支える常盤。そんな一挙動も絵になっていてモテと非モテの格差を突きつけられるバカは心で血の涙を流す。


「病み上がりなんだからあまりはしゃぐなって」

「体調が良くないんならうちで少し休んでくか? ここから近いし」


 助かる、と二人は十日条の祖母の家で休んでいくことになった。






「田舎に似つかわしくない美男美女がいる」


 畑仕事を手伝いに行っているはずの人間がいたので何故居るのか問い詰めたかったが丁度良いのでコキ使う。


「お前とは違ってちゃんとした客人だ。居間に案内して冷たい飲み物を出しとけ」


 十日条は指示を出して自分は新しいタオルを取りに行く。そしてそれを水で濡らして居間に行き彼女に渡した。後は出来ることが無いので一度部屋に戻る。


 常盤がうちに来たのは手間が省けた、と十日条は再会したら渡そうと思っていた物を押し入れから引っ張り出す。木の箱だ。それを持って居間に戻った。


「少し良くなったみたいですね」

「ご迷惑をおかけしました。暑さで少し立ち眩みしただけみたいです」


 彼女が頭を下げてきた。大事無いなら一安心だ。


「そういえば常盤はいつまでこっちにいるんだ?」

「墓参りに来ただけだからな。今日にもとんぼ返りだ」


 迎えには既に連絡済みとのことだ。


「ならやっぱり今のうちに渡しとくか」


 十日条は先程持ってきた木の箱の蓋を開けて机の上に置く。


「バスケットの秋季大会のトロフィーですか?」


 団扇で如月を扇いでいた竹内が覗き込んでトロフィーの台座に書かれた文字を読む。


「常盤は色々と気を回してたみたいだがこれを貰うのに相応しいのは俺じゃなくお前だ」

「そうは言っても俺は余所者だからなぁ」

「余所者だっていうなら俺も大して変わらんだろ。祖母の家が有るとはいえここに居たのは中学の時の三年間だけだからな」


 それまでは一度もこの村に訪れた事は無かったし、その後も結局十日条はこの村を出ていったのだ。この村の人間にとっては四ヶ月の常盤も三年の十日条も五十歩百歩だろう。


 だがそれでも常盤は受け取ろうとしない。常盤も常盤であれは手伝いでしかなくどれほど活躍してようが自分は脇役という認識だ。なので受け取ろうとしない。


「一向に決まらないのでその時の話を聞かせて下さい。その上で自分が判断いだだだだだだ」

「判断ってクソ虫(おまえ)ごときにそれは分不相応だろうが」


 十日条のアイアンクローが後輩に襲いかかる。身の程を知ることは大事だ。


「私も興味あるから聞きたいな」


 彼女も夫(仮)の昔話には興味を隠せないようだ。そういうことならと後輩を解放し机を挟んで常盤たちの正面に座る。そして語り始めた。






 その頃は廃校の話があってそれを阻止するためスポーツの秋季大会で良い成績を残す事を目標に学校の生徒たちは複数の種目の特訓をしていた。それを可能としたのは常盤の才能にあった。大人と子どもほどの実力差があると知ってからは常盤が皆を鍛える事になった。


 毎日授業が終わると常盤の指導の下それぞれが適性を見抜かれ特別メニューをこなしていく。ただ十日条だけは違った。それなりに動けたので一種目に絞らずに複数の競技の特訓をさせられた。


 そんな皆の頑張りが結果になって表れ、地区大会では3位以上になった競技がいくつかあった。中には県大会の次の大会、複数の県の学校が集める地方大会に進んだものもあったほどだ。バスケットボールもその一つだ。


 常盤率いる若葉中学が決勝で当たったのは前評判で今年も優勝間違いなしと目される強豪校だった。


 ここまで駒を進めて来た若葉中学はそれなりに強いと相手チームを指揮するコーチは始まる前は警戒してたが第1クォーターが終わった時には肩透かしを喰らった気分だった。


 バスケットボールの試合時間は1クォーター10分の4クォーター制だが、第1クォーターで相手が20点リードしたからだ。


 そして相手チームは選手を全員控えに替えた。他の選手にも経験を積ませようと考えたのか、または決勝という大舞台に出してやりたいという監督の親心のようなものだったのかも知れない。


 しかしそれは常盤が仕掛けた企みだった。


 第2クォーターは最終的に4点返えしての16点のビハインドで終え、第3クォーターに試合が大きく動いた。


 常盤がそれまで隠していた運動能力を発揮する。


 キレのあるドリブルはそれまでの試合でロングシュート()()()得意と思い込ませていた相手選手を瞬く間に何人も置き去りにする。そして相手の心を読んだようなパスカットからのカウンター。さらに相手が常盤に気を取られ過ぎると、ロングシュートが苦手()()()()()の十日条の3ポイントシュートが不恰好ながらも確実に決まり点差を縮める。


 慌てた相手チームの指揮官は主力メンバーに戻すも一度切れた集中力はすぐには戻らず第3クォーターが終わった頃には8点差まで縮んでいた。


 そして最終の第4クォーター。ここで常盤は更にカードを切る。


 相手選手がジャンプをしてボールを両手で掴み腰の位置でキープしたときを狙う。『前!』と常盤の声に()()()は前方に右足を伸ばし下方向から前に手を伸ばす。すると腰の位置にあったボールをはたき相手選手の身体に当たりこぼれ落ちた。十日条が自身でタイミングを予測したわけではなく常盤が十日条の身体を操っているのだ。


 これは特訓をしてた時に仕込んだものでこれなら十日条には出来ないタイミングが計れる。


 他にも『右!』との常盤の掛け声に右側に手を伸ばしながら身体を投げ出しボールをカットする。走って戻っていた十日条はその時ボールを見てすらいなかった。


 これで限定的で劣化版ながらもコート上に二人目の天才が現れたことになる。カットで相手の流れを潰していく。しかし点は取られいった。


 理由はチームメイトの体力の限界。


 十日条は喰らい付いてはいたものの他はそうではない。選手交代して何とかたせようとするものの限界は近かった。


 そうなるとそこが穴となり点を取られる。


 ボールをキープしてる時は点を取れてもそれは相手も同じ。つまり相手にリードを許したまま時間潰しが精々だった。


 しかしその間にも勝つための常盤の下準備は着々と進んでいた。


 残り2分のとき常盤は自陣コートからドリブルで移動する。敵陣コートに入ってすぐ相手チームの4番が常盤の前に立ちはだかる。その少し離れた後ろには5番の選手も控えてた。二人がかりでボールを奪うつもりだ。


 常盤は3Pラインに添って右側に切り込む。そしてそのまま強引に中に侵入するのかと思った瞬間4番に背を向け反転する。進む方向を変えて抜き去ろうとしたそれを4番は即座に反応しボールが来るだろう位置に右手を出してた。


 しかしその手にボールは当たらなかった。


 それだけではない。一回転して正面を向いた常盤の手には()()()()()()()()。なのに常盤は後ろにジャンプしながらシュートモーションに入り目に見えないボールを放つ。


 直後ゴールネットの擦れる音がして審判の指示のもとスコア係が若葉中学に3点を追加し4点差になる。それを見た相手の4番は呆然と立ち尽くした。


 そんな彼を余所に十日条は常盤に近づいて『最後のシュートを打つフリって必要だっのか?』と訊ねると『そっちの方が相手は驚くだろ』と楽しげに返してきた。常盤はまだ随分と余裕があるらしかった。


 彼のしたことはなんてことはない。4番に背を向けた瞬間に左肩の方からボールを放っただけだ。勿論言葉にするのは簡単だがゴールに背を向けてまともなフォームですらないシュートを入れたのは神業と言える。


 反応の良かった4番にはボールが消えたように錯覚したことだろう。加えて最後のシュートモーションで見えないボールをシュートしたと感じたかもしれない。


 しかしそのあとまた相手チームに2点取られる。


 そして6点ビハインドで迎えた残り時間1分。誰もが相手校の勝利を確信してた時。その油断を突くようにそれは起こった。


 常盤はゴールの真下にドリブルで切り込んでゴールリングの真横の角度0の3P(ポイント)ライン付近に居た十日条にパスを出す。けど常盤が囮になっていたのを読んでいた相手の選手がいた。常盤からよりも十日条からボールを奪う方が確実と思ったのか。ボールを放つ瞬間相手が手を伸ばす。


 ブロックのタイミングはバッチリだった。高さも位置も十分だった。本来ならボールはその手に当たり零れ落ちただろう。しかしその手は空を切る。ボールの軌道がズレていたからだ。十日条はシュートを打ったわけではなかった。


 ボールは勢いよくリングを通り越して真逆の位置に移動していた常盤の手に渡る。彼のシュートモーションに近くにいた敵選手が焦って飛びついた。しかし常盤はすぐには打たず、一瞬の間を置いてからジャンプシュートを打った。


 相手選手の身体がぶつかり体勢を崩しながらもシュートが決まる。そして()()()()()()()()()()()()()()5()()()()()()()()


 チームファウル5つ目以降のディフェンスファウルは相手チームにフリースローの権利を与えてしまう。そして常盤は1本のフリースローの権利を得た。


 文字通り試合の時間が止まる中、常盤はフリースローラインでボールを持ち集中する。左右にはリバウンドを取ろうと敵見方の両方の選手が準備する。


 現在の得点差は3点。だが相手チーム選手はまだ焦りは少なかっただろう。


 ここでシュートが決まっても2点、仮に零れたボールが押し込まれても1点のリードを守れば勝てるし、またはその後彼らがシュートを決めれば最低3点差で勝利はほぼ確実だ。もし3点差の後に3Pシュートを決められても延長戦で神無たちのチームはロクに戦えないだろう。そんな計算があったはずだ。


 常盤の手からボールが放たれる。


 ボールは天井まで届くかのように高く上がる。リバウンドを取りに両チームの選手が詰め寄るが有利なのは相手チームで十日条の位置取りも上手くない。常盤は打ってすぐに行方を見守ることもなく振り返り自陣コートへ歩き出していた。だから常盤をマークするはずの敵選手はゴール下の空いているスペースに位置取ってしまった。


 落下を始めたボールはボードに当たりバックスピンによる回転エネルギーも加わるとリングのボード接続部に近い場所に当たった。そしてゴール下にいる十日条たちを無視して、強く高く跳ね返って飛んでいく。


 3()P()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 フリーだった常盤は難無く3Pシュートを決めて試合を振り出しに戻した。


 ここにきて相手チームも焦り出したことだろう。シュートを決めれば最終的には勝てる。しかし外せば絶対に奪われる。そう確信するまでに常盤零という存在に呑まれていた。


 リードが有るか無いかは相手選手のメンタルにそれ程までに影響を与えた。だからその心の隙を突いた。


 『前!』との声に十日条が手を突き出す。ボールはこぼれて足下に転がって来る。相手が奪い返そうとしたが一瞬早くボールをキープする。


 そこで相手チームのコーチから激が飛び、相手チームの選手たちは集中力を持ち直す。


 ボールが常盤の手に渡る。


 ボールを奪ったとき、残り時間は24秒を切っていた。ルールでは、ボールを保持してから自陣コートに居る場合は8秒以内に敵陣コートに入り計24秒以内にシュートを打たなければならない、とある。


 しかし奪った時に24秒を切っていたのなら、時間をギリギリまで使い点を取れば相手チームに点を取り返すのは無理だ。


 焦れるだろう気持ちを抑えて不用意には飛び出してはこない。


 残り16秒。常盤が仕掛ける。いや仕掛けようとした。だけど。


 ()()()()()


 それは汗のせいか。体勢を崩し、それでも十日条にパスを出す。だがそれを読んでいた相手チームの選手の一人にカットされカウンターを喰らう。


『十日条以外は残れ!』


 常盤がとっさに体勢を立て直し十日条と共に追いかけるが間に合わない。


 敵選手にゴールを決められすぐさま再開しようと常盤がボールを手にする。もう10秒しか残ってない。だが十日条はゴールを決めた4番の選手にマークされる。敵陣に残ったチームメイトも同様だ。


 残り時間8秒。


 十日条が左に動き出しマークしてた4番の気を一瞬だけ引き付ける。それを追いかけようとした相手は視界の隅入ったボールに振り返っていた。


 常盤はボールを右に出していた。それは生き物のように進行方向を変える。右斜めから真っ直ぐ前に。


 一瞬マークを振り切った十日条が右に反転し、ボールに追いついてキャッチする。常盤ほどではないがドリブルと3Pシュートはそれなりにできる十日条も相手選手は警戒していた。


 キャッチするまでのボールのスピードは遅かったので4番が追いついて来た。そしてハーフラインを越えようとしたところで十日条はボールを後ろに投げ返し、追いつきそうになってた4番と一緒に敵陣コートに移動する。


 残り4秒。


 ボールを受け取った常盤はそのまま動かない。


 諦めたのか? と誰もがそう思った次の瞬間。


 残り2秒。


 常盤の身体が沈む。


 教科書に載せたいくらいの綺麗なフォームから。


 残り1秒未満。


 放たれたボールは試合を観ていた全ての視線を集め。

 

 ブザーの鳴り響く中。


 大きく弧を描き。


 永く永く感じる時を経て。


 ブザーが鳴り止んだ次の瞬間。


 リングの中央に吸い込まれ。


 ネットに擦れ小気味の良い音をてた。



『──────────────────………』



 ボールが跳ねる音だけが場を支配する。隣のコートの喧騒がやけに遠く感じた。


 そんな中で常盤のひと言。


「審判。コール」


 我に返った審判が掲げていた三本の指を振り下ろしホイッスルが響き渡る。


 3点が追加され66対65で俺たち若葉中学が勝利した。






「こうしてバスケの地方大会は幕を閉じた」


 試合のことを語り終えた十日条は鞄から水筒を取り出し乾いた口を潤す。


 今でも鮮明に思い出せる。あの時の色。あの時の空気。あの時の音にあの時の匂い。そしてあの時の動悸。


「まるで物語みたい」


 如月はまだ夢の中にいるかのように呟く。


「というか常盤さん無茶苦茶ですね。先輩を使ったパスカットとか未来が見えてたかのようですし、それに最期のシュートは自陣のゴール付近から打ったんですよね? それを決めるとは…」


 竹内も物語のようなその話に軽く感動していた。


「最後のシュートが決まったのはただの偶然だ。パスカットは相手の全ての行動パターンを予想して状況によって残ったものを判断してただけだ。人の思考には癖や傾向があるから憶えれば案外できるものだぞ」


 だから無理だって、と竹内は事も無げにいう常盤を見て『これが天才か』と理解した。


「そういえば何でそれで廃校になったんですか? 成績は十分あったんですよね?」

「さすがにそれだけでド田舎の学校の併合を白紙には出来なかったんだろうな」


 校長先生や教師には分かっていただろう。あと常盤にも。


「でも無駄ではなかったと思ってる。あの時確かにあの学校の生徒として頑張った記憶が俺の中に残ってる。他の生徒もそうなんじゃないか?」


 余所者にすぎない十日条がそう思っているのだ。他の生徒もきっとそうに違いない。


 それにその証も残ってるしな、と神無は付け加える。


「証ですか?」

「廃校になったのはその翌年俺が中学を卒業した日に校長先生にあの大会で得たこのトロフィーを渡されたよ。何でも賞状やトロフィーが前の年に卒業した人の分まで丁度あってな。その人たちにも渡してたんだとさ」


 常盤はそうなるように成績を残したのだろう。


「ただ校長先生に聞いたところ常盤こいつは自分の分は用意してなかったらしくてな、だったらこのトロフィーを受け取るのは俺じゃなくて常盤だ」

「たしかに話を聞く限りだと一番の功労者は常盤さんなので先輩の主張は正しいように思えます」


 如月も「そうね」と同意するが常盤はそれでも受け取ろうとしない。帰るときに無理やりにでも持たせようと十日条が考えたとき、


「なら零の代わりにわたしが受け取る」


 彼女の想定外の提案に十日条は少し思案して、「伴侶ということなのでもうそれで良いか」とトロフィーを彼女に渡す。


「わーい。ありがとう」

「いやだから伴侶じゃないって言ってるだろ」


 常盤が如月からトロフィーを取り上げようとしてるが傍目にはイチャついてるようにしか見えない。


 そういうのは自分家でしてくれ! と非モテの十日条は心で血の涙を流す。世界から格差は無くならないのだ。


「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃいませんかー?」

「あ、迎えが来たようだな。俺たちは帰るよ」

「休ませていただきありがとうございました。あと昔話も楽しかったです」


 二人を迎えにきたお姉さんは丁度戻ってきた十日条の祖母と話をしてお礼を言っていた。話からは彼女は昔この村に住んでいたようだった。


 改めて三人はお礼を言って帰って行った。


「でも先輩が頑なにトロフィーを受け取ろうとしなかったのは何故です?」

「イケメンのキザな企みなんて中指立てて拒否るだろ普通」

「そーゆー所がモテない原因だって理解してますか?」

「間違ってるのは俺じゃない、世界の方だ!」 


 そんな十日条を呆れた目で見る竹内。


 このお盆にあった天才との予期せぬ再会で心につっかえてたものが一つ無くなった十日条だった。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 帰宅日の前日である四日目の夜。


 竹内たちは十日条が風呂に入ってる合間にモンティ・ホール問題の扉を増やす説明について話していた。


「この考え方はこないだやった一つ目の説明の()()()()()()()()()()のものなので本質的なものは変わらないです。なので補足でしかないですね」


 100万だと数が多過ぎて想像が面倒なので竹内は100個の例で説明する。その考え方としては次のようになる。


 プレイヤーは100個ある扉の内のどこかにあるアタリの入っている扉を当てるゲームに参加する。


 扉はどれを選んでも当たる確率は同じなので好きな数字の1が書かれてる扉を選んだ。すると司会者はプレイヤーの選ばなかった扉を一つ、また一つと開けていき98個開けた扉の全てがハズレだった。


 残ったのはプレイヤーの選んだ1の扉と他には100の数字が振られている扉だ。


 プレイヤーが司会者にアタリの扉を知っているのかと訊ねるとそれを肯定し「扉を変更したいのならしても良い」と言ってきた。


 ここでプレイヤーは頭の中で()()()()でシミュレーションする。


 プレイヤーが頭の中で選ぶのは1番の扉で司会者は98個の扉を開けていき、残ったのは自身が選んだ1番の扉と4()8()()の扉だった。これがシミュレーションの一回目だった。


 同じ条件で行ったシミュレーションの二回目で残ったのは1番と7()6()()で、三回目では1番と9()()の扉が残った。


 そのままシミュレーションを続け百回した結果、1番と100番の二つの扉が残ったのは二回でアタリはそれぞれの扉で一回ずつ出た。


 残る扉の番号が変化するのは大前提のそれぞれの扉の『当たる確率は等しい』からだ。そして司会者はアタリの扉には干渉しないので大前提の1/3から()()()()()()()()


 なのでそれぞれの扉の当たる確率は変わらず、プレイヤーの選んだ扉の当たる確率ともう一つの残った扉の当たる確率は等しい。


 以上の事から至る結論は、扉の数がいくら増えようとアタリがどの扉にあるのかを知っていようと、司会者は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。


「これは扉が増えた方がより実感出来ますね」


 補足としても十分だろう。それよりも三つ目の考え方の否定が滞っていた。


「もう少しで形に出来そうなんですけどねぇ。あと一歩が足りない感じです」


 田中と話していても閃きはなく完全に手詰まりだった。そんな竹内に田中は言う。


「こういう時は基本を振り返るのが定番だよね」

「基本ですか。………そういえばこないだ会ったイケメンさんも全てのパターンを─────」


 ブツブツと呟きながら竹内は思考の海へと潜る。


「おーう上がったぞ~。竹内、次はお前の」

「もう来たんですか先輩。もう少しゆっくりしてくれば良かったのに」


 でもこれなら行けそう、とノートをバッグにしまって竹内は風呂に入りに行った。

 次の話の前書きには(長い)茶番劇があるので興味の無い方は跳ばしてください。

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