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確率のアイテムといえばサイコロかコイン

 あれから一ヶ月ほど経った。進展は特に無いままだ。そんな時に謎真理研探部に一人の生徒が訪問してきた。


 その人の名前は川島といって女子バドミントン部の三年で部長をつとめているらしい。


 彼女の話によると今年の女バド部の入部希望者はそれなりにいて、しかも部員は近年の中で一番多くなったとか。ただ人数は増えたが試合のようにネットを使った練習が充分に出来てないと思ったみたいだ。


 そこで川島は考えた。


 同じように体育館のコートを使う卓球部は人数が少なく、真面目に活動している部員も少ない。なのにコートを利用する割合が女バド部と同じ週に4日だった(他にも使う部は有るがどこも体育館を丸々使っているわけではない)。


 それに納得できなかった彼女は生徒会に女バド部の利用日を増やして卓球部の利用日を減らして欲しいと掛け合ったが取り合ってはもらえなかった。


 そこで彼女は少々強行な手段に打って出た。


 卓球部の部長(真面目に活動している二年生)に直談判したのだ。体育館の利用権を1日分でも良いので女バド部に譲ってほしいと。


 相手は下級生とはいえ当然最初は取り合ってはもらえなかった。だが、しつこく何度も直談判していたら向こうに条件を出された。


 あるゲームにそちらが勝てばその条件を飲む。但し、もしこちらが勝ったなら1日分こちらに譲ること、と。


 川島は迷いはしたもののルールを聞くと運任せのもので確率的にも二回やれば実質ノーリスクと判断した。そして卓球部の部長が書いた誓約書にサインした。


 だがその判断は間違いだった。


 確率がどうこうという前に、勝負を二回もするとは決めていなかったからだ。


 結果は一度負けたあと勝負をしてもらえなかった。


 彼女はごねたが、『そんな約束はしていないですよ』『最終的に自分が得をするまで何度もやる気ですか?』と言われ何も言えなくなった。


 生徒会への嘆願書はそれぞれ一枚ずつ予め作っていたので書かずに反古にする事もできなかった。さらに部員には相談せず単独で動いてたみたいだから部室に戻ったときは針のむしろだっただろう。


「でもあれは絶対イカサマだと思うのよ。だからミステリー研究会のあなたたちにそれを証明して欲しいのよ!」


 肝心の川島がイカサマだと主張するゲームのルールだがそれ自体は単純で以下の通りだ。


 初めに『1・2・3』または『4・5・6』のどちらかの組み合わせを選ぶ。そしてサイコロを()()振り『1・2・3』が出ればそれを選んだ人が1P(ポイント)、『4・5・6』が出ればそれを選んだ人が1Pを得る。


 それを十投して最終的にポイントの多い方が勝利というものだ。そしてゲームは次のように流れた。


 好きな方を選んでいいと言われた川島は『1・2・3』の方を選んだ。


 そしてゲームが始まり一投目は1と6が出てそれぞれ1Pが入り二投目は2と4が出てそれぞれに1Pが入る。その後の出た目は憶えていなかったが同じ様にそれぞれに1Pずつ入っていき十投目は3と4が出て最終的にし両者が10Pずつ得てドローだったそうだ。


 その場合の取り決めは無かったのでサイコロをひとつだけ振る延長戦となり、6が出て川島が負けたそうだ。


「イカサマと言いましたが心当たりはあるんですか? 例えば特定の目が多く出てた気がするとか、サイコロがすり替えられたとか」

「心当たりはないわ。出た目はバラバラだったと思うし半袖だからサイコロをすり替えられたとは思えない。素振りも無かったわ」


 田中の疑問を川島はキッパリと否定する。


 イカサマだったと主張する根拠だが『あんなの絶対に勝てるし』と言っていたのを聞いたからとのことだが竹内には川島の軽挙な行動を馬鹿にしてるだけに思えた。


「話におかしいと思えるところはなく、ただ運悪く負けただけにしか思えないんですけど」


 竹内が「どうするんです?」と視線を十日条に向ける。


「話はわかりました。考えてみますので今日のところはお引き取りを。何か分かりましたら連絡します」

「わかったわ。期待して待ってるね」


 もっと粘るかと思ったが川島はすぐに帰っていった。いや、部活に行ったのだろう。


「面倒事を持ち込まれましたね」


 川島は便利に使うつもりのようだが今この部は廃部の危機なのだ。なので十日条がきっぱり断らなかったのが竹内には不思議だった。


 竹内には川島の言い分はいちゃもんにしか思えなかった。


「はぁ、役に立たないクソ虫だな。この件は俺の方でやる。お前は例の問題をやってろ」


 竹内が入部してひと月が経つ頃には十日条の後輩への呼び方が変わっていた。理由は竹内が親友(女子)と田中が仲良くなるのを邪魔しようとしてるのを目撃したからだ。つまりお邪魔虫ということだ。


 むっ、としながらも竹内は十日条の物言いに何かに気づいた事を察して結局気になって例の問題をほったらかしでこの件に首を突っ込む事になる。






 金曜日。この日は十日条のバイトが休みの曜日だ。


 なので前回の状況を川島から事細かに聞き出して卓球部の部長の所に三人で赴く。竹内は呼ばれてないのに勝手に付いてきた。


 自己紹介したあとに彼に話を聞いてもらう。


「また同じゲームをしたいんだ。こちらが勝てばこないだの内容を破棄してくれ」

「そんなの受けると思っているのか?」

「そう言うと思ってそちらが勝った暁には五千円分までの卓球の備品をそちらの部に寄付しよう。バド部の部長さんのポケットマネーでな」


 ええ~~~っ! といきなりな話に驚いたのは川島だ。この事は事前に相談していなかったから無理もない。


「(大丈夫ですって。確率的には次は絶対に勝てますから)」


 川島の耳元に手を当てて小声で話す。しかしそれはバッチリと卓球部部長に()()()()()()()。なので彼は内心ほくそ笑んでいるだろう。


 確率のことが解ってないただの馬鹿じゃないか、とでも思ってくれていれば幸いだ。


 冷静を装いつつ彼が確認をとってくる。


「そちらの部長さんは納得してないみたいだが? 契約不履行になりそうでやりたくないな」

「心配するな。いざって時には俺が立て替えた後で取り立てる。(後で部活を休ませてバイトでもしてもらうさ)」


 難色を示す川島。ボソッと漏れた声がバッチリ聞こえてたみたいだ。勿論わざとだが。


 自身の軽挙な行動を反省してもらいたいので、これくらいはいいだろう。


「(まぁやめたいのならやめても良いですよ。最終決定権は貴女にありますから。絶対に勝てる勝負を捨てて現状のままで良いというならどうぞお好きにして下さい。こちらはどちらでも構いません)」


 そう言いながらもゲーム中に想定外のことが起こればうやむやにして逃げるつもりでいたりする。それは後で伝えておこう。


 川島は逡巡しながらも「わかったわ。それで良い」と十日条の出した条件に同意した。


「それならこちらも良いですよ」と彼を引っ張り出すことに成功した。


 再戦(ゲーム)の日は週明けの月曜日に決まり卓球部部長の元を去った。






 部室に戻ると十日条は切り出す。


「さてクソ虫よ、お前は最近まじめに部活動をしてないみたいじゃないか」


 ギクッ、と体を強張らせた竹内は必死に言い訳を口にする。


「いえ、真面目に活動はしてるんですよ? ただその対象がちょっと違うというだけで。そもそも先輩が川島さんの話を断らなかったのは部の存続の危機とはいえ無視すると存在意義に関わるからじゃないですか? それと同じですよ」

「ほぅ。随分と口が回るようだ。ならてめぇは卓球部部長のイカサマの内容が解ったんだろうな?」


 待ってましたと言わんばかりに竹内は自身の推測を語り始めた。


 あのゲームは最初に『1・2・3』または『4・5・6』を選ぶが、選んだ目が出る確率は6分の3で約分して2分の1だ。それでサイコロを二個投げるので平均では一投ごとに1Pを得る。女バド部長の話を思い出せば二個のサイコロを十回投げて()()()()でお互いに1Pずつ得ている。


 これだけ聞けば偏りが無いように思える。しかしそれこそが偏っている証拠なのだ。それは実際に試してみると良く解った。


 このゲームの確率はコイン二枚のコイントスに置き換えることができる。


 仮に『1・2・3』を表、『4・5・6』を裏に置き換える。すると出る組み合わせは『表と裏』に『裏と表』それから『表と表』に『裏と裏』の四つになり、この四つの組み合わせはそれぞれ4分の1の確率で出る。


 これをさらに表と裏が『同じもの(表と表、裏と裏)』と『違うもの(表と裏、裏と表)』とに区分するとそれぞれの確率は2分の1になる。


 つまり1/2の確率の『違うもの』が十回連続で出たことになり、これを確率にすると2の10乗分の1で『1/1024』となる。


 この数字は偶然の可能性は捨て切れないもののイカサマを疑うには十分だ。そしてこれを意図的に起こす事が出来る方法がある。


 それは『1・2・3』と『4・5・6』、それぞれ3つの目しか出ないサイコロを使ったのではないかという仮説。要は三つの目が二面ずつ反対側についているサイコロだ。


 このサイコロは手品関係の道具らしく、ネットで検索したら出てきた。便利な世の中だ。


 このイカサマは()()()()()から見えるサイコロの面は三つまでという特性を利用している。そしてこれならサイコロを二個振れば必ず同ポイントで引き分けにでき、延長戦では自分の数字が出るサイコロを使えば必ず勝つことができるわけだ。


 このイカサマには気付かれにくい点がいくつかある。サイコロ自体の特性もそうだが他にもある。


 まずコインではなくサイコロなのが良い。


 サイコロのイカサマといえば特定の目が出やすいなんて考えは誰でも先入観レベルで持っている。


 でもこれは二種類のサイコロ振ることにより1~6の目が出る確率が普通のサイコロと同じになるから気付きにくい。


 もし表や裏しかないコインなら一目で仕掛けがバレただろう。(ゲーム前にサイコロを確認してないのは論外だが)


 他にも予想する平均通りに毎回自分が1P得ていて損がないから疑われにくい。自分が不利になっていないのだから偏りがないことが偏りだなんて思いもしなかっただろう。


 あとは仕上げに延長戦で使うサイコロはそれまで使ってたものだからすり替えの必要がないこともだ。


 このイカサマは延長戦で勝つのが前提にあり、それまで完全に引き分けているため負けた方は「運が悪かった」としか思えない。ホントうまく考えたものだ。


  以上が竹内の推測だ。


「ただこのやり方は回りくどすぎます。公平性を演出してるんでしょうけど逆に怪しく思えます」


 イカサマが無いのが前提ならコイントスの方が余程手っ取り早く終わるのは明白だ。そう思うと何かしらの意図を感じた。


「以上が自分の出した結論ですがどこか間違ってますか?」

「恐らくはそれで合っているだろう。俺の推測もそんなとこだ」

「ではあとはイカサマを使ってる現場を押えるだけですね」


 そうだな、と十日条は相槌を打ちながらもそんな解決をするつもりは無かった。






 そして約束の日の放課後。


 空き教室のひとつに十日条、竹内、川島、卓球部部長の四人が集まっていた。


「確認だけどこちらが勝てば前回の契約を破棄してそちらが勝てば事前に書いて貰った備品を寄付するって事で良いな?」


 十日条が確認を終えると卓球部部長がゲームの準備をする。その間に川島は新しく作った誓約書にサインする。準備が終わったら卓球部部長ももう一枚の誓約書にサインする。


 十日条は二つの誓約書を預かって一旦自分の鞄に入れておく事を告げる。


 卓球部部長が鞄から取り出したのは卓球で使うネットだ。それをひとつの机の上に円になるように置く。これはサイコロが落ちないようにするためだ。


 設置が終わったら卓球部部長が椅子に座る。その正面に十日条も座り鞄を左足元の床に置く。()()()()()()()()()()()()


「俺が代わりにやるけど誰でも問題ないよな?」


 卓球部部長に確認し川島には誓約書の入った鞄の反対側で待機してもらう。ちなみに竹内は川島の横の卓球部部長の斜め後方にいる。


 十日条は前回川島が選んだのと同じ1~3の目を選びゲームが始まった。


 一投目。


 両手握りしめ邪魔にならないように机の角に置いて僅かに前屈みになる。()()()()()()()()()


 出た目は3と5で両者が1Pずつ得た。とりあえず予定通りの結果だ。


「肩の力を抜いたらどうだ? まだ一投目だぞ」


 その指摘に十日条は肩の力を抜き背もたれに背中を預ける。ちらっと竹内に視線を送ると小さく頷いていた。


 これは確認だ。


 竹内には予め『一投目のときに小さい方の目が出たサイコロの他の面を見て、1~3が見えたら頷いてくれ』と言ってある。


 一つの視点では3つの面しか確認出来ないなら視点を増やせば良い。


 勿論十日条の視点でも3の目が出たサイコロの側面は1と2だったのでイカサマが確定した。もし推測が間違っていたら十日条はここで尻尾を丸めて逃げてる予定だった。


 ()()()()()()


 二投目以降も予定通り双方が1Pずつ得ていき、十投目では2と4が出て両者10Pによりドローとなる。


「この場合は延長戦だったよな確か」


 十日条は焦らず、しかし卓球部部長よりも先にサイコロのひとつを摘んで彼に差し出す。


 この行動に相手は焦る。なにせ少しサイコロを観察しただけでイカサマがばれるのだ。


 あっ、と声を漏らし慌てて手を差し出してきた彼に「どうかしたか?」と十日条は()()()()()()()


「何でもない」と答えた卓球部部長の手にサイコロを渡し()()()()()()()()()と、彼はサイコロが握りしめて手を戻した。


 焦った相手は少しおかしくなった十日条の挙動に気づかない。


 そして十日条はもう一つの方のサイコロを摘んでネットの外、机の右隅に置いてその右隣に右拳を添えた。左拳は反対側の机の隅に。


 一投目の時も同じことをしていたので()()()()は少ない。一方向こうは焦っている。十日条にはその思考が読めた。


 卓球部部長は今、自分の手の中にあるサイコロがどっちなのか気になっているのだ。


 本来なら自分で取るはずだったのだが十日条が先に手に取り渡した後、握って隠したからどっちなのか考えいる。


 下手に確認しようものなら疑われかねない。しかし、もし手にしてるのが『1・2・3』のサイコロなら振れば負けるのは自分だ。


 それでも卓球部部長が今持っているサイコロを振ると十日条は確信している。彼なら気付くだろう。手に持っているサイコロを見ずにそれがどちらかを確認する方法があることを。


 それは簡単な消去法。


 十日条が机の端に除けた『1・2・3』サイコロを見れば自分の手にしているのはの『4・5・6』サイコロだと判断するだろう。


 そして彼はそちらをじっと見ると、一度目を閉じた後に再び目を開けてサイコロを投げた。()()()()()()()()()()()


 サイコロは何度か跳ねてネットの壁に当たり、2()()()()()()()()()()()()


「嘘だ…」


 卓球部部長は驚き立ち上がり、そしてもう一度驚く。


「なんで…」


 机の端にあるサイコロが『4()5()6()』のものだったので不思議に思ったのだろう。


「2分の1の確率で負けたのがそんなに不思議か?」


 十日条は左足元の鞄から既に取り出していた川島のサインの入ったの誓約書を破る。卓球部部長は混乱してたが川島は正反対に大喜びをしていた。


「では確認だがこちらが勝ったので体育館の使用いついては以前の割り当てに戻すので良いな?」

「わかっている。取り決め通りそれで問題ない」


 この後、部長の二人は一緒に生徒会室に行って体育館の割り当てを戻す話することになる。十日条たちはそこまで付き合うつもりはないが誓約書は1,2日保管して約束が守られた事を確認した後に破棄する予定だ。


「あと川島さんは今後こういう事はしないでくださいよ。今回は手伝いましたが、本来自分は他人の努力の機会を奪うことには反対です」


 喜びから一転、川島は反省の顔になる。

 勿論正規の手続きの上なら十日条は反対しない。それは当事者たちの問題だ。


 こうしてゲームは終わった。






「あ、わかった。そういうことか」


 十日条が部室に入ろうとしたところで竹内が呟いた。そして、


「先輩、イカサマをしましたね?」

「随分な物言いだなクソ虫。証拠はあるのか?」

「勿論ありますよ。動かぬ証拠が」


 面白い、中で聞いてやる。と十日条はいつもの席に着き竹内は向かいの席に腰を下ろした。


 竹内は目をつぶりどう話すかを思案した後に説明を始めた。



「先輩のしたイカサマは単純です」


 ゲームが始まる前に十日条はある物を鞄から取り出してずっと右手に持っていた。


 そして延長戦に入ってすぐに自分で『4・5・6』のサイコロを取ったのが十日条の仕掛けの核心だ。


 この時、親指・人差し指・中指で『4・5・6』のサイコロを取り、薬指・小指で()()を持って手の甲が上に向くように相手に差し出す。これで相手は手の平を上にして受け取るよう誘導した。


 そして十日条は渡す直前に「どうかしたか?」と声を掛けることで自分の視線で相手の視線を縛り、手首をほんの少し曲げて指の壁を作ると同時に薬指と小指を開いて持っていた()()を渡した。


「この時サイコロを()()()()()んです。事前に自分で用意してた『1・2・3』のサイコロに」


 それから渡した直後にその手に視線を向けることで、相手が十日条からサイコロを隠すために握らせると同時に相手の目からも隠させて、さらにその間に右手のサイコロを握り直す不自然な動作に意識が向かわないようにした。


「ゲーム開始前に誓約書を鞄に仕舞い左足元に置くこととゲームの一投目に両手を着いてじっと見ることも仕込みですね?」


 これは延長戦で同じように握った拳を机に置いても違和感が無いようにすための行動だ。だが一投目と違う点があり右手の左横に使わない『1・2・3』のサイコロがあった事だ。


 あとは相手がすり替えのサイコロを振った時に握っていた『4・5・6』のサイコロを握りを弱めて机に置き、目が出た直後(すり替えた)サイコロに注目してる瞬間に右手をスライドさせて『1・2・3』のサイコロを回収しながら左足元にある鞄から誓約書を取り出した。


 机の隅の『1・2・3』のサイコロとのすり替え・回収は、ただ手を動かして『4・5・6』と変えていたら()()()()()()()()()()()()でバレてたかもしれないが『鞄から誓約書を取り出す』という流れに組み込んだので違和感は最小限に抑えれた。


 こうして十日条はイカサマでゲームに勝利した。



「これが先輩のやったサイコロのすり替え(イカサマ)とその方法です。ちなみに証拠はまだ先輩の手元に残ってるはずの卓球部部長さんの『1・2・3』のサイコロです」


 正解だ、と十日条はそのサイコロを指で弾いて真上に飛ばす。


「しかし相手のイカサマにイカサマで返すなんてやっぱり先輩って性格悪いですよね─たぁ」


 本音が零れた竹内の額にサイコロが直撃する。口は災いの元だ。


 竹内は額を擦りながら落ちたサイコロを拾い上げた。


「いたた。でもこのやり方だとすり替えたことに気付かれるんじゃないですか?」


 再戦を申し込む前に川島に詳細を聞いていたが、それだけで全く同じサイコロを用意できたとは思えない。


「もう気付いてるだろ。そろそろ来るんじゃないか?」


 直後ノックも無しにドアが開けられる。訪問者は予想通り卓球部部長だった。


 竹内の存在を認識すると強張り動きが止まる。竹内がイカサマを知らなければ自白することになるからだ。


 話を切り出すか逡巡してるのを見て理由が自分にあることに気付いた竹内は、持っていたサイコロを掲げて「もう知ってますよ」と投げて返した。


 その後今度は彼がすり替えたサイコロを十日条に投げ返してすぐに部室から出ていった。


「文句の一つでも言うかと思ってましたがあっさり帰りましたね」

「女バド部としこりが残らないようにしてやったのを理解してるんだろ」


 だから十日条はイカサマを暴くという手段を取らなかったのだ。


 この分ならわざと証拠を残して『イカサマを知っているぞ』というメッセージにしたことにも理解してるだろう。


「さて一件落着だが少なくない時間を消費した。課題が何も進んでない状況でこれは先が思いやられるな」

「あ、それなんですが今回の件で思い付いた事があるので進展があると思います」


 そう言う竹内の顔には自信が溢れていた。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 数日後、部室には竹内と田中の姿があった。十日条はバイトに行ってるので不在だ。これからするのはモンティ・ホール問題の話だ。


 先日、女バド部の川島が持ち込んだ面倒事を解決したときに竹内が閃いた考えを、田中と話し合って間違いか無いかを確認するのが今日の目的だ。要件自体は既に田中に説明済みだ。


 竹内は部の備品でえるホワイトボードを田中が座る席の前まで移動させる。


「まずは簡単なお復習さらいからします」



 目の前には三つの扉がありそのうちの一つには豪華景品がある。


 プレイヤーは三つある扉のうち一つの扉を選ぶ。その時、豪華景品が当たる確率は1/3でハズレの確率は2/3だ。


 司会者はプレイヤーが選ばなかった二つの扉の内一つの扉を開ける。この司会者はアタリがどの扉にあるかを知っていて必ずハズレの扉をあける。


 司会者は二つになった扉を前にプレイヤーに今なら扉を変更しても良いという。


 プレイヤーは扉を変更しなければ当たる確率は1/3のままだ。そして残ったもう一つの扉のアタリの確率は外れた扉のアタリが()()して2/3になる。


 なので扉を変更することは二つの扉を選んだことと同じになり当たる確率は二倍になる。


 これがモンティ・ホール問題の説明の一つだ。



「今日はこの説明を統計の観点から見方を少し工夫して否定したいと思います」


 竹内はホワイトボードに扉に見立てた3つの四角を横並べで書き、左からA·B·Cとアルファベットを振った。


「そしてプレイヤーと司会者の他に二人のモブを登場させます。この二人は考え方の本質を変えないように飽くまでもオマケ、添え物くらいの役割です」


 人数を増やすのは前日のイカサマを見破るために視点を増やしたのをヒントに思いついたことだ。


「司会者以外の三人を見分けるため呼称はプレイヤーを『先輩』モブの一人目を『一郎』、二人目を『次郎』としましょう」


 呼称の選び方に田中は突っ込むべきか悩んだが好きにさせることにした。


「先輩はAの扉を、一郎はBの扉で次郎はCの扉を選び基本的にはそれぞれの扉からアタリが出ればその扉を選んだ人が貰えます。ただし『先輩が扉を変更』してその扉でアタリが出た場合は先輩が景品を貰えます。つまり『お前の物は俺の物』ということです」


 当然このとき一郎と次郎は景品が貰えない。そして田中はツッコまない。


「この状況で統計を取り司会者がAの扉以外のハズレの扉を開けても先輩が『扉を変更しない』ことを選ぶと先輩のアタリの数は実験総数のおよそ1/3になります。そしてこれは一郎と次郎のアタリの数とほぼ同じです」


 つまり【A=B=C】というわけだ。


 Aの扉が当たる確率はよく省略される【大前提】の『それぞれの扉の当たる確率は等しい』という仮定(但しそれが正しいものとする)から1/3になるのは当然だしBの扉とCの扉の当たる確率も同様だ。


「では次に先輩が扉を変更することを選んだ場合はどうなるか」


 司会者が右の扉を開けた時は一郎の真ん中の扉に変更し、司会者が真ん中の扉を開けた場合は次郎の右の扉に変更することになる。


()()()先輩のアタリの数は扉を変更したとき二倍になるわけです」

「あぁ、なるほど」

「田中さんも気づきましたか。そうこれって言ってる事が変なんですよね」


 統計で見たとき先輩が扉を変更しなかった時のアタリの数は一郎と次郎それぞれの数とほぼ同じになる。


 【A=B】【A=C】


 そして扉を変更したときは一郎のアタリと次郎のアタリの数を()()()()()()変更しなかったときの二倍になる。つまりは合計だ。


 【B+C=2/3】


 でもこれは司会者がプレイヤーの選ばなかった二つの扉の内、ハズレの扉を開けたとき()()()()()()()()()()()()()()()という説明に反している。残った扉の当たる確率は扉のアタリの数を実験総数で割ったものになるからだ。


 そしてモンティ・ホール問題の条件を確認しても集中する理由になるものは無い。二つの扉のアタリを合わせるのも『変更してアタリだった』という理由からだ。


「その数え方が間違っているのは、条件が無い時に当たる確率が1/3から1/2になる理屈をちゃんと理解していれば分かります」


 竹内はその説明もしていく。


「とある統計実験のデータが有るとしましょう。そのデータは問題の大前提としてある『当たる確率はどの扉も3分の1』というものを調べただけの物で、言い換えればどの扉も実験の総数のおよそ3分の1の数のアタリが出た事が記録されているだけのデータです。回数はとりあえず3000回くらいしたものとします。ここで大事なのはデータなので()()()()()()()()()という事実です」


 竹内は()()()()()()()()()()()()()()()()()()の当たる確率の変化をその統計データを使って説明していく。


 プレイヤーはA·B·Cの3つの扉から一つの扉を選ぶ。


 仮にプレイヤーは左のAの扉を選んだとする。このときのAの扉の当たる確率はデータを取ったときと大前提が同じなら3分の1になる。


 次に司会者がBの扉を開けてそこがハズレだと判明したとする。するとプレイヤーの選んだ扉の当たる確率はどうなるか。


 データでは3000回の内Aの扉のアタリの数はおよそ1000個で、これは絶対でデータのアタリの数が変わることは無い。しかしBの扉はハズレという情報から3000回のデータの内その情報に合致するものだけが残る。


 つまり統計データの内のおよそ1000回分ある『Bの扉はアタリ』のものが除外されておよそ2000回分の『Bの扉はハズレ』のデータが残る。


 そしてその内およそ1000個のアタリはAの扉から出ているのでプレイヤーの選んだ扉の当たる確率はおよそ2000分の1000になって約分で2分の1になる。


 データは過去のもので不変だがBの扉はハズレという情報(条件)によって使うデータの総数(分母)が変化しAの扉の当たる確率が相対的に上がるということだ。


 竹内はそれをホワイトボードに書く。



 (分子:Aのアタリの数)1000/3000(分母:統計実験の総数)


               ↓


 (分子:Aのアタリの数)1000/2000(分母:統計実験の総数からBがハズレのデータだけを残した数)



 もし司会者がCの扉を開けてハズレだった場合は同じように3000回のデータからCの扉がアタリだったデータを除外して考える。その場合もAの扉の当たる確率はおよそ1000/2000になり約分で1/2になる。勿論開けられてないもう一つのBの扉のアタリの確率も1/2だ。


 つまり条件の無いときの1/2になる理屈では、ハズレが一つ判明し残った二つの扉の当たる確率は等しい状態を1/2と考えている。


 【A=B】【A=C】


 以上の事から『条件の無いときの1/3から1/2になる理屈』をまとめると、


①各扉の当たる確率は統計的に最初にプレイヤーが選択するときの1/3から変化していない。


②しかしハズレが一つ判明した状態では残る二つの扉の当たる確率は等しくどちらかがアタリなので1/2になる。


③この1/2はハズレの扉が一つ確定することが前提であり絶対条件なので司会者がアタリの扉を開ける可能性は考慮しなくて良い。


④統計からみて1/2になるのは相対的なものであり、それぞれの扉から出たアタリの数は変化しない。よってハズレた扉のアタリが残り二つの扉に移動してる、均等に割り振られてるといった事が起こってるわけではない。


と、これらの事が解る。



「さて話を戻しますが『変更したらアタリだった』という理由から二つの扉のアタリを合わせるのは間違いと言えます。もしそんな見方が正しいならそもそもモンティ・ホール問題の条件がなくても扉を変更すれば当たる確率は二倍になりますからね」


 1/2になる理屈では『先輩』の当たる確率を『一郎』又は『次郎』の当たる確率と比較し扉を変更しても変わらない。だけど先輩が扉を変更する事を選べば一郎と次郎のアタリを貰う事ができる。


 つまりモンティ・ホール問題の条件が無くても扉を変更すればアタリの数は増える。しかしそれはデータの見方が間違っているのだ。


「結論としては『プレイヤーが選ばなかった二つの扉の当たる確率が、片方がハズレと確定することにより一つの扉に集中する』という考え方は、統計で本来分けてカウントしなければならないアタリを()()()()同じものとしてる事による錯覚からくる間違いと言えます」


 その日は下校までの残り時間は今の説明に穴が無いかを二人で検証し解散となった。


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