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シスター・カルラ編04






 はい。というわけで、まず荷車を用意しました。

 そこにありったけの食料と水と、最小限の日用品を積んで出発します。


「それじゃあ、行きますよ」

『は~~い!』

「ほらほら、ニクスくんも」

「まあ、そうですね。ここまで来たら優先順位を変えますか。せめて安全そうなところまではご一緒することにします」

「優先順位?」

「僕は本当は掃除をしに来たんです」

「ははあ」


 と言われても、よくわかりません。

 いったいどこを掃除するつもりだったのか。なぜ掃除するつもりだったのか。でも、この辺の状況を考えるとご家族か誰かの遺言だったりするのかもしれないので、聞きにくいです。

 ひとまず一緒に避難してくれるだけで、良しとしましょう。

 教会に子供を一人で置いていくわけにはいかないですから。


「さあ――なにはともあれ、出発ですよ」


 目指すは降雨会の大神殿のあるファルシアです。

 えっちらおっちら、荷車を引きながら進みます。

 ちなみに荷車の後ろには子供たちがいて、交代で押してくれています。

 最初は子供たちも乗せて引こうと思っていたんですが、みんな遠慮して乗ってくれなかったのです。

 まあ、どう考えても徒歩で行く距離ではないですから、時間の問題でしょう。いざとなったら動けなくなった子たちを無理やり乗せて引くつもりです。


「シスター、疲れてない? あたし代わろうか?」

「大丈夫ですよ、アリエス。私には巫力がありますから」


 強がりじゃありません。

 正教徒ではない私はラクラシアの神殿学園には行きませんでしたが、羽根五枚分くらいの巫力がありますし、つたないながらも【祝福】だって使えます。普通の人よりはずっと力持ちだし体力もあるのです。


「だから疲れたら遠慮なく荷車に乗っていいですからね」

「それこそ大丈夫だよ。まだまだみんな元気だし」


 そんな会話を交わしながら、私たちは進みました。

 途中休憩を挟んだり、火を起こして食事を取ったり、暗くなったら毛布にくるまってみんなで寝たりしました。なんだかんだ子供たちはけっこう楽しそうでした。

 そして私も、そんな子供たちの様子に救われていました。子供たちの笑顔を見れば疲れも吹き飛ぶというものです。




 ――そうして出発してから、何日目のことだったでしょうか。

 不意に、首筋にゾワリという感覚が走ったのです。




 私は思わず足を止めて周囲を見渡しました。

 何もありません。今まで通り枯れた木々と死んだ大地が広がっているだけです。目に見えて瘴気が溜まっているわけでもなく、危険な動物の姿があるわけでもなく。

 気のせいかと安堵の息を漏らしたとき、後ろから言葉が発されました。


「みなさん、荷車に乗ってください。それとシスターは、できる限り全速力で引いてください」

「ニクスくん?」

「おい、新入り、何言って――」

()()


 なんだかニクスくんの言葉には有無を言わせぬ迫力があって、私たちはみんな彼の言葉に従いました。子供たちが全員荷車に乗り、私はそれを引いて走ります。

 そうしてなけなしの巫力で運動能力を強化しながら走っていると――急にガクンと体が楽になりました。速度も格段に上がって、景色がびゅんびゅん後方に流れていきます。

 火事場の馬鹿力というのは聞いたことがありますが、もしかしたら私の眠れる力が急に目覚めてしまったのかも――とか思ったんですが、どうもそうではなさそうでした。


 というのも、私の腕にはいつの間にか黒い糸が巻き付いていて、その糸の先には荷車から後ろを睨みつけているニクスくんがいて、彼の体からものすごい巫力の光が迸っていたのです。

 それが他人にかける【祝福】であると気づいたのは、曲がりなりにも自力で【祝福】を使えるくらい勉強していたおかげでした。

 しかし、それにしても――あまりにも強力な【祝福】ですし、そもそも彼は男の子のはず。ありえないの二重奏です。


「ニクスくん――これはいったい――」

「来ます」


 彼がつぶやいた瞬間、後方の地面が破裂しました。

 そして大きくて平たい何かが土煙と共に飛び出して来ます。巻き上げられた土石が雨のように降り、私たちの体を打ちました。


「あ、あれは……砂漠エイ……!?」

「なるほど。砂漠エイというんですね、あれの原型は」


 アシオのつぶやきに、ニクスくんがうなずきます。

 その間に一度は飛び出した砂漠エイは再び土の中に潜って行ってしまいました。


「いやでも……砂漠エイは砂の中は泳げても、土を泳げるなんて聞いたことが……」

「生身なら無理でも、物理攻撃が通じない体ならいけるのでしょう。瘴獣の肉体なら」

「しっ、瘴獣……っ!? ウソだろ!?」


 子供たちはみな荷車後方の地面を凝視します。

 そこは揺れて、亀裂が走り、その下を何かが潜航していることを伝えてきます。

 気づいたときには、ぶるぶると腕が震えていました。

 遠巻きに見たことはあっても、瘴獣に追われたことなんてありません。自分など簡単に食い殺してしまう巨大生物が追ってくるという事実に、押しつぶされそうになります。

 怖いです。

 ものすごく怖いです。

 全速力で走っているのにまったく引き離せません。このままでは遠からず追いつかれてしまいます。ニクスくんの巫力も私のスタミナも無尽蔵じゃありません。必ず限界が来ます。ほとんど先送りにさえできない、確定的な破滅。


 ……それを避けるためには、荷車を捨てるくらいしか、思いつきません。

 荷車を引く手の握力が、少し抜けてしまいます。手は震え、我慢できなくなった涙がボロボロとこぼれてきます。怖いです。すごく怖いです。逃げたいです。



 ――でも、そんなことはできません。



 だって、子供たちはきっと誰ひとりとして私を疑っていないのです。私がみんなを見捨てることなんてないと信じきっているのです。

 それなら、だって、私は大人ですから、絶対に――見捨てられません。


「うっ、うっ、うわあぁ――――っ!!」


 歯を食いしばって、手に力を込めて、巫力の全部を使い果たすつもりで、私は泣きながら走りました。瘴獣が振り切れることを祈って、それか諦めてくれることを願って。

 だって、それしか、それくらいしか私にはできないんですから――


「――いい位置です、シスター」

「え――」


 ニクスくんが告げた言葉の意味を、私は咀嚼できませんでした。

 もう後ろを振り向く余裕すらありません。だから彼が何を思ってそう言ったのかわかりませんでしたし、何をしているのかもわかりませんでした。

 ただ、つぶやく声だけが聞こえました。




「フルードマキナ、限定解放。出力調整五パーセント――発射」




 その瞬間、後方ですごい音がしました。

 そこで何が起きていたのかはわかりません。

 ただ、後方からまるで雨のように大量の水が飛び散ってきて、それから()()()()()ということだけが理屈を超えて理解できました。

 今の今まで後方から感じていた、肌を擦るような重圧感がキレイさっぱり消えてしまったからです。


「に、ニクスくん――今、今――」

「ええ。仕留めました」


 常識的に考えればそんなわけありません。

 瘴獣というのは何人ものプロの騎巫士が集まって時間をかけて弱らせて、胸に神与武器を突き刺してやっと倒せる存在なのです。

 それをただ一瞬で、荷車に乗りながらできるわけがないのです。

 でも実際に後方からの圧迫感は消えて、音もしなくなって、私の本能はもう大丈夫だと言っていて。


「じゃあ、もう――その、止まっても――?」

「はい。大丈夫です。お疲れ様でした」


 わりと限界が近かった私は、少しずつ速度を落として、足がもつれて荷車をひっくり返さないように丁寧に制動をかけました。

 そしてその場にへたり込みます。


「シスター、大丈夫!?」

「ご、ごめんなさい……」

「おれたちのために――」


 荷車から降りて駆け寄ってくる子供たちの姿を確認して、私は改めて安堵の息を吐きました。よかった。何も失わずに済んだ。


「い、いえ。私はただ走ってただけで」

「そのおかげで勝てたんですよ」


 ニクスくんは手に金属の筒のようなものを持ったまま、そう言いました。

 なんでしょうか、あれは。彼の神与武器か何かなのでしょうか。巫力があるということは男だけど騎巫士だということで、神与武器を持っていてもおかしくはないと思うのですが、いえおかしいといえば何もかも全部がおかしいのですが――



 ――と、そこに反対方向から大きな何かが走ってくる音がしました。



 私は思わず一瞬身をすくめて、目をぎゅっとつむって、それからぶんぶんと頭を振って音の方を見ました。

 果たしてそこに二体目の瘴獣は、いませんでした。


「え、あれは――」


 少しずつ近づいて来るその姿は四角くて人工的で、実物は見たことがなかったけれどその存在は私も知っていました。それ自体がとても高い上に動力に使う巫力の羽根も高価なために教会の偉い人とか、国の偉い人しか使わないという機械。

 機械馬車という、引く馬がいない代わりに車輪が自動で回転する乗り物でした。

 そして、その運転席に座っているのは――


「――神父様!?」


 そうです。教会中のお金を集めて助けを呼びに行くと言って出ていった神父様でした。

 彼は私たちの目の前まで来ると大急ぎでドアを開け、車内から降りてきました。


「シスター・カルラ! それにみんなも無事でしたか!?」

「神父様! 来てくれたんだ!」


 アリエスが彼に抱きつき、パッセルとアシオが嬉しそうに近寄る中、私だけは混乱で動くことができませんでした。


「すみません。普通の馬や馬車は瘴気の中では役に立たないので、全員を運ぶためにはどうしても車が必要だったんですが、手続きに時間がかかってしまって――」


 そんな。私はてっきり神父様は自分だけ逃げたものだと思っていたのに。

 違ったんですか。本気で私たち全員を助けるために動いていたんですか。見切りをつけていたのは私の方だったというのですか。


「ああ、どうやら安全な場所まで来られたみたいですね。これで僕も安心して退散できます」


 呆然とする私の背後からニクスくんの声が聞こえて。

 つられて振り向いた瞬間、荷車の後方に凄まじい水柱が立ったかと思うと、急に大粒の雨が降り出して。


「わひゃっ!?」

「なんだ、雨!?」

「く、雲もないのに……?」


 子供たちが雨粒を避けるべく頭を押さえて。


「みんなひとまず車に入りなさい。風邪を引いてしまいますよ」


 神父様がそう言うと子供たちはみな素直に車に乗り込んでいき。


「シスター・カルラ。貴方も――」


 そこで神父様は周囲を見回し、不思議そうに首をかしげました。


「おや。先程まで、もう一人いませんでしたか?」


 そうです。ニクスくんの姿がどこにもなかったのです。ここは開けた平原で、隠れるところなんかどこにもないのに。不思議なことに、雨と共に忽然と消えてしまったのです。

 教会に現れたときと同じように。

 私は改めて、降雨会の経典を思い出しました。


 ――曰く、女神様は雨と共にやってきて、雨と共に去るのだそうです。


「ええ。いましたよ、女神様が、さっきまで」

「女神様が……ですか?」

「はい」


 この数週間、私は信じることに臆病になっていました。

 神父様のことも、女神様のことも、信じられずにいました。きっと見捨てられたのだと思って密かに恨んでさえいました。

 でも、今は。




 ――もう少しだけ、色々と信じて生きていけそうな気がしているのでした。




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