シスター・カルラ編03
私がタオルを巻いてサウナに入ると、子供たちはもう先に座って待っていました。
座っている場所はいつも通り。パッセルが一番上の段。二番目にアリエス、三段目にアシオです。横に並んで座るスペースは全然あるんですが、それぞれにお気に入りの段があるんですよね。
と、パッセルが私の後ろから入ってきたニクスくんに向けて声をかけます。
「おい新入り、知ってるか。サウナっていうのは上の段ほど暑くなってるんだ」
「ですか。それは知りませんでした」
「というわけでここに来い。おまえの根性をためしてやる」
「わかりました」
ニクスくんはうなずいて最上段、パッセルの隣に腰掛けます。
私は反対側に作られた席に座りました。子供たち全員を見ていなければいけないですからね。
「ほどほどにしないとダメですよ。あくまでも体を温めるためなんですから」
「わかってますよ、シスター!」
私の忠告も笑顔で弾き返してくるパッセル。
いい子ではあるんですけどねえ。どうしても男の子っていうのは順位をつけたくなるらしいです。
……それにしても。
ニクスくんはなんというか、男の子にしては顔立ちが整いすぎて怖いくらいですね。髪がもう少し長かったら女の子にしか見えませんし。女の子みたいにタオルを胸まで巻いてるせいで余計にそう思うんでしょうか。キレイすぎて異性同性関係なく、もっと見ていたくなるんですけど、同時に見てはいけないものを見ている気もして。
なんて見ていたら目があってしまって、思わず目線を逸らしてしまいました。罪悪感がむくむく湧いてきます。
ごめんなさい。
反省のために頭の中で経典を読むことにしました。
と言っても私は神父様がお話されている口語訳しか知りませんけれども。
むかしむかし、何もない暗黒の世界に翼を持つ女神様がいたそうです。
世界は真っ暗で寂しくて、それを憂いた女神様は、まず輝く球を作って周囲に浮かべ、次いで大きな水の塊を足元に作り、さらにそこに浮かべる大地をお作りになられました。
大地を作った女神様はまず植物を作り、動物を作り、生命の民を作り、最後に人間を作られたそうです。やがて数が増えて食べ物に難儀していた人間のために恵みの雨を降らし、食べ物を自分たちで育てる農耕を教え給うた――というのが私たち降雨会の経典です。
ありがたいことです。
どこまでが本当のことかは、わかりませんけれど。
いやいや。これはさすがにちょっと不敬ですかね。ここ数週間でどれだけ自分がスレてしまったか思い知らされます。
――と、そんなことを考えているうちにけっこうな時間が経過していたようです。
気づけばアリエスが手をパタパタして涼しい空気を顔に送っています。
「はー、あっつくなってきたね」
「おれは全然よゆうだけどな」
「そんなこと言って、もう汗だくじゃないの」
確かにアリエスの言う通り、パッセルはもうダラダラと汗を流していました。
一方で隣に座っているニクスくんは、涼しい顔をしています。汗も全然かいてません。どうやらパッセルに勝ちの目はなさそうです。
「あたしはもう出るね。アンタもいい加減負けをみとめなさいよ」
「何言ってんだ! おれはまだ負けてない!」
そう強がるパッセルに向けてニクスくんが口を開きました。
「僕は我慢ができるというのは人間の素晴らしいところだと思っていますが――」
「……いますが、なんだよ?」
「結局問題の先送りなわけですから、実際にそれが有効なのは我慢をすることで状況が好転するときだけだと思うのです」
「あ、それ……ジェルドの兵法だよね」
ニクスくんの言葉にアシオが反応します。
彼は読書家で、私よりも色んなことを知っているのです。
しかし指摘された当のニクスくんは首を傾げます。
「ジェルドの兵法?」
「あ、ち、違った……? 『籠城が有効なのは、すぐに援軍が来てくれる当てがある場合に限る。でなければ、破滅の先送りにすぎない』っていうやつ、なんだけど……」
というアシオの言葉に、私は一瞬頭が真っ白になりました。
まさに今私たちがいる状況がそれです。
そして、子供たちを守らなければと思っていた私の取った方針がそれだったのです。
問題の先送り。破滅の先送り。
……その通りでした。
瘴気の領域は広がり、食料は減り続け、こうしている間も状況は悪くなっていっているのです。もしも神父様が助けを呼んで来てくれると心から信じているならそれでもよかったと思います。でも今の私はそうではありません。スレてしまいましたから。
だから、本当に子供たちを助けたいと思うなら、一刻も早く脱出を図るべきだったのです。
たとえそれが一縷の望みにすぎなくても。
ここにいて最後の可能性がゼロになる前に――
「そうですね、先送りにしていても、何も良いことはありませんよね」
「えっ、シスターまで新入りの味方をするんですか!?」
「パッセル、私はみんなの味方ですよ。そうではなくて――」
悲しそうな顔をするパッセルをなだめながら、私は宣言しました。
「サウナから出たら遠出の準備をしてください。この国を出て、安全な場所を目指します」
パッセルもアシオもアリエスも、子供たちはみんな驚いた顔をしています。
しょうがないですね。こんな急に言うことじゃないですし。
ああ、いえ。
ニクスくんだけは違いました。
なんだかとても満足そうな顔をしてうなずいていたのです。
私がそう言うのを待っていたみたいに。
私が心の底ではそうすべきだと思っていたことを、すでに知っていたみたいに。




