シスター・カルラ編02
私は黒尽くめの子を見つめたまま、思考だけを迷走させていました。
雨と共に現れるという女神様と、雨と共に現れた子供。
空の彼方にましますという女神様と、なにもないはずの屋根の上から落ちてきた子供。
そこに関連性はあるのか、ないのか。
そんな風に頭の中で猛ダッシュする私の考えごとを緊急停止させたのは、背後から聞こえてきた女の子の声でした。
「シスター! 雨! 雨がふってきたよ!」
そう言って礼拝堂の扉を開けて入ってきたのはアリエスでした。日焼けで少し色あせた金髪と、鼻の周りのそばかすをこっそり気にしている女の子。彼女はこの教会の子供たちの中では最年長で、だから自然とリーダー役みたいになっています。まだ十歳だというのにしっかりしすぎて時々申し訳なくなるくらいです。
「――ってあれ、その子は?」
「ああ、ええと――」
言葉に詰まりました。会ったばかりで何も知らないのです。
助けを求めるように黒尽くめの子を見ると、小さくうなずいて口を開いた。
「ニクスと言います」
「見た感じ、あたしと同い年くらいだね。男の子? それとも女の子?」
「男です」
「そうなんだ。じゃあニクスくんね。あたしはアリエス。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
子供特有の距離感であっという間に仲良くなった二人は、握手をしています。大人の私はそのスピード感についていけずにいたのですが、それはそれとして一つ、疑問が解決して安堵しました。
男の子なら女神様じゃありませんね。いえ、女神様が急に眼の前に現れるなんて思っていたわけじゃないですけど。
ええ、そうです。ここ二週間で悟ったのです。
私はもう以前ほど純粋に女神様を信じてはいないのです。
「――っとそうだ、シスター、雨、雨!」
「あ、そうでした」
話がぐるっと回って先頭に戻ってきたところで、アリエスが何を言いたかったのかを察します。洗濯物を干したままだったのです。
少しでも濡れる前に取り込まないと――と、思ったのですが、割れた天窓から吹き込んでいた雨はいつの間にか止んでいました。
久しぶりの雨で、天気雨で、通り雨。
奇妙づくしの変な雨でしたが、それが夢や幻ではない証拠に、私たちは三人ともがびしょびしょに濡れているのでした。
礼拝堂の外に出ると、空は見事なまでに快晴でした。
とても先程雨が降ったとは思えません。けれども視線を下に向けるとはっきり水たまりが広がっています。不思議です。いくら天気雨と言っても、雲ひとつない状態で雨など降るのでしょうか。
「――あれ?」
そしてもう一つ不思議なことがあります。
木組みの物干し竿に洗濯物がかかってないのです。確かに朝そこにかけておいたはずなのに。
「あっ、シスター! こっちこっち!」
投げかけられたのは今度は男の子の声。
振り返ってみれば礼拝堂の右奥に建てられた小さな家――居住棟の玄関から、子供たちが手を振っていました。パッセルとアシオです。長い赤毛を馬のしっぽのように後頭部で結わえているのがパッセル、ぼさぼさ黒髪で目元が見えない子がアシオ。
どっちも本当にいい子ですが、年のせいでしょうか、年長者ぶるアリエスとはときどきケンカをしてしまうみたいです。
アリエスとニクスくんを連れてそちらに向かうと、二人は笑顔で報告してきました。
「雨が降ってたから洗濯物はしまっておいたよ!」
「う、うん。しまっておいた」
「そうですか。ありがとうございます、パッセル、アシオ」
それぞれに頭を撫でてあげると、くすぐったそうに目を細めます。
本当にいい子たちなのです。
……この子たちに親はいませんし、今は神父様もいらっしゃいません。この子たちが頼れるのは私だけ。だから、なんともしても私が守らなくてはいけないのです。
「まったくアリエスは気がきかないよな。シスターに言いに行く前にこうしてしまっちゃえばよかったんだよ」
「またそうしてえらそうに……ならせめてたたんでおきなさいよ。丸めて持ってきたからくしゃくしゃじゃない。これじゃ洗濯はやり直しよ」
「なんだよ! おれらはちゃんとしまったんだぞ!」
「なによ! シスターにいい格好したかっただけでしょ!」
なんて思ってるそばからケンカが始まってしまいました。
と、いつもならすぐにパッセル側につくアシオが珍しく口をつぐんでこちらを見ていました。ああ、いえ、違いますね。私ではなく、隣りにいるニクスを見ていたのです。
「シ、シスター……その子は?」
「ニクスくんです。礼拝堂に落ち――いえ、迷い込んできて、ちょっとお話をしていたところだったんですが」
「へえ、新入りか」
パッセルはニクスくんを見上げます。見た感じ二、三歳くらいニクスくんが年上だと思うのですが、パッセルの中では教会に来た順番のほうが重要みたいです。
そこでニクスが何かを口を開きかけて――
――くしゅん!
というアリエスのかわいいくしゃみが、それを遮りました。
そこではたと思い出します。ここにいる全員が全員、さっきの雨でびしょ濡れだったということを。
「はいはい。じゃあ、何はともあれサウナに入りましょう。風邪をひいてはいけませんからね」
ぱんぱんと手を鳴らしてそう宣言すると、子供たちは素直にうなずいて着替えを取りに室内に走っていきました。
残されたのは私とニクスくん。
「ニクスくんも一緒に入りましょうね。詳しい話はその後にしましょう」
「サウナですか。いいですね。久しぶりです」
同意も得られたところで私はサウナの準備をします。
彼が本当はどこから来てどこに行くのかは、その後で聞けることでしょう。




