シスター・カルラ編01
「女神様――」
私は祈りました。
いつものように、礼拝堂の天井に。その天窓に嵌められたステンドグラスに。神々しく何色もの光を床まで降らせるその御姿に。
「もうすぐ、この教会にある備蓄の食料が尽きてしまいます」
ここは今、陸の孤島になっています。
元々この教会は街から離れた場所に建っているのですが、何も物理的に断絶しているというわけではありません。川の三角州にあるとか、天候によって外に出られないとか、そういうことではないのです。
原因は瘴気でした。瘴気に沈んだ街に挟まれてしまって、人の生存圏から孤立してしまったのです。
「神父様もまだ帰ってきません」
神父様は今ほど瘴気が広がる前に、教会内のお金をかき集めて助けを呼んでくると言って出ていかれました。けれども二週間経ってもまだ帰ってきません。
「女神様、教えてください。私はどうすればいいのですか」
もう救助を待つのは絶望的です。
でも、今から出たとして、瘴気の領域を徒歩で越えていくのは難しいでしょう。
……いえ。
私だけであればいけるかもしれません。でも、この教会には子供が四人いるのです。あの子たちを置いてはいけない。かと言って一緒に脱出するには隣の国は遠すぎます。子供たちはきっと途中で力尽きてしまう。
私は祈りました。
敬虔に。熱心に。言葉が届くことを信じて祈りました。けれども答えが返ってくることはなく。こんな事態に陥ってから三週間、奇跡が起きることもなくて。
「――なぜ、答えてくださらないのですか」
そうして、薄々気づき始めていたのです。
女神様は私たちのことなど気に留めていないのだと。
いいえ。もちろん女神様からの愛を疑うわけではありません。私のような外典派の小娘シスターにも巫力があるのです。見てくださっているし、愛してくれています。
でも、個別に手を差し伸べてはくれません。
猫を百匹飼っている貴族のようなものです。確かに見ているし、愛は注がれています。けれど一匹一匹がどんな状況にあるかなど、たぶん把握できていないのです。数が増えたり減ったりしていることにも、もしかしたら気づいていないのかもしれません。
だからきっと、この祈りにも意味なんかないのです。
私は恨みのこもった目を天窓のステンドグラスに向けました。
「――――え?」
急にステンドグラスの女神様の横顔が暗くなりました。
一瞬前まで礼拝堂に差していた光が消え、もしかして女神様のお怒りを買ってしまったのかと身をすくめたとき――
――ステンドグラスを砕いて黒い塊が降ってきました。
「はひゃわっ!?」
色ガラスを撒き散らしながら、私の目の前に落ちた黒い物体は、床にぶつかる瞬間、見たこともない青白い光を放ちました。
「な、何が――」
思わずのけぞる私を尻目に、黒い何かはすっと何事もなく立ち上がりました。立ち上がるということは足があるということで、よくよく見ると足だけじゃなくて手もありましたし胴もありました。当然頭もありました。幼いながらものすごく整った顔をしています。
そうです。黒い物体の正体は黒いマントに包まれていた人間――それも子供だったのです。
「やあ、すみません。ちょっと着地を失敗したようです」
「着地って――あの、でも、ここは――」
私は混乱していました。
子供が落ちてきて平然としているだけでも不思議で変なのですが、問題なのはそれだけではなく――
「この教会は――周りに何もないんですけど――?」
近くには背の高い建物もなければ樹木もないのです。
じゃあこの子はいったいどこから落ちてきたというのでしょうか?
「ええ、そうですね。少し遠くから飛んできました」
「飛んで――」
私はガラスが抜けた天窓の向こう側を見ました。
空は晴れています。なのに私が見上げた途端、ぽつりぽつりと雨が降り出しました。それは久しぶりの雨で、それもひどく珍しい天気雨で。
「見たところ、ここは教会ですか?」
「は、はい。外典派、降雨会の教会です」
外典派というのは、神国ラクラシアを頂点とする正教派以外の女神教宗派で、中でも降雨会はこの地方に古くから伝わる信仰です。
曰く、女神様は雨と共にやってきて、雨と共に去るのだという――
私はその子の顔をもう一度凝視しました。
けれどもその子は不思議そうに小首をかしげるばかりで、私の渦巻く胸中にはとんと気づかないようでした。
というわけで、少し外伝をやっていきます。
よろしければお付き合いください。




