表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/38

29話



 ヴェスタ・リゼットはしゃがみ込み、真っ白な土を片手ですくう。

 そしてそのままサラサラと地面にこぼす。


「ふむ。確かに瘴気にやられた土だな」


 立ち上がって白衣の尻を払い、砂を落とす。

 それから周囲を見渡す。砂漠めいた景色が広がっている。それはこの地が少し前まで瘴気に沈んでいたことを示している。

 もしも単純に植物が枯れ果てただけなら植えればいい。だが、土中の微小な生物が一匹残らず死滅しているこの状態では、仮に植えても作物はほとんど育たない。復興には十年単位の時間が必要になる。


「聞きしに勝るやられっぷりだ」

「申し訳ございません……」


 そばにいた金属鎧の騎士が顔を伏せる。


「ああ、いや。責任を問うたわけじゃない。幻獣級の瘴獣なんて人の手には余る災害だ。何もできないのが普通なんだ」

「いえ、でも、あの子は――」

「そうそう。それだよ」


 ヴェスタは騎士の顔先に指を突きつける。


「その顛末を聞きに来た。いったい彼はどうやってこの規模の瘴獣を倒したんだ?」


 瘴獣は一帯の生命力を吸えば吸うほど強力になり、倒しづらくなる。この殺風景極まりない景色を生み出すほどに成長した瘴獣相手では、人類最強と謳われる学園長であっても勝てる保証はない。最低でも三日三晩の死闘になるだろう。

 それを容易く倒したと聞いては、研究者として黙っていられなかった。


「彼――?」

「ああ、そこは今回の件では些末だ。君が気になるなら彼女と言い直そう。指輪の神与武器を持った黒尽くめの子供だ。そうだったね?」


 騎士はうなずく。


「その子が現れてからの一部始終を聞かせてもらおう」

「はい。では最初から――」


 騎士は語り始める。

 突然現れた黒衣の子供が、一帯に【浄化】と【回復】をかけながら瘴獣に挑んだこと。

 瘴獣の攻撃をこともなげに弾いていたこと。

 神与武器での攻撃が通じず相談を持ちかけてきたこと。

 イチかバチかに賭けて瘴獣に刺さっていた他人の武器を使おうとして、失敗したこと。


「そのとき、少し錯乱したような様子になって――」

「錯乱?」

「はい。女神様がどうとかつぶやいて、それから腰のホルダーから金属の筒みたいなものを引き抜いて、瘴獣に押し当てて――そうしたらそこから空の果てまで届くような噴水が」

「その水が、瘴獣の体をを撃ち抜いたと」

「そう見えました。あれは一体なんだったのか――誰か別の人間の神与武器だったのでしょうか?」

「いいや、違うな」


 その金属の筒とは、かつてヴェスタが調査した銃のような形の祭器だろう。八つめのオリジナルセブン。あれは確かに水を生み出す機能を持っていた。


「以前借りて調べさせてもらったんだが、我々の結論は水を飛ばす玩具、というものだった。水を入れた竹筒程度の、子供のおもちゃにすぎないとね」

「そんな――ですが、これは――」


 そう言って騎士はヴェスタの後ろを見る。

 そこには大きな湖があった。

 どんな地図にも描かれていない、ヴェスタも知らない湖が。


「ということは――やはりこれもその子がやったのか」

「そうです。瘴獣を倒した後、『もう少し掃除をしていく』と言って、その――」


 地面に水を噴射して、反動でどこかに飛んでいったらしい。

 その結果地面には大穴が空き、数百メートル下の分厚い岩盤を貫いて地下水脈を噴出させ、数日で湖ができあがってしまったそうだ。

 自分たちが研究し尽くして玩具だと判断したもので、彼はそれをやってのけた。

 となれば当然、この結論に至る。




『――果たして我々の把握しているオリジナルセブンの機能は、本当に正しいのか?』




 今まで超常の機能を持つ異物して扱ってきた祭器の機能が、実はほんの一端にすぎなかったのだとしたら。


「いやはや、まったく興味深いことだよ。一刻も早く学園に帰ってきてくれないと困るな。実験せねばなるまい。他の祭器を彼が使うとどうなるのかを――」


 ヴェスタは少し先の未来を思い、期待に胸踊らせながら湖を眺めた。

 しかし――









 結論から言えば、その日から一週間が経っても、一ヶ月が経っても、三ヶ月が過ぎても、ニクスは学園には戻ってこなかった。








 そして同時に、世界各地で瘴気に沈んでいた土地から瘴獣が忽然と消える現象が相次ぐ。突如として開放された土地を巡る国同士の諍いもまた相次ぎ、神国ラクラシアは調停者としてその対応に追われた。


 あわせて、瘴獣と戦う美しい少女を見たという巷説が、歯止めが効かないほどに広がってゆく。

 その正体は人類最強の騎士フラン・ベルジュールの隠し子であるとか、大国の囲っている秘密の騎巫士であるとか、色々に言われたがどれも根拠のあることではなく、また世界中に現れることの説明もつかず、徐々に女神様であるという言説が流布され始める。


 そしてその年の夏が終わる頃、世の混乱を収めるため、神国ラクラシアはそれが女神であると公的に発表した。

 ついに女神様が地上に降臨されたのだと世間は沸き立ち、女神様のグッズがどれもこれも飛ぶように売れ、年号さえも女神降臨と改められた。
















 女神降臨元年、九月。

 未だ学園に黒衣の少年が戻ることはなく。

 雲を吹き飛ばす大雨が、今日もどこかで降り続いている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ