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23話






 ――荘厳、と口にするのは容易い。


 だが、それだけでニクスが受けた印象は表現しきれない。艷やかな巨岩を運び削り整え組み上げた労力、そこに施された彫刻に対する熱量、それらが経過してきた年数。

 何十年の歳月をかけて造り上げたのだろう。それを、何百年使い続けてきたのだろう。街の作りがここを中心にしていることからも、ここが一番古いことがわかる。まず神殿があり、それを囲うように街ができて国になったのだ。

 この神殿に積み重なっているのは石ではない。この地に生きた人間たちの歴史なのだ。


「まさに歴史でできた建造物――という感じですね」

「いいねえ。詩的な表現だ」

「いっそ散文的じゃない? 何度も改装を繰り返して、部分部分によって作られた時代も技法も違う。それはつまり、正しく歴史でできていると言えるもの」


 一行は縦長の神殿の側面を眺めながら歩く。

 気づいたことをつぶやき、誰かが補足して説明して、それでうなずいて。

 そうしているうちに神殿の入口の前まで来る。長大なこの神殿には複数の出入り口があり、どこからでも無料で自由に入ることができるらしい。


「それで、寄っていきますの?」

「まあ、時間はあるわね」


 女子一同の視線がニクスに集中する。

 判断を一任されたということだろう。ニクスはしばし考え、空の太陽の高さを鑑み、そうして決めた。


「よければ少し見て行きたいです」

「決まりだね。行こう行こう」


 ハルカが楽しげに先陣を切る。

 残りのメンツはそこに続く。


「壁面の絵や彫刻も注意して見るといいよ。高名な画家や彫刻家が残したものが多い。今となっては亡くなってしまった者たちだが、これを見るとね、彼らの心の声が生き生きとして伝わってくるのさ」

「心の声、ですか?」

「見てごらん」


 ハルカが示したのは壁に描かれた女性の絵だった。

 こちらに背を向けて寝そべり、裸体に絹のような光沢のある布を一枚だけかけている。布は彼女の体に貼りつき、そのラインを詳らかに現している。


「一見すると写実的だろう? でもよくよく見れば腰の位置がズレている。理想的な肉体の黄金比から、あえて外して描かれている。もちろん下手だからじゃないよ。彼は描こうと思えばいくらでも黄金比で写実的に描ける実力はあった」

「……でも、描かなかった?」


 ニクスが訊ねると、ハルカはにっと笑った。


「そう。描かなかった。豊満な臀部に一瞬で注目させるために、彼はあえてデッサンを崩したのさ。彼が本当に美しく描きたかったのはそこだったからだ。その部分的美のために、全体のバランスを犠牲にした」

「そう聞くと……なんだか下世話な気がしてしまいますけれど……」

「まあどこからが性欲でどこまでが美の探求かは本人に聞かなければわからないが、個人的にはそこを分けて考える必要もないと思っているんだよね。性癖を突き詰めることは美の探求に等しい」

「なるほど」


 実にハルカらしい解説だった。

 彼女のスタンスは常に一貫している。性に対して肯定的であり、自己の性癖を是とし、他人の性癖を大らかに認める。そしてその中にある美を尊んでいる。

 絵そのものより、ハルカの精神性の方に、ニクスの興味は向けられる。


「さあ、奥へ行こう。この先には大きな礼拝堂がある。そこのステンドグラスも素晴らしいよ」

「水を得た魚ですわね……」

「あるいはニンジンをぶらさげられた馬ね」

「ハルカさんが楽しそうで何よりです」


 思い思いの感想をつぶやきながら、一行はハルカに続いて進んでいく。


 と、礼拝堂の入り口前には一人の女性が腕組みをして立っていた。

 筋肉質な女性だ。教導科騎士のツヴァイもかなり筋肉質だったが、そこに立っていた騎士は背の高さも筋肉量も彼女より上だった。

 恵体というのだろうか。全体的なバランスを維持したまま一回り大きい。

 パーツの多い金属製の鎧で胸周りを覆っていて、腰には短剣を下げている。

 警備の人間なのだろうか。


「巡礼者か?」


 彼女が聞いてきた。

 高いところから発されているのに、高圧的なところが全然ない。むしろ声には柔らかく優しい響きがある。


「いえ、わたくしたちは神殿学園の生徒ですわ」

「おっと後輩か」


 彼女は嬉しそうに笑って、組んでいた腕を離して首の後ろを撫でる。


「学園にだって礼拝堂はあるのに、わざわざ本神殿まで来たのか? 熱心だな」

「はあ、まあ、その――」


 クレイは口ごもっている。

 さすがに用事のついでに観光に寄ったとは言いづらいのだろう。


「先輩は警備ですか?」


 訊ねたのはハルカだ。

 話題を逸らすためだろうが、そういうところは如才ない。


「ああ。いや、本来警備なんて必要ないんだが、ここにいると女神様を感じる気がしてな。志願して立っている」

「というと、立っているだけで巫力が上がったり?」


 そう聞くと彼女は苦笑した。


「さすがにそんなことはないよ。学園を卒業してからこっち、変わらず十七枚だ」

「じゅ、じゅうなな……ですの?」


 驚きの声をあげたのはクレイ。

 そういえば学園にはクレイ以上の人間は学園長とニクスくらいしかいなかった。それ以外で初めて自分以上の巫力の騎巫士に会ったわけだ。


「すごいですね、先輩。ボクなんか八枚ですよ」

「私は七枚。十枚差はさすがに隔絶を感じるわね。とは言え――」


 ククルはちらっとニクスを見る。


「――世の中にはもっと隔絶した才能もあるから、そういうものよね」

「学園長のことか? あの人とは比較するだけ無駄だぞ。なにしろ人類最強の騎士だ。幻獣クラスの瘴獣に対処できるのは、世界広しと言えどあの人しかいない」

「幻獣クラス?」


 知らない単語が出てニクスは思わず首を傾げた。

 それに対して先輩騎巫士が回答をくれる。


「瘴獣は一帯の生命力を吸い上げるごとに、より高度で生態系の上位に位置する生物に変わるんだよ。不定形な原始生命クラスから、昆虫クラス、草食獣クラス、肉食獣クラス――そして、最後には幻獣クラスに至るわけだ」

「必ずしも複雑な生物のほうが強いわけじゃないけどね。獣クラスより遥かにやっかいな昆虫クラスだっているし」

「それは、幻獣が最後なんですか?」

「確認されている限りはそうだが……何か気になることでも?」

「はい。だって、より高度で上位の生命体になるなら――」



「――ブリギット隊長!」



 言いかけたところで、礼拝堂に入ってきた者がいた。

 そちらも騎巫士らしい女性だ。大変慌てた表情で、声にも落ち着きがない。


「どうした、何かあったか?」

「それが、メガクラトスから使者が来て……瘴獣が出現したからラクラシアに救援を頼みたいと……」

「メガクラトスが? 確かにそう言ったのか?」

「は、はい。おかしいですよね」

「何がおかしいんですか?」


 口をはさむニクスを、ハルカがぐいっとひっぱり、クレイが口を押さえ、ククルが耳元でささやく。


「……どうにも大事になりそうだから、部外者が口を出すべきではないわ」

「むぐ」


 でも、と言おうとしたがクレイの手に阻まれる。

 それでも気持ちを汲んでくれたハルカが疑問に答えてくれる。


「おかしいというのはね、メガクラトスが武力を奉じる国家で、たくさんの騎巫士を抱え込んでるからだよ。だからこれまでは自前の戦力で解決してきたし、逆に騎巫士の派遣を提案しても断られるのが常だった。他国の兵力を招き入れるなんてまっぴらだってさ」

「何か裏があるのかもしれないわね。でも、そんなこと、学生の私たちには関係ないわ」

「確かにちょっと……わたくしたちの手には余る事案のようですわね」


 ぼそぼそとやりとりをしていた一行に、ブリギットと呼ばれた筋肉質の先輩騎巫士は声をかけてきた。


「君たち、すまないが所用ができたので私は行く。入り口で引き止めて悪かったな。礼拝堂なら自由に入って使ってくれ」

「わかりました。お疲れ様です、先輩」

「ああ。君たちの代に禍根を残さないよう、全力を尽くすよ」


 そう言って走り去っていく騎巫士たちを見送って、一息つくクレイ。

 何かを考えている様子のククル。

 少しだけ心配そうな表情をするハルカ。


「あの」


 そんな三人に、ニクスは声をかける。


「な、なんですの?」

「まだ気になることがあるのかしら?」

「メガクラトスという国――どこかで見たか、聞いたような気がするのですが」

「ああ、それなら、それじゃない?」


 ククルが指さしたのはニクスの抱えていた本だった。

 獰猛そうな竜が表紙に書かれた、幻獣についてまとめられた本。


「邪竜ラシュタールに滅ぼされたロゼッタ王国。そこに介入して邪竜を餓死させる作戦を立てた周辺国の一つがメガクラトスだったの」

「ですか」


 ページを開くと、確かにそこにはメガクラトスの名前がある。

 しかしどうにもすっきりしない。


「ううん。違う気がします。なにか、もっと前に、たぶん別の形で――」

「ならあっちかしら?」


 ククルは本を指していた指を立てる。


「サーラの故郷――サナクラトスはメガクラトスの領地の一つよ」




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