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20話




「うわあ、人がいっぱいですね」

「世界に名だたるラクラシアの首都だからね」

「とは言っても、三割くらいは外国からのお客様よ」

「遠方からも人が来るのは、それだけ魅力があるからですわ」


 賑やかな街中を四人並んで歩く。

 日光は燦々と照り、気温は暑いくらいで、人混みがさらにそれを倍加させていたが、それに負けないくらいに誰も彼もが楽しそうだった。


 美味しそうな匂いがする。

 どこからか楽器の音がする。

 丁々発止の値切り交渉が、そこに混じってときおり聞こえてくる。

 通り沿いの店は競うように行き交う人に声をかけ、前を歩いていた旅行客と思しき老夫婦がそれに促されて店内に入っていく。客を取られた隣の店は一層威勢よく声をあげ、自分の店をアピールする。

 どこを向いても、若々しい欲望と活気にあふれている。


「通るだけでも元気をもらえそうです」

「それは何よりですわ。誘った甲斐があったというものです」


 クレイが胸を張る。

 彼女はニクスの左側に寄り添うように立っている。

 一方で右隣に陣取ったのはハルカとククルだ。


「しかし、今日の目的は買い物だろう? さて、差し当たって我々に必要はものはなんだろうねえ」

「そんなの決まっているわ」

「ほう。その心は?」

「――プラン(計画)よ。それがなくては始まらないわ」


 なるほど、とニクスは納得した。

 このままでは、通り沿いの店を眺めているだけであっという間に休日が終わってしまう。本来の目的を達成するためには予定を立てることが不可欠だ。


「というわけでまずは、どこか適当な喫茶店に入りましょう」

「王道だね。ボクも賛成だ」

「異論ありませんわ」


 ニクスは喫茶店という単語に覚えがなかったが、言葉の意味や話の流れからしてお茶を飲む酒場のようなものだろうと推測する。


 そうして四人が入ったのは二階建てのオシャレなお店だった。

 その二階テラス席で、ガラス製のコップに入ったアイスティーをストローで飲む。表面に汗をかいたガラスの冷たい感触が、熱せられた体を心地よく冷やす。


「せっかく街に来たんだし、国立劇場には寄りたいと思わないかい?」

「無理ね。時間的にも予算的にも全体を圧迫しすぎるわ」

「ですわね。そもそも今日は買い物のはずですわよ。わたくしだって行けるものなら彼と植物園に――」


 話し合いは続く。

 風味の強いアイスティーをちゅるちゅると吸いながら、ニクスは街中を見渡す。

 下の通りには相変わらず人が川のごとくに流れている。それぞれが己の欲しい物を求めて歩き、それぞれに目当ての店を見つけて入っていく。


 思うに、大きな街というのは、それ自体がすでにある種の願望成就装置なのだ。

 需要と供給という概念がそれを支える。街は人の欲望を受けて成長し、人は街から望む商品を享受する。無生物と生物の不思議な共生関係だ。

 そう思って見下ろすと、余計に感慨が深くなる。

 前にシルヴィアに拉致同然に連れてこられたときには、こうしてゆっくり見回すこともできなかった。


「――それでニクスくんは?」

「ええと、なにがですか?」


 感慨にふけっていたところに急に水を向けられ、ハルカに意図を聞き返す。

 それに答えたのはクレイの方だった。


「聞いてなかったんですの? 行きたいお店ですわよ。わたくしは花屋、ククルは本屋、ハルカはその――下着屋だそうですけど」


 貴方は何かありまして?と聞かれて、少し考える。


「僕の行きたいところ――」


 けれども思い至る場所はない。


「いえ、特には」

「欲しいもの、でもいいんだよ? なんならお姉さんが買ってあげてもいい」

「わ、わたくしだって、買ってあげますわよ!」

「――だ、そうだけれど?」

「気持ちは嬉しいのですが、欲しいものも特にありませんね」


 ニクスには自分の願望は見えない。

 そもそもそんなものがあるのかすら、定かでない。

 人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、性欲だそうだが、ニクスに睡眠は必要なく、おそらく食事もなくても生きていける。今現在食事を大事にしているのは、どらかというとサーラと一緒に摂るという空気を味わっているからで、極論味はどうでもいい。

 性欲も、まあ、おそらくない、と思う。

 だから本当に欲しいものはないのだ。


「ふぅん。ま、そういうことなら、ひとまずボクらの予定を回ろうか。見ているうちに欲しいものが見つかるかもしれないしね」

「じゃあ、わたくしの花屋からですわね」

「仕方ないわね。そこは企画者に従うわ」


 まずは花屋に行く流れらしい。

 ニクスに否やはない。根本的に、自分の楽しいより他人の楽しいを優先してしまう習性が、自分にはあるようだった。

 あるいは自分自身の強い願望がないからこそ、他人の願望を叶えようとしてしまうのだろうか。自分の心に空いた穴の埋め合わせのために。









 花屋、と聞いてニクスが想像したのは、摘んだ花を花瓶に活けて並べる小さなお店だった。学園でも花が活けられているのは見かけたし、たぶんそういう使い方をするものなのだろうと思ったのだ。

 ところが、実際に行ってみると想像していたものとはまるで違っていた。

 150°くらい違っていた。あっていたのは花を売っているという部分だけだ。


 まず、建物自体が大きなガラス張りの温室になっている。

 そんな店内に何段も段差を作って、鉢植えの植物が並べられている。花は咲いているものもあればつぼみのものもあり、まったく花の気配のない多肉植物もあった。


「これが、花屋ですか? なんというか、想像していたより――」

「レアな植物や珍しい色の花を持つのはお金持ちのステータスの証明だからね。みんなこぞって高値で誰も持っていない花を求める。結果、花屋はこうして豪奢になるわけだ」

「こういう実用性のないものに無駄なお金を使いたがるのは貴族の特徴よね」


 ククルの言にむっとしたクレイは言葉を返す。


「人聞きの悪い。美を愛でて心を育てるのは大事なことですわよ」

「そこには同意するよ。美を愛でることにかけるお金は無駄ではないさ」

「これで二対一、ですわね」

「あら、旗色が悪いわね。ニクスはどっち派?」


 問われて、言葉に詰まる。

 どっちの言も納得するだけの論理がある。

 今日を食い詰めていない人間だからこそ花を買う、というのは確かにそうだろうし、一方で心を育てるために美しいものが必要というのも、またわかる。

 問題なのは――


「花というのは、美しいのでしょうか?」


 ということだった。


「第三勢力ね」

「ニクスくんは花が嫌いなのかい?」

「嫌いというか……よくわかりません」


 植物というのは、ニクスにとってはただそこに存在するだけのものだ。

 動物ならばどんなに原始的であっても願望を――行動の理由となる指向や方向性を持っている。そこに興味を抱くこともある。だが植物はそうではない。

 形が整っているな、変わった形をしているな、というのは客観的に理解できるが、美しいだとか気に入るだとか、そういうことにはならない。

 美術品を見たときと同じだ。

 なんとなく良し悪しはわかるが、好きだとか嫌いだとかまで届かない。


「そう――なんですのね」


 クレイが少し悲しそうにつぶやく。

 ニクスは慌ててフォローを入れた。


「感性に乏しい僕が悪いのです。もしかしたら記憶を失う前はこうじゃなかったかもしれませんし――」

「まあ、美の基準には過去の経験も大きく影響するからね。赤ちゃんが花を美しいと感じるかと聞かれたら、確かに怪しいところだ」

「僕は赤ちゃんではありませんが……でも、経験がまっさらにリセットされているという意味ではそういうことかもです」

「そういえばニクスは記憶喪失でしたわね。そういうことなら――」


 クレイは店員に声をかける。

 店員は一度奥に下がって、小さな鉢植えの多肉植物を持ってきた。


「これを差し上げます。今となっては瘴気に沈んでしまった国の植物なのですが、わたくしが子供の頃、最初にキレイだと思った花ですわ」

「花は咲いてないようですが」


 丸い玉がいくつも連なったような不思議な姿のその多肉植物に、花は咲いていない。つぼみもない。


「花が咲くまで育ててみてくださいまし。そうすればきっと、気に入ってもらえると思いますわ」

「――ありがとうございます、クレイさん」


 その花が咲いたとき本当に自分の心が動くのか、ニクスは自信がない。

 それでもクレイの心遣いがとても嬉しくて、小さな鉢をそっと受け取る。

 鉢の中の多肉植物は、ニクスの手の中で小さく揺れた。




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