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15話






「ほっ、ほっ――」


 規則正しく息を吐く。

 息を吐きながら走り続ける。

 場所は機械科のとある研究室。部屋自体はかなり広めに作られているのだが、大きな機械と床を這って伸びる大量のコード、そして机にどっさりと積まれた書類のせいで印象的には狭く思える。


 ニクスはそこで、とある機械の上で走り続けていた。

 ランニングマキナというらしい。走る速さを測定したり、走力の鍛錬に使う機械のようだ。立っている床が後方に流れていくので、同じ速度で走り続けなければ場所を維持できずに振り落とされてしまう。

 ので、ニクスは床の動く速度に合わせてずっと走っている。


「――だいたいわかった。止めてくれ」


 という指示を出したのはヴェスタ・リゼット。

 それに従って機械を操作したのは助手のヘレナ。

 床の速度が徐々に落ち、やがて停止する。


「それじゃあ心拍と呼吸音を確認するから、前を開けてくれ」

「はい」


 機械から降りたニクスはそのままヴェスタの前まで行き、服の前を開く。

 ヴェスタは聴診器なるものをニクスの胸に押し当て、目を閉じ、そしてつぶやく。


「――なるほどな」

「いやいや。一人で納得してないで、何がわかったのか教えてくれないかい?」


 と求めたのは学園長のフラン。

 彼女は業務の関係で他の三人より遅れてきたため、これまで行われた検査の数々を見ておらず、状況がわからないのだ。


「そうだな。ではわかったことからまとめよう」


 大きな丸眼鏡をくいっと直し、ヴェスタは一同を見回した。


「まず、ニクスの筋力はごく平凡なものだ。腕力、脚力、走力も普通の人間とまったく変わらない。まあ見た目よりは少し強いかな、というくらいだ。だが――」


 そこでヴェスタは一度視線をニクスに向け、それからフランを見て続ける。


「スタミナは測定できなかった」

「スタミナが? どういう意味だい?」

「一時間、かなりの速度で走ってもらったのにまったくペースが変わらなかった。そして心拍数もまったく変わらず、呼吸音にも変化が見られない。少なくとも私には判別できないほどに変化が小さい。【祝福】がかかっているならともかく、何もなしの生身でこれはかなり特異なことだ」

「要は体力お化けってこと?」

「まあ、その認識で間違いはない。もしも半日だとかそれ以上走らせ続ければあるいは限界が見えるのかもしれないが、得られる情報も少ないしあまり効率のいいやり方ではないな」

「ふぅん。でもまあ、そういう人もいるんじゃないかな」

「学園長、貴方は自分が超人の側であることを自覚したまえ。普通、そんな人間はいない。それから――」


 ヴェスタは手を伸ばしてニクスの頬をつまむ。

 ニクスは不思議そうにしながらもされるがままになっている。

 ふにふにと頬が手の動きに従って動く。


「こうして普通に接する分には普通なのだが――」


 言いながら、そのまま頬をひっぱっていくと、突然青白い光が生まれてヴェスタの手が弾かれる。


「こんな風に、ダメージが発生しそうな接触は弾かれる」

「ははあ。話には聞いてたけど、自分の目で見ると百倍は不思議だねえ。どうしてこんなことが起こるんだい?」

「わからん。しいて言えば瘴獣の起こす物理攻撃無効化現象に近いようにも思えるが」

「――ニクスくんがヒトの瘴獣だって言うのかい?」

「だったら面白いがね」


 突然真顔になったフランに、ヴェスタは笑って返す。


「可能性の話だ。それも瘴気と巫力は相殺しあうから可能性としてはかなり低い。現状私が考えている仮説は大雑把に言って二つ」


 ヴェスタは人差し指と中指の二本を立てて見せる。


「まず、彼女の持つ桁外れの巫力が肉体に作用して特異体質になっている可能性。ありえなくはない。現に高い巫力を持つ貴方も、色々と常人とは違っているだろう。体力は高いし、食事や睡眠も他人より少なくていい。私はこれを神格化現象と呼んでいる。巫力を持つ者の老化が普通の人間よりずっと遅いのもその一端だ」

「巫力が高ければ高いほど、肉体の性質が女神様に近づいていく――みたいな話?」

「そういうことだな。そしてもう一つの可能性が――そもそも人間ではない、だ」


 ヴェスタとフランと、それからずっと黙っているヘレナの視線が同時にニクスに収束する。冷たい緊張感が少しずつ部屋を満たしていく。


「例えば魔法と呼ばれる技術を持っていた生命の民。例えば物理攻撃が通用しない瘴獣。あるいはそれ以外の、まったく未知なる異種族。そういう可能性もある」

「ふぅん……ニクスくん自身は何か心当たりはないかい?」

「わかりません。たぶん人間ではないんだろうなと思っていたんですが、話を聞くと人間の可能性も残っている気がするし。ただ、一つだけ。大したことじゃないんですけど」

「ほう。なにかな? 聞かせてくれたまえ」




「いえ。さっき彼女って言ってましたけど、僕は男です」




「「「え゛?」」」


 緊迫感の空気が一瞬で粉砕され、ニクス以外全員の目が点になった。

 混乱からの回復が一番早かったのはヴェスタで、彼女は即座にニクスのズボンの腰部分をつかんで引っ張り、中を覗き込んだ。


「――確かについているな。なんということだ。男の巫力持ちだと。有史以来一例もないぞ。なんたる興味深い研究材りょ――いや、失礼。言葉が過ぎた」

「あわわわわ――ヴェスタさん、なんことを――」

「そっ、そうだぞヴェスタ。ニクスくんはれっきとしたうちの生徒なんだからね」

「いやいやそっちではなくハレンチ行為の方ですよ!」

「おっとそうか。すまない、私としたことが混乱しているみたいだ。でもそっか、ニクスくんは本当にニクス()()だったのか……え、あ、じゃあお風呂とかはどうしてたんだ?」

「普通に入ってました」

「「普通に!?」」


 うろたえるフランとヘレナを見て、何かまずいことをしてしまっただろうか、とニクスは首をかしげた。



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