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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界転移したら、いきなり戦場の上空から落下して、王国軍のモブ魔導騎士の炎魔法を食らって焼死。元の世界に戻ったと思ったら、そこは悪役令嬢がいるらしいズレた別の現実世界でした。

作者: 栗野庫舞

転移者の扱いが雑。

 男子高校生のあなたは制服姿のまま、異世界転移した。


 異世界の晴天の上空に、あなたは突如(とつじょ)として現れる。そのまま平原へと落下した。地面に激突した。すごく痛い。


 どうにか上半身を起こして、あなたは周囲を見回す。


 状況を知る。ここでは大規模な戦闘が起きている。王国軍と魔王軍が戦っているようだ。大勢が叫んでいて、大変騒々(そうぞう)しい。


 王国軍の魔道騎士らしき格好の男性が、二足歩行するクマのような魔物に炎の遠距離魔法を放った。


 不運にも、あなたは騎士とクマの間にいた。


 あなたは炎に巻き込まれる。


 派手に焼死した。


   ×


「あら~、残念でしたねぇ~」


 あなたの転移場所を間違えて戦場の上空に設定した女神様は、あなたのことを不憫(ふびん)に思った。


 だからこそ、女神様はあなたを再生させ、無責任にもまた別の世界へと飛ばす――。


   ×


「うぅ……」


 無傷で(よみがえ)ったあなたは、目を覚ます。


 どうやらあなたは、眠っていたらしい。


「大丈夫?」


 あなたのすぐ隣で、心配そうな顔を向けている女子がいた。長い黒髪を左右に分けて細い三つ編みにした、クラスでは近くの席の同級生だ。


 彼女の顔を見て、あなたは元の世界に戻って来たのだと思った。


「あぁ……大丈夫」


「それなら良かった。お昼休みもそろそろ終わるから、早く起きたほうがいいよ」


 そう言って、しゃがんでいた女子は立ち上がる。あまり短くはないスカートだったが、横になっていたあなたの顔の位置からは彼女のスカートの中が見えた。


 縞模様のかわいらしい下着でもなければ、左右を(ひも)で縛った大胆な下着でもない。高校指定の体操着、紺色のハーフパンツだ。


 下着を覆い隠すハーパンは、(きわ)めて現実的で、退屈だった。


 あなたは不自由なく動く手足を使い、その場で難なく立ち上がる。


 見渡す限り、この場所は(かよ)っていた高校の屋上のようだ。通学路にあるコンビニが見えたので、間違いないはず。ただ、屋上への扉はいつも閉まっていて、あなたもここに来た覚えがない……。


「起こしてくれてありがとう、恵比寿(えびす)


 あなたは三つ編みの女子を苗字で呼んだら、彼女には不思議そうな顔を返された。


「恵比寿? 恵比寿って、七福神の恵比寿さん? それとも東京の恵比寿駅?」


「いや、苗字だよ。自分の苗字なのに忘れたの?」


 恵比寿なんて(めずら)しい苗字、一度覚えたら間違えるわけがない。


「えっ、おかしなこと言わないでよ。私は、恵比寿じゃなくて魚戸(うおと)だけど」

「――全然違うじゃん!」

 あなたは叫んでしまった。


「うん、全然違うよ」

 困った顔で肯定された。


 恵比寿に、魚戸。(めずら)しいという点においてだけは、共通している。


「……本当に恵比寿じゃないの?」


「うん。私は悪役令嬢スポーティング様の傘下の、魚戸ルサブラだけど」


 悪役令嬢。


 スポーティング様の傘下。


 ルサブラ。


 彼女の口から出た言葉の一つ一つがどれも強力過ぎる。


「今の最後のルサブラが名前?」


「うん」


 この女子の下の名前を、あなたは正確には覚えていなかった。けれども、少なくともカタカナではなかった。彼女の見た目は由緒正しい大和撫子(やまとなでしこ)であり、カタカナの名前は到底(とうてい)信じられない。


「というか、悪役令嬢がどうのこうのって説明は必要?」


「必要でしょ? すごく重要に決まっているじゃない。……今日は本当にどうしちゃったの?」


 真剣にあなたを心配する彼女は、嘘をついているようには全く見えなかった。


 よって、あなたは受け入れなければならなかった。


 ここは……この世界は、あなたがいた現実世界とはまた別の、少しズレた異世界なのだと。


「……まぁ、戦場で即効(そっこう)死ぬよりかはマシか」


 そうあなたはつぶやいた。


 あなたには以前の記憶が残っている。いきなり上空から落っこちて焼死した、忌々(いまいま)しい記憶。


 とりあえず今は、危険な戦場から平和な学園生活に戻れたことに感謝する。


「恵比寿……じゃなくて魚戸のお陰で、なんとなくは理解したよ。ありがとう」


「良く分からないけど……、どういたしまして」


 ここでは魚戸という苗字を名乗るこの女子は、あなたのことを理解してくれる。


 黒い制服をまじめに着こなした、三つ編み姿の同級生。やせ型の彼女の背丈は同学年女子の平均ぐらいだけれども、胸部は控えめだ。クラスの中でも目立たない容姿なのに、きちんと眼差しを向ければ、すごく好ましく映る。


 戦場で最悪の経験をしたあなたにとって、彼女が世界の誰よりも優しく、(いと)しく感じられたのである。


 あなたはたまらなくなって、彼女を正面から抱き締めた。


 彼女は突然のことに頬を染め、かわいらしく戸惑う。


 そして、あなたの背中に銃口を突きつけた。


「……えっ、なんで拳銃持ってんの?」


「えっ? 持ってないの?」


 逆に聞き返された。


「私、あなたを撃ちたくないから……、お願い、離れて」


「ああもちろん」


 両手を挙げながら、あなたは魚戸との距離を広げる。


「信じてもらえないかもしれないけど、俺、ちょっと記憶がどうかしちゃってるみたいなんだよね」


「信じるよ。今日のあなた、なんだか変だし」


「ありがとう……」


 あなたは魚戸が拳銃を下げたのを見届けてから、両手を戻す。魚戸の拳銃に重なるように青い円形の魔法陣が出たかと思うと、拳銃はすぐに消えた。


「とりあえず、保健室に行ったほうがいいんじゃない?」


「あっ、うん。そうするよ。……保健室まで案内してくれないかな」


「いいけど、今からだと授業に遅れちゃうなぁ……。でも、私から言ったんだし、あなたも体調が悪いのかもしれないし、しょうがないよね。じゃあ、行こ?」


「ああ、よろしく頼むよ」


 あなたは警戒しながらも、魚戸と一緒に屋上の扉を出た。


「わぁ……すごいな」


 階段を降りた時、あなたは驚いてしまった。


 巨大な吹き抜けになった、明るくて開放的な校舎内が目の前に広がっている。


 かつて通っていた高校は、こんなに清潔さが行き届いていて、建築費がかかっていそうな校舎だっただろうか? あなたがここを異世界だと思う信憑性(しんぴょうせい)が大きく増した。


 新鮮な校舎内を眺めながら廊下を歩いている最中に、休憩終了の予鈴(よれい)が鳴り始める。


「授業に間に合わなかったなぁ……。今まで遅れたことなかったのに」


「……ごめん」


「ううん、あなたを責めたくて言ったんじゃないの。先生にはきちんと説明するから、気にしないで」


 そんなやり取りの後、保健室の前に到着する。


 保健室は、以前の記憶とは全然別のところにあった。扉の上部横にあった保健室のプレートは一般的なもので、ちょっとだけ安心した。


 扉を魚戸がノックする。


「失礼します」


 そう言って魚戸が開いた扉の先には――。


 ご令嬢がいた。


 いや、先に紹介されたわけではなく、中にいた女性がそんな格好をしていたのだ。


 ヨーロッパの貴族が盛大なパーティーで着るような豪華なドレスに、まずあなたは驚く。銀色と黒のドレスは巨大な胸部を強調している半面、スカート部分の裾は足首を隠すまでに長い。


 年上なのだろうが、美少女と言っても決して嘘にならないぐらい、容姿が抜群に優れている。仮に地味な白衣を着ていても、美しさが際立っていたに違いない。


 とにかくひと目見て、すごい女性だと思えた。


「私の悪役令嬢のスポーティング様よ。保健室の悪役令嬢でもあるの」

 横から小声で魚戸に紹介された。


「スポーティング様。体調の悪い生徒を連れて来たので、後はよろしくお願いします。私は授業に行きますので」


「わざわざありがとね。ルサブラさん」


 この悪役令嬢に魚戸は丁寧にお辞儀し、あなたを置いて出て行った。


 あなたは悪役令嬢と二人っきりになる。


 保健室の悪役令嬢と紹介されたので、恐らく悪役令嬢は、この世界の教師の代用になる言葉だと推測出来る。ただ、幼さの残る顔立ちの彼女は、教師としては若そうだ。


 落ち着いた深い緑色のロングヘアは、魚戸と違って一本のゆったりとした三つ編みにしていた。


「ごきげんよう、生徒君。あなたはどの悪役令嬢の傘下なの?」


「……すみません、分からないです」


 あなたが正直に答えると、悪役令嬢はあなたの顔をじっくりと(のぞ)いてきた。美しい顔がより近づいたため、あなたは鼓動が上がってしまう。


「――あなた。別の世界から来たようね」


 的確な指摘に、あなたはまたも驚いた。


「あっ、はい、そうです。分かるんですか?」


「ええ。それと、あなたにはルサブラさんがお世話になっていたみたい……あっ、あなたがいた世界のほうのね。だって、授業の始業時間を過ぎているのに、あの子がここにあなたを連れて来たんだもの。親しくなければ、場所だけ教えて、授業を優先するでしょうね」


 良く言えば勤勉、悪く言えば冷たいと思った。


「だからね、あなたが望むのであれば、元の世界に戻してあげてもいいわよ」


 悪役令嬢の頼りになる表情を、あなたは見た。自信にあふれている。きっと、異世界転移は簡単に実行出来るのだろう。


「それはありがたいんですけど……」


 あなたには迷いがあった。


「正直、こっちの世界にも興味が出て来たので、もう少し、こっちにいてもいいですか?」


 色々と気になる異世界に来られたのに、このまま現実に戻るのはもったいない。あなたはそう考えたのだった。


「そうね、別に今すぐじゃなくても大丈夫だから、あなたがそうしたいと言うのなら、そのお願い、尊重しましょう」


 笑顔で悪役令嬢は受け入れてくれる。


「ありがとうございます」


「じゃあ、あなたを焼死体にするのはお預けね」


 今度は暗い笑みを浮かべて、一瞬、見本のように右手から小さな炎を出した。


 焼死で異世界転移したあなたは、本気で恐怖した。


「こちらの世界にとどまるなら、私の傘下になってもらうわよ。契約の口づけをすることで、あなたを傘下に出来るの」


 そう言うなり彼女はあなたに顔を寄せ、目をつぶった。乙女のような顔で唇を近づけて来る――。


「わっ!」


 あなたはまずいと思い、彼女の肩を両手で押さえながら顔を引く。


 契約のためだけで美女に口づけをさせてしまうのは、もったいなくて出来ない。


 そんなふうに思うほど、悪役令嬢の口づけしようとする顔は純情さであふれていたのだった。


「……やっぱり、私よりも同級生のルサブラさんのほうがいいわよね。私の傘下の子とでも私との契約は完了出来るから、ルサブラさんが来てからにしましょうか。異世界転移して疲れているだろうから、放課後になるまで、ベッドで休んでいてちょうだいね」


「はい」


 口づけの拒否は、どうやら逆に受け取られたらしい。全然嫌ではなく、むしろ貴重なチャンスを逃したことを、今のあなたは後悔する。


 あなたはベッドを借りて、そこで横になった。


   ×


 放課後、魚戸ルサブラが保健室に戻って来た。悪役令嬢スポーティングに事情を聞かされると、


「分かりました」


 そう答えて、あなたの正面で立ち止まる。


 魚戸は大きな黒い瞳を開いたまま、あなたへと唇を伸ばす。押し出すようにした唇のせいで、整っていた彼女の顔が不細工に見えた。


「わぁ!」


 あなたはまずいと思い、悪役令嬢の時のように、相手の肩を押さえて顔を引いた。今度は口づけを心の底から拒否したい気持ちのほうが強かった。


「えっ、契約をするんじゃないの?」

 魚戸は唇を元に戻して、あなたに疑問を飛ばす。


「いやいやいや、いきなり抵抗なくキスされてもっ!」

 あなたは早口だった。


「キスじゃなくて契約だからね。キスとは違うから、唇を伸ばして差別化をしていたの」


 恥ずかしがることもなく、唇をつける契約をやろうとしていた彼女。屋上で抱き締めただけでも頬を染めていたのに、どうしてこうなったのか。今回の事務的な作業でもするかのような反応が怖い。


「私とは嫌で、ルサブラさんとも拒否するなんて、どういうことなの? 契約はしてもらわないと困るのよ。どっちがいいのか今すぐ決めてよねっ!」


 強くてかわいらしい口調で、悪役令嬢に選択を迫られた。


 あなたはどうしようか悩む。


 美少女にしか見えない悪役令嬢とキスするのは、純粋に嬉しい。


 ただ、本当にキスをしてしまっていいのだろうかと、罪悪感が残る。


 一方、魚戸のほうは、その点においては気が楽だ。逆に、キスとは思えない契約がおこなわれるだろう。


 しかしながら、契約の直前に、


『君のことが好きだ』


 こう伝えれば、彼女は簡単に頬を赤らめ、素晴らしい口づけに変貌(へんぼう)するかもしれない。この検証のためだけに魚戸を選ぶのも、惜しくはない気がする……。


 同級生と悪役令嬢。


 親しみのある女子と、敷居の高い年上のお姉さん。


 貧乳と巨乳。


 あなたからすれば、不思議な名前を持つ二人。


 悪役令嬢の傘下と、悪役令嬢ご本人。


 あなたは目の前にいる二人のうちの、どちらかしか選べない。


 悩みに悩んだあなた。


 最終的には――、“彼女”を選ぶ。


 良かった。


 思った通りのキスが待っていた。


 こうして、契約は(とどこお)りなく終了する。


 その後、こちらの世界では、あなたの家の場所が異なるなどの不一致が判明した。あなたの家の周辺を地図で見ると、巨大な『世界樹』が占領しているようだった。


「今日はうちに来る?」


 契約を交わした彼女に問われ、あなたは誘いを受けることにした。拳銃を全員所持しているらしいこの世界で、違う住所の自宅に帰るのは、あまり得策ではない。


 ということで、これからあなたは、彼女の家でお世話になる。彼女と何か楽しいこと、退屈ではないことでもあればいいなと期待した。


 再び焼死の未来が来ないことを祈りつつ、この世界の悪役令嬢のことを聞いてみたい。


 あなたが選んだヒロインは、その問いに対して親切に教えてくれる。そんな気がした。


                    (了)

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


頼りになる女性に見えても実は純情な悪役令嬢。純情そうに見えて実は契約のキスが事務的な同級生。そんな二人のヒロインとのやり取りでした。最後にどちらを選んだのかは、あなたのご判断に(ゆだ)ねます。


他にも作者の作品は色々とあります。まだ読んでいないものがありましたら、ぜひお読み下さい。

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