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湖竜の子と松茸焼き(前編)

「人を殺すことだけが生きる理由となった竜を前にした時、どうするか、か。ズィリーンの奴め、つまらんことを言いおったな」

 晴れた日であった。

 その地方の大水源である巨大な湖と、それから豊富な水を送り出す三つの大河。

 ありとあらゆる生物の源として巡る大水系に連なる、支流の支流の傍流である幅広の川沿いの道を、一組の影が歩く。

 腰に剣を佩いた、少し俯いて歩いていた厚着の剣士。

 その周りをうろちょろしながらしゃべり続ける、金眼銀眼の娘。

「でも、あの人の言うことはいつか俺達が直面する問題だと思う。今日のことだって」

「あれは特別じゃ。あいつは昔からあんな感じじゃ。全然、何も変わっておらぬ」

 二人は、この川の上流の上流、一番根源にある巨大湖に生息する、湖竜を訪ねたところであった。


「本当に一人で行って大丈夫か?」

「むしろ、一人で行かんと危ない相手じゃ。まあ、心配せんとどんと構え取れ」

 と大言壮語した妻を信じて送り出したら、しばらくして湖の方から炎に包まれて飛んできたときには驚いたものである。

 地面に叩きつけられた娘に、血の気が引いて駆け寄ったところで

「ちょ、なんじゃあいつ。門前払いにも作法っちゅうもんがあるじゃろがい!」

 火傷の一つもなくぴんぴんしながら立ち上がった妻に、安堵してから、まず燃えてしまって一糸まとわぬ姿になってしまったことへの対処から始めた。

 裸身に外套一枚を羽織っただけになってしまった娘だが、今の季節もあって体は冷えない。そもそもが竜なので風邪などひかない。

 それでも、やはり伴侶としては怒りもあるし、心配も途切れない。

 そんな夫を気遣っているのか、いつも以上にお喋りを続けていた妻は、夫が一人で行かせてしまったこと以上の何かを引きずっていることを問い詰めることにした。

 そうして、やっと上記の言葉を引き出せた。

「旦那様も、一人で抱えんと我に相談せんか」

「ああ、そのつもりだった。でも、自分の中で答えが出ない内にこんなこと丸投げしていいのかなって」

 娘が、剣士の前に立つと下からその顔を覗き込み、両手でその頬をしっかりと掴んだ。

「せんか、丸投げ。我の方が精神的にも肉体的にも強いんじゃぞ、いいから、頼れ」

「……うん」

 いつもの調子にもどらない夫に、聞こえない程度にため息をついて、娘は前を歩きだす。

「そもそも、そういう心配自体がなんせんす、ってやつじゃ。今更人間に危害を加えようなんて竜はおらんわい。そんなの、貴様ら殺竜刻印が皆殺しにしとるじゃろ」

「それ、全然慰めになってない」

「じゃろうなあ。慰めようもないし、正解なんてない問題じゃとわかれば、それでいい。それを言うなら、我だって、竜を殺すことだけを生きる理由にした人間を前にした時、どうすればいいかなどわからんしの」

 歩みが、止まってしまった。

「お前でも、そうなのか」

「なんじゃ、我がすべてに真実を見出すことのできた命の完了者にでも観えとったか?」

「……駄目だな、俺」

「うむ、駄目駄目じゃ、言ったであろう。我に引導を渡す役目を押し付けるなと。我に、答えを委ねようとするな」

 もう一度、頬を掴む。

「我と貴様で、答えを探すしかあるまい。これは、そういう旅じゃ」

「ただの見せびらかしじゃなかったんだな」

「まあ、それも十二分にあるがの!」

 微笑んでしまった。

「なんだよそれ」

 微笑みが、返された。

「ようやっと笑いおったの。さ、それじゃあ耐火性のある防具を用意して、湖竜ギアリャンデに御礼参りと行くか」

 笑みが止まってしまう。

「お前、まだ行く気かよ。すっごい拒絶されたみたいだけれど。その、人間になんか恨みとかあるんじゃないのか? あんまり無理しない方が」

「なんで急に遠慮がちになるかのお。そもそもあやつは人竜戦争に参加しとらんから、人間に対するスタンスも、我に対する対応も昔通りじゃ」

「いや、素で気に入らない客を火だるまにして吹き飛ばすんだろ? もう会わなくていいだろ……。参加してない? あの竜は、人間と戦ってないのか?」

「水系を領土にしとるからの、下手に手をつついて水の流れを変えられても困るから、ちょっかいを出せんかったんじゃろ」

「ならば、無理にでも軍勢が攻め込みそうなものだけれどな」

「人間の政は知らん。じゃから、ギアリャンデの奴は、昔のままの竜じゃ。昔のままの気位で、昔のままの竜の在り方を貫いとる。領土の外のことには関わる気は一切ない」

「そんな竜がまだいたのか」

「じゃから、竜の素っちゅうものを旦那様に知ってもらういい機会じゃと思ったんじゃがな」

「でも、お前も竜じゃねえか、なんでそんな嫌われてるんだ? 竜って仲がいいとお互いを火だるまにするような習慣ないだろ?」

「そうじゃのお」

 そこで、娘は頭を掻いた。

「我が、人間の臭いが染みつきすぎ取るからじゃろうの。人の姿を取ったり、人と一緒に暮らしたり。そういうことは、竜の良識の外にある行為じゃ」

「やっぱお前異端なんだな。人の中で生きるのってズィリーンさんだって、かなり苦渋の決断だったみたいだし」

「人の臭いのするモノを、自分の巣に近づけたくなかったんじゃろう。今の時期は特にな」

「今の時期と言うと、何かあるのか」

「繁殖期じゃからな。雛がようけ孵っておった。自分の子に、人間の臭いのするものを近づけたくなかったんじゃろう」

「竜って、人間嫌いなのか。それってあれだよな。人間に触られた雛を親鳥は世話しなくなる、みたいなのだろ? お前らそんな習性あるのかよ?」

「ない! これは、伝統というか、なんというか……」

 歯切れが悪い。

「……でも、それでキレるのか」

「まあ、我が余計なおせっかいを焼いたというか」

「……何したんだ、言ってみろよ」

「あやつ、何かを焦っておった。青ざめた貌をして、何か心配ごとがあるようじゃった。だから、来るなと言われたのに、駆けよってしまっての」

「……馬鹿だな」

「うむ、阿呆じゃった」

「だから、どうしてももう一度会いに行きたいんだろ? 馬鹿だな、そう言えよ」

「うるさいのお、我にだって見栄が、の」

「お前、その性格通りに見栄っ張りだよなあ」

「笑うでない!」

 笑えと言ったり、笑うなと言ったりする伴侶の頭を撫でてやりながら、二人は湖より最も近い集落に辿り着く。

 そこを数日間拠点としようと話をして、そしてその集落のある近隣の森では、地元の者でもめったに手に入らない香しい匂いのする茸が自生しており、串焼きにすると絶品という噂話を聞いていたため、「我は鼻が効くぞ、犬より!」とはしゃぐ妻を宥めているところであった。


 何か、集落の中が騒がしかった。

 住民に声をかける。

 あからさまに怪しい二人組であったが、礼を以って尋ねたところ、変わった話を聞かされた。


「竜の雛が、森に現れたらしいんだ。多分、河の向こうから迷い降りてきたに違いない。それに、ある農夫のところの子供もいなくなったって大騒ぎでな。もしや竜に喰われたんじゃないかってんで、山狩りをしようかと。もしや、あんた冒険者か? なあ、子供を探すのを手伝ってくれねえか?!」


 それを聞いて、剣士は事の次第を察した。これはいい方向に話を進められるのではないかと胸を弾ませた。

 それを聞いて、娘は事の次第を察して、これは悪い方向に話が進むのではないかと顔を曇らせた。

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