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紫煙燻ぶらせる鎧竜の墓守(前編)

 竜の住処を巡る旅は、僻地巡りの連続である。

 もはや、そういう場所にしか彼らの居場所はない。

 追いやったのは人間である。

 そしてその運命を受けいれたのは、竜である。


 火山の麓にできた町では、葡萄の栽培が盛んであり、名産の葡萄酒を買い付けに色々な商人がやってくる。

 多少の変わり者でも、迎え入れて町は大きくなってきた。

 例えば、背が高くて、妙に厚着をした長剣を腰に差した剣士とか。

 例えば、背が低くて、妙に薄着の灰色の髪を流した娘とか。

 そういった二人連れが町を歩いたところで、よくある光景である。

 そういった田舎者の旅連れが、地理もわからずに裏路地に迷い込み、町の不良に絡まれるのも、よくあることであった。


「しかし、よく絡まれるよな」

「それは旦那様の田舎者のみが出せるとっぽさが原因じゃろうな」

「いや、でも俺剣持ってるだろ? わざわざ武装してるやつなんか襲うか普通? それよりもいかにも世間ずれしてそうなお前にちょっかいかけにきてるんだろうぜ」

「あ、我のせいにしちゃう? しっかり『俺は剣士だぞー、俺の女に手を出す奴は五体を切り刻んで町の外の野良ワンちゃんが食べやすくしちゃうぞー』って殺気を振りまいてれば近寄らんとおもうのじゃがのー」

「俺のせいにするわけ?」

「嫁に責任転嫁するとか、ないわー」

 言い合う二人は、目の前でずたぼろになって倒れ伏す不良共に声をかけた。

「なあ、お前らこのガキっ娘がちょろそうだから声かけてきたんだろ?」

「いや、このいかにもな田舎者が弱そうに見えたんじゃろ?」

 そこにいた、七、八人の屈強で悪そうな若者達は、呻き声しか出せなかった。

 一人だけ、なんとか憎まれ口を叩くだけの余地のある男が、膝を震わせながら立つ。

「て、てめえら。調子に乗るんじゃねえぞ」

 彼を華麗に投げ飛ばして石畳に叩きつけた剣士が慌てる。

「俺達はただ道に迷っただけだ。あんたたちにちょっかいを出したかったわけじゃない。このまま尻尾巻いて逃げるから見逃してくれ」

 それを聞いて、娘が横やりを入れた。

「ほー、だったら最初から物を投げるとか、金銭をちょっと出すとかして逃げ出せばよかったではないか、なんで全員完膚なきまでにやっつけたのかのー」

「だって、こいつがお前の手を掴んだから」

「我なら目を瞑っていてもこいつら全員素手でコマ切れにできるわい」

「そういうことじゃなくて」

「なんじゃ、だったら『俺の女に勝手に触れるんじゃねえ』ってやつかの~?」

「……」

「ちょ、真顔で黙りこくられたら我もちょっと困ってしまうんじゃが?!」

 最早、周りで返り討ちになった大勢の不良のことなぞどうでもいいとばかりに会話を続ける二人に、悪者のリーダーだった男が叫ぶ。

「イチャついてんじゃねえ、てめえ、この町のギルガ団を舐めたら、ただじゃすまねえぞ」

「あぁ、すまない。ギルガ君」

「イチャついてるわけではないがの、ギルガ君」

 ギルガ君は、取り巻きの手前、相手にされていないのがわかっていても声を荒げるしかないし、ここまでコケにされれば、懐から刃物を取り出すしかない。

「俺も遊びで悪ガキやってるんじゃねえんだ。てめえらを、ただで返せねえ」

 少しマジな空気を出す悪ガキ相手に、それでも目の前の異物二人の態度は変わらない。

「わかった、金で済む話ならいくらか持ち分がある」

「おいおい旦那様、本気か? 腰に差した剣は飾りか? 根性出さんのか?」

「お前、俺のことなんだと思ってるんだ、悪ガキ相手に剣なんか振り回す方がやべーだろ」

「でも刃物で刺されたら、我は死なんが、貴様は死ぬじゃろ。死んだら嫌じゃ。それならあいつをぶった切った方が」

「お前本当人間の倫理観を学ばねーな」

 あくまで二人の世界がここにあり、自分達が異物であるという態度を崩さない。

 そこまでされては、ギルガ団などと嘯いて町の不良を束ねるギルガ君も、後には引けなくなる。

 彼の視線が、少し冷たくなるのを二人が察知した時。

「南空、お前だけ逃げて、官憲を探してきてくれ」

「は? なんで」

「人間の揉め事に、立ち会って欲しくないんだ」

「……つまらん男の意地じゃが、はいはい。我は夫を立てるタイプじゃからの」

 そういって、元来た通りの方にかけていく娘。

 刃物を出して、納まりのつかない目の血走った男が、残った剣を抜かない剣士を脅す。

「てめえら、自分らが殺されねえとでも思ってんのか、あ?」

 剣士は、自分の視線が少し冷たくなっていくことを知る。

 呻いていた取り巻き達が、固唾を飲んで、成り行きを見守る時。


「やめとけ」


 声がした。

 こんな路地裏に、喧嘩が始まった路地裏にわざわざ這入ってきたその影は。

「そのセリフは、そのままお前が受け取っておけ、ギルガ」

 とても小さかった。

 背中に、炭を積んだ籠を背負い、手を真っ黒にした、難燃服を着た姿。腰には年季の入った煙草入れ。そして、土か炭の汚れか、裸足の足を真っ黒に染めていた。

 成人女性のようでありながら、少し背丈が低く、子供と間違えてもおかしくない陰影をしていながら。

 その瞳はとても、おそろしかった。

 少なくとも、この町の悪ガキにとっては、一番おそろしいもの。

「炭屋の姐御」

 ギルガ君からそう呼ばれた女は、剣士を無視して、ギルガに近寄る。

「ギルガ、このオレの前で、いつまでそんなくだらんものを見せびらかしている。オレに軽蔑されることを望んでいるのか?」

 下からそう睨みつけられて、弾かれたように刃物をしまって直立不動になった若者に。

「こちらの方々が、刃物まで出したお前を相手にしないのは、相手にしたらお前を殺さなければならなくなるからだ。それだけのことができる技量が、何故わからん。ここまで全員を叩きのめしてくれたんだ、それが落としどころと弁えろ」

 あれほど血走っていた眼も、怒りを失い、強い言葉に、項垂れるしかない。

 取り巻きの男達も、彼女の到来と共に、立ち上がって気をつけをしている。よっぽど、よっぽどなのだろう。

 小さな女は、続ける。

「いつまでギルガ団なんて続けてるつもりだ。もう、仕事もなくて落ちぶれた町で悪事で鬱憤を晴らしてる状況か? 火山を根城にしていた竜がやっと死んで、開拓すべき土地が手に入ったんだ。さっさと頑張ってる親父さんの葡萄畑を手伝ってやれ」

 泣きだすギルガ君。


 泣きやませ、蹴とばすように取り巻きどもと一緒に立ち去らせ、路地裏が静かになったのを見計って。

 剣士は礼を言う。

「ありがとう、助けられたな」

 炭を担いだ女が言う。

「それはこちらの台詞です。あんた、ただの剣士じゃない。あいつらの命なぞ、塵を集めて捨てるように掃えたはずなのに、穏便に済ませてくれた。ありがとうございます」

 礼儀の適った娘にほれぼれする。炭売りの娘、しかもこんな見すぼらしい外見の小女が何故あんな町の荒くれ共から一目置かれているのかはわからない。しかし、それだけの器量と事情を持った者なのだろう。

「けれど、どうかこのまま穏便にこの町を出ていただきたい。あなたは、揉め事に好かれる質の人間らしい」

「わかるのか。そうしたいが、妻が官憲を呼びに行った。迎えに行ってやらないと」

「お連れがいなさるか。……今日はもう遅いが、泊まるところはありなさるのか」

「いや、それを探そうとして迷っていてね。どこかあるかね」

「今の時期は買い付けの商人達で宿はいっぱいだろう。よかったら、オレの小屋に来なさるか? 御客人二人をお迎えするくらいの広さはある。町を出て、火山の方にある丘で炭焼きを生業としておるので」

「それは、ありがたいが、しかし」

「今日のお礼だ。金銭など求めん」

「ならぬ、俺が礼を言わねばならん身だ」

「さいでございますか」

「ああ、ところで、さっき、竜が死んだと言ったが、それは鎧竜ズィリーンのこと、なのか?」

「?! あなた、なんでその名を知ってるんです? 竜の名前なんて誰も……」

 などと押し問答をしている時に

「おーい、旦那様や、官憲を連れて来たぞ」

 娘の弾む声がした。

 夕暮れ。黄昏時にはお互いの姿ははっきりとはわからないが、見知ったる娘の陰影。

 確かに、警邏を担当するらしい武装した役人を連れてきた。

 連れてきたというか、怒号をあげて娘を追いかけてきている。

「お前、何やらかした?!」

「いや、さっきの悪ガキ共がとぼとぼ歩いてきおったから『ああ。旦那様が無事にカタをつけたんじゃな、よっし、トドメ!』と思って、つい大立ち回りを演じてしまってのお!」

 剣士は、駆け出し、娘の手を掴んだ。走り出す。

 小女は、二人を眼を丸くして見ていると、彼女の横を二人は駆けていく。

「すまない、さっきの話は無しだ。礼には必ずうかがう!」

「なんじゃいその小女は! 我のおらんところで若い女とこっそり会うとか、ちょっと新妻として看過できぬ案件なんじゃが!」

「俺達もう二年目だろうが!」

 喚きながら走り去る二人と、それを追う役人達。

 役人の一人が、気づき、声をかける。

「ズィリーン! さっきは詰所に炭を運んでくれてありがとよ! ところであのゴロツキ共、まさか知り合いじゃないだろうな!」

「違いますよ。ほら、さっさと追ってください」

 嵐のような一団が去った後。

 取り残された炭売りは帰途に就く。

「さっきの娘、あの瞳、あの髪、……いや、まさかな。そもそも殺竜刻印の剣士と共にいるわけがないか」

 

 火山の麓の小高い丘の、小さな炭焼き小屋を目指して。

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