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雷竜の祝福と呪言

 荒野に、道が一つ。

 草を踏み分けて、先人が歩いた跡。

 乾いた風。強い日差し。

 飢えと渇きとはかくあるものだと旅人に教えたがる過酷。

 それでも、力強く歩む二つの影。

 厚着をした背の高い剣士が、日差し除けのフードとマントを装備した背の低い娘に問うた。

「なあ、南空さ。俺、今まで訊けなかったことがあるんだけど」

「今更、言い淀むことがあることに驚きじゃて。なんでも我に訊いてみるがよいぞ」

 自信満々の娘に、剣士は真面目な顔を向けた。

「なんでお前だけそんな言葉遣い古めかしいの?」

「……ん?」

「いや、今まで結構色んな竜に会ってきたけれど、皆喋り方俺達と一緒だっただろ? 一人称が我だったり語尾にのじゃって付けるの、お前しかいないんだけれど」

「おっとそこに斬り込むか~」

「まだ、聞くの早かったか?」

「そんな大した理由でもないわい。そうじゃのお」

 言い淀むわけではなく、何から言うべきかを悩んでいるように、人差し指を顎に当て、空を見やる。

「別に悪いわけじゃねえよ。それも、お前の可愛さの一つって言うか……やめろ、そんな顔でこっちを見るな」

「ぐっふっふ。まあ、あれじゃ。我は、小さい頃お城で過ごしたことがあっての」

「お城」

「うむ、ここからずっと向こう、山を三つくらい超えたところにある、御山の上に建つ大きなお城じゃ。我はそこで人間に育てられた」

「?! でも竜って人間のにおいがついたら」

「そもそも、雛の時に親とはぐれてしまっての。物心ついた時には、アレクサンドリアに面倒みてもらっておったわけじゃ」

「突然固有名詞言われてもわかんないから、もうちょっと説明を」

「じゃから、そのお城に住んでる、城の主の一人娘じゃ。たまたま、森の中で行き倒れておった小さな我を部屋に匿ってくれての、手当してくれたり、飯を食わせてくれたり。アクレサンドリアが大きくなって、嫁に行くまでの間、我は鳥かごの中だったり、箪笥の中だったり、天井裏に隠れて秘密の生活を送っておったわけじゃな。まあ、言ってしまえば、姫のペットじゃった」

「なるほどな、根っこが人間ポイのって、そこからか……いや、なんで一人称が我に育つんだよ」

「アレクサンドリアがな、そういうタイプの娘じゃった」

「どういうタイプ?!」

「だから、一人称が我で、語尾にのじゃがついて、決して弱音を吐かない、たくましく清い心根の娘じゃったよ。母親を失ったばかりで、辛かったろうに、気丈に振る舞い、傷ついた我を救ってくれた」

 思っていた以上に、意味のある答えだったことに剣士は返答につまるが、言葉にならないならば、取り繕う必要もないと信じ、ただ、隣を歩く。

 なんだか、母親みたいな瞳になった娘が、次の言葉を継ぐのを待つ。

「あれに話しかけられて言葉を覚えたからの。言葉も似るのじゃろう。その時に大分人間の食事にもありついたのでな、我の舌は人間に近いところがある。竜が食わんものでも、食べれるぞ! マカロニグラタンとかの!」

「グラタンって、そんなの食わせてくれる店なんて……そういえば、王都にあったな。隊長に連れてってもらった記憶がある」

「ふふ、また一つ、旅の行く先ができたの」

「お前、王都に行く気かよ、竜狩りの総本山だぞ? そんなところに金眼銀眼の見るからに変わり者がぶっこんでみろ、速攻竜だってバレる」

「バレるわけなかろう、竜の人化なんて、御伽噺の世界の話じゃぞ」

「目の前にいるんだけれどな、歩く御伽噺が」

「まあええわい。ほれ、そろそろもう一人の御伽噺の住処が見えてくるぞ」

 二人は今、荒野にある竜域を目指している。

 そこはかつて、ここにいる竜の娘が己の領土として譲り受けておきながら、逃げ出して放り出した土地を代わりに守る者がいる。

「ところでさ。さっきの、アレクサンドリア嬢のことだけれど」

「うん? 会っておらぬよ。なかなかの、人の寿命は短くて、気が付いたらもう亡くなっておる。そういうことの方が多い」

「そうか」

「でも、その子孫は一度見たことがある。結局嫁ぎ先は貴族を辞めてしまっての、商家に転身して、それなりに成功しとったわ」

「そっか」

「家紋がの、竜なんじゃが、どうも我っぽくてのお」

「それはちょっと調子に乗り過ぎでは?」

「いや本当。だって、目が金色と銀色じゃったしの」

「そういえば、お前の眼の色が違うのって何か意味があんの?」

「ない! 生まれつきじゃ。まあ、一説によるとの、この瞳は明け方にの、南の空を見やると映る朝陽と月を表しとるらしいんじゃがの?」

「やめろぅ」



 雷竜ラゴラディバリウスは、常より人の姿を取り生活をしている。

 人と交わる生活をしているわけではない。もとより、このあたりの荒野は人どころか竜でさえ近づかぬ不毛の地。

 決して、人が寄ることのない、追いやられた者が住むに相応しい最果ての地を領土としている。

 時折の強い風に砂塵がのり襲い掛かる竜巻を避けるために、岩陰に人のようなテントを立てて彼はいた。砂を避けるのに、表面積が小さい方が便利、彼が人の姿をとるのは、それだけの理由であった。

 それでも人と呼ぶ限界の大きな体。褐色の肌。遊牧民族のような衣服に身を包み、金色の指輪が武骨な拳を一つだけ飾り立てている。

 厳しき土地に住まう、厳しき人、といった風体の彼が、これから吹き荒れそうな突風を感じ取り、テントの固定と入口を閉じようと外に出た時に、突然の足音があっても、動じることなく振り返る。

 既に砂を全身に浴びて現れたその二人を見て

「飛ぶなりなんなり、ここまでくる方法はいくらでもあっただろうに」

 と苦言を呈した後、体についた砂を落とすように指示し、テントに入るよう促してくれた。

「いやあ、すまんのお」

「大して謝意もない癖に、謝辞を述べるな」

 雷竜は、娘の方も見ずに吐き捨てて、旅人二人のために白湯を沸かした。

 岩山の上の方で採れる山菫の根を乾燥させ摺り潰したものに湯を入れ、布で濾すことで、独特な苦みが癖になる黒い飲料が出来上がる。

 かつて、暇を持て余して遊びにきた灰色の竜に淹れてやったそれとおなじものが二人に出てきた。

「飲んだら、帰れ。いや、砂風が終わる前に飛び出られたら、入口から砂が室内に入る。天候が落ち着いたら出ていけ」

「そうは言ってものお、ひどい時は一昼夜吹くじゃろ、ここの風」

「寝床はそこの床を貸してやる。夫婦なんだから一緒に寝ろ、狭くても我慢しろ」 

 そう言って、奥から敷物と毛布を持ってきてくれた。

 剣士は、伴侶とその友人らしき者とのやりとりを眺めながら、黒い飲み物に口をつけた。

 苦く熱いが、どうにも癖になる味。この風の鳴り止まぬ閉鎖空間の中でも、心を落ち着かせてくれる。

 まるで、目の前の男のような飲み物だと思った。

 雷竜と目があった。

「お前は人間だったな。食事になるようなものはない。明日の朝まではその黒出しで凌げ。2杯飲め。多少は腹にたまるはずだ」

 そう言って、また湯を沸かし始めたのを見て、何も言えないでいると隣に座っていた娘が耳打ちする。

「あいつ、口が悪い癖に面倒見いいなって思ったじゃろ。そういう奴なんじゃ」

 こちらも見ずに雷竜は呟いた。

「聞こえているぞ」

「おわち」

 娘は、舌を出した。

 剣士も笑う。

「仲が、いいんだな」

 雷竜だけが、笑わなかった。

「良くはない。腐れ縁だ。忠告を無視してこの地からも逃げ出して人間との争いに身を投じ、あげくに殺し合いをした剣雄を伴侶にするとはな」

 事情は全て、お見通しだったらしい。

 そして、そんな彼の心中も、娘はわかっている。

「なんじゃい、我が結婚報告にすぐに来なかったくらいで拗ねるでない」

「お前が所帯をもったと風の噂に流れて、三年だぞ。まずお前の領土を預かる吾輩のところに最初に来るべきではないのか?」

「三年なぞ、竜のくっそ長い寿命の中では誤差みたいなもんじゃろう。いろいろとあったんじゃよ」

「うろうろして、門前払いくらい廻って、人間の町で飯を喰らって周るだけだと聞いていたぞ。新婚旅行気分か」

「おわち」

 剣士は、少し嬉しくなってしまった。

 彼女を、こんなにも迎え入れてくれる相手が、いたのだということに。

 そんな視線を見抜かれたのか、竜はこちらを見やる。

「あまり、俺がお前達の理解者であるなぞと思わない方がいい。結婚自体、吾輩とてよくは思っておらぬ」

「はい。それでも、少しずつでも理解をいただけるようにしたいと考えています」

「完全な理解を得る前に、寿命で死ぬ。人の命は短い。竜も、長いわけでもないが」

 不思議なものであった。その男の拒絶にも似た言葉が、それでもまっすぐにこちらに向かっているようで。

「まったく、口うるさい奴じゃのお。せっかく身内みたいなもんが身を固めて帰省したんじゃから、おめでとうの一つくらい言わんかい」

 娘がぼやく。

「だったら、この地に留まれ。この領土を、お前に返す時がきた」

 竜が、同じ口調で本題に入った。

「何を急に」

「急ではない。元々、吾輩の領土はここからさらに奥の水が湧き出る小さな緑地帯だった。この荒れ果てた誰も寄り付かぬ地は、お前の領土だったはずだ。それを、逃げ出したお前の代わりに預かっていただけだ。丁度良い、身を固めてここに二人で住め。吾輩は帰る」

「……旅はまだ途中じゃ。もうちょっと、預かってくれぬかの」

「その行路に答えはない」

「それは、我と旦那様で決めることじゃ」

「答えはない。いや、既に答えは出ている」

 雷竜は、告げた。

「我ら竜は、天上の遥かなる意志でここにいる、大地を管理する方法として、そう選ばれた。しかし、天上は人に殺竜刻印という技術を与えたのだ。それによって竜が死滅し、弱り果てた大地を人間だけで管理することになったとしても、そうやって地上を栄えさせると決断されたということだ。我々は、人の手の届かぬ果てを竜域とし、見守ることが定めとなったのだ。きっといつの日か、文明が進めばこの不毛の土地にも人の営みが持ち込まれ、追いやられるだろう。けれどそれは、お前の伴侶が生きている間には訪れぬ。二人で生きると言うのなら、この土地で、安らかに暮らせ」

 風が、強く吹いている。

 テントを、砂の混ざった大気が叩く。

 それでも頑丈な住処は外の悪天候から護ってくれていた。

「ありがたい、申し出なんじゃろうな。我と旦那様をそこまで想ってくれる竜なんぞ、兄様しかおらんて」

 娘が、隣にいる剣士に手を差し出した。

「そうだな。俺なんかが言える立場じゃないんだけれど、人と竜は、こんなにも、繋がっていて」

 その手を、握って。

 初めて、雷竜の表情が、少し緩む。

「ならば、よい」


「ごめんな。旅を続けるよ」


 風が、強く吹いている。

 娘が言う。

「どんな定めがあろうと、竜は皆、己の命を全うしようとしとる。我は、全ての竜に会いたい。会ってこの身の幸せを伝えたい」

 剣士が言う。

「例えどのように思われても、色んな人に詰め込んでもらった俺の中身を、生き様を全うしたい。それを、南空に見届けてもらうと約束した」


「きっと、この行路そのものが、答えなのだと」


 風が、弱くなりつつある。

 雷竜は、また同じ表情に戻って、二人を見る。

「あまりに、欺瞞。愛を誓いあい、破滅に足を進めようとする者達を、どうして言祝ぐことができようか」

 瞳に涙を滲ませて、二人を見る。

 そして、その話題を終えた。





 今は南空と名乗っておるそうだな。それはどういう意味を持つ?


 えー、それ訊いてしまう? 言っちゃおうかの。どうしようかのー?


 止めろ、そういうもったいぶり方、俺が困る。


 まあいい。そうか、お前はあの名を捨てることができたのだな。ならば南空とその伴侶よお前たちに告げるべき言葉がある。


 なんじゃい、ついに初めて竜から結婚おめでとうとか言ってもらえるのかの。


 おい、茶化すな。……ごくり。


 鎧竜ズィリーンが、正規庁直属剣雄討伐隊に捕獲された。


 ……はあ? なんでバレたんじゃ?! どこのボケがちくったんじゃ!


 おい、落ち着け……第何席の部隊です? その場で処刑はされなかったのですね。


 地域住民の抵抗もあったそうだが、第六席アシュラス卿の部隊が強硬に出たと聞いておる。彼女の身柄は拘束され、王都に連行される最中だ。処刑は王都で行うのだろう。


 行くぞ、旦那様!


 わかっている。しかし、少し風が落ち着いたと言っても、まだまだ砂が強すぎるぞ。これはお前が飛ぶのも大変だろう。間に合うのか。


 聞いておるのか? これに歯向かうということは、国にお前たちの正体がバレるということだ。それがどのような意味か。


 阿呆か! だったら何故我にそんなこと今更伝えた! そんな言葉で、我らが呪えると、足を止めると思ったか?!


 俺達が、それで旅を諦めると?


 ……少しでも、躊躇ってくれたなら、説き伏せる余地もあるかと思ったのだが


 まったく、お前はどこまで過保護なんじゃ。


 お前が危なっかしいからだろ。


 行くのか、どうしても行くのか。お前の伴侶を、危険にさらすのだぞ。


 ……旦那様。


「南空、お前を愛している。お前の全てを」


 ……。わかった。吾輩が連れて行ってやる。案ずるな、連れていくだけだ。戦うのは、お前たちが好きにしろ。


 ありがたいが、しかしこの砂風では竜といえどもうまく飛べまい。


 それに、ここから王都までは竜の翼と言えども。


 痴れ者共。竜姫よ、剣雄よ、吾輩を何と心得る。天地で最も速く飛ぶ者、雷竜ラゴラディバリウスを知らぬのか。この程度の砂塵、苦にもならぬ。瞬きの間に王都まで連れて行ってやるわ、さあ、出るぞ! 吾輩の背に乗れ!


 こいつ、急にテンション高くなったのお。


 竜ってそんなのばっかだな、って、うわ! 急に入口開けたから砂が入ってくる!





 

次回、最終回

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