表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

龍嫁夜話

 似ておったんじゃな、我と貴様は。

 うん?

 独り言じゃ気にするな。

 わかった、わかったわい。我も昔話でもしてやるから。


 ……惚れた男がおったんじゃ。

 いや、ちょっと待て、落ち着け。もう何百年くらい前の話じゃし。

 いや、ちょっと待て、そうじゃない。竜として、その振る舞いを認めることのできる人間だった、そういうニュアンスじゃ。

 早とちりするでないわ。我の伴侶は貴様だけじゃ。

 ええと、そうそう。

 その男は王族の者での。当時無茶苦茶をしておった国王と第一王位継承者であった長兄を諫めようとして逆に命を狙われて逃げておるところじゃった。

 たまたま、我が当時根倉にしていた廃墟神殿に逃げ込んで、あんまりうるさくされるが面倒だったので追手を追い払ってやったら、何を血迷ったのか我が天が遣わした助けみたいに感謝してきおっての、悪政から国を救う手伝いをして欲しい、みたいなことを言い出しおった。

 たわけが、と思いながらもな。

 他の人間のように我を気味悪がるわけでもなく、一個の存在として、己の理想を語り助けを求めてくるその心根が、心地よかった。


 まだ、人と竜の世界が遠く、そして密接だった時代じゃ。

 歴史を変える運命を背負った人間の力になってやるのは竜の務めであり、本懐であった時代じゃった。

 我と王子は旅をして、仲間を集め、力を蓄え、自分の父親を殺し悪王を継いだ兄と戦った。

 そして、王子は王となり、旅の途中で出会ったなんかいかにも女騎士って性格のキツい女と結ばれて、幸せになりおった。

 いい暇つぶしになったと思っての。

 我はまた廃墟で次の暇つぶしを考えておったら、その国が滅んだことを知った。

 傷を負った、あの女騎士、王妃か。それが、赤ん坊を一人連れてきての。

 どうやら、馬鹿兄貴の遺志をついだ悪党が起こしたクーデターで、王は死んだらしく、生き残った王妃は赤子を連れてここまで逃げてきたそうだった。

 阿呆よなあ。「この子をどうか頼みます」などと言って、その場で息絶えてしまいおった。

 竜の我に、どないせえと言うんじゃ。

 そう思いながら、我は生まれて初めて人の姿になってみた。

 赤ん坊が、怖がらんように、母親を真似ての。

 ああ、そうじゃ。我の人の姿は、その時の勝気な小娘の姿を真似たもんじゃ。それなりに、ええ女じゃろ? ん?

 で、王妃をとりあえず埋めてやって、旅じゃ。

 この赤ん坊、どうしたもんかと思っての。

 最初はどっかの孤児院にでも連れて行ってやるしかないかと思ったが、追手にカチコミかけられても困るし、信頼のおける奴がおらんかと思っての。

 ヴァルシャモンの岩山を訪ねた。

 当時は見渡す限りがあやつの領土で、そこには両手で数え切れんくらいの火竜が住んどった。

 さすがにここまで赤ん坊一人殺すために忍び込むガッツは人間にはないじゃろうと思ってな。

 まあ、叱られた。

 竜の世界に人間のいざこざを持ち込むなとな。

 そして、そんなに人間の世界に肩入れするな、と。裏切られた時が辛いぞ、と。

 と言うか、すでにもう一度裏切られとるからの。仲間の命取られて、黙ってもいられんかった。

 赤子を預けて、城に逆にカチコミかけたったわ。

 うん。

 怒りに任せて、暴れて、別に殺すつもりはなかった。

 あの子を狙おうとすることがどれだけハイリスクなのかだけわかってもらえたらええと思ったんじゃが。

 逆に奴らの恐怖心を煽っただけになってしまったの。

 何度も追手の軍勢が出されての。

 竜に攫われた王子を救い出すという名目で、何も知らん冒険者達にも追跡されて。

 ヴァルシャモンからも迷惑だから出てけと言われてのお。

 いや、人と火竜の全面対決と天秤にかけたら仕方のない判断じゃ。大分申し訳なさそうに言われてしまったわい。

 追手と戦いながら逃げてたら、かつての仲間で出世した騎士団長とか、市井に戻った占い師だの、色んな奴に再会しての。

 子供のことを託した。

 託して、我が赤子を匿っているふりをして国中を逃げて、追手の眼を惹き付けることにした。

 そうしているとな、困ったことになった。

 我が根城にしていた廃墟神殿な。竜がおらんなったからと解体されてしまっての。さらに、今の内にとばかりに開拓が進んでしまっての。我の領土がそっくり人間のものになって、縁がぷっつり切れてしまった。

 我の領土が消えた。

 そうなると、我も消滅してしまう。

 そこで、我は世界中の竜域を訪ねて、各地の竜に仮の契約を結んでもらい縁を繋いで寿命を繋いでおった。

 竜の居候に皆迷惑したんじゃろうが、我も他に手がなかったからの。

 多くの竜に迷惑かけて、赤子が成長するまで待ったよ。

 そして、奴の手足が伸び切った時、クーデターを起こした悪臣は自らが王になって、自分の子に王位を継がせておった。

 赤子は成長して、立派な若者になった。

 参ったわい。

 そっくりじゃった。あの時、我の神殿に飛び込んできた奴と同じ顔をしておった。

 我はこやつを王にしたくなかった。

 王族として、命の危険を冒させること。よしんば王になっても、同じようにあえなく命を落とすかもしれないこと。

 それを思うと、そのまま静かにどこかの田舎で幸せに生きてもらう方がいいんじゃないかと。

 そう思っての。かつての仲間、既に隠居の身になっておった者達と示し合わせて、この事実を隠すことにしたんじゃ。

 そうして、我は、その若者と縁を結び、どこかに身を置くことにした。

 もし、こやつに何か異変があれば、すぐに駆け付けてやれる場所を探すことにした。

 新しい居場所を探したいが、竜域と人域の境はどこもびっしりで、我が入り込むところもない。どこぞの独身竜のところに飛び込んで所帯を持つしかないかと考えておったところで。

 どこかの人間が、奴が亡国の王子であることを知らせてしまったらしい。

 王子は、あやつは、我になんの相談もせずに、奪われた王国に反旗を翻し、戦いを挑んで。

 死んでしまったよ。

 縁を失った我は、復讐の炎に身を焦がすこともなく死ぬはずであった。

 そんな我を捕まえて己の領土に囲ってくれたのがズィリーンじゃった。

 泣き喚く我を、慰めてくれての、気が住むまでいてもよいと言ってくれた。

 我が力を取り戻した頃には、仇となる者も、仲間だった者も皆、寿命で死んでしまっとった。

 気力をさっぱり削がれてしまった我をみかねて、ズィリーンが、ちょうど寿命で死ぬ予定の老竜のいる雪山の竜域を継いではどうかと提案してくれてのお。

 もう、人間に関わらんでおりたいと思った我は、その話に乗った。

 その時、言われたよ。竜は、人に関わらずにはいられない。


 竜は、自然の恵みの化身じゃ。

 竜のおる所は、緑がよく育ち、実り豊かである。

 しかしそれは逆なのじゃ、そういう豊かな土地、調和がなされたところが竜の住処になる。

 お互いに補完する存在。

 じゃから、竜の土地を奪ったところで、その土地は弱ってしまう。

 人間達はその理屈がわからずに、さらに竜の土地を求めようとする。

 調和の化身である竜はそれが逆に人間を貧しくさせると知っておるから、防ぐために人間を追い払う。

 その循環が、我ら竜なのじゃ。

 そこに、善悪の基準はない。

 だから、善い人間が悪しきに呑まれるのを防ごうとする行為は、本来、竜の意義ではないのだ。

 それでも我は、人の心に触れるのが好きだった。

 この哀れな生き物を、少しでも幸せにしてやりたかった。



 雪山で、一人の女と出会った。

 言えぬ事情で人里を追われ、あばら家で震えて暮らすそ奴のために、火の息を使ってやった。

 涙を流して、壊死した手で拝んでくるそやつをどうにかしてやりたくて。

 我は人の姿となって、そやつと共に過ごすことにした。

 それから、そやつの墓を建ててやり、そやつの子がおるという町を訪ねた。

 奴隷として虐げられていた子を連れ去って、雪山で暮らすようになった。

 その子は、母親の復讐のために山を降りた。

 我とは、縁を切って行ってしまった。



 それから、我は人も竜も寄り付かぬ荒野へ住まいを映した。

 近くに住んでて、たまに我の様子を見に来てくれておった雷竜は、我にもう人間に関わることを止めろと言ったよ。

 竜の死生観で、人間を縛るのはよせ、それで人は幸せにならないと。

 わかっておったのだがな。

 けれど、我と出会った人間は皆、哀しい最後を遂げる。なんてこと、認めたくなかった。

 せめて、誰かを幸せにしてみたかった。



 本当に、阿呆じゃのお。

 そうやって、それからも何度も何度も我は何人もの英雄と呼ばれるようになる人間達を導いて、非業の死を迎えさせた。

 その戦いの中で、死なせた人間も多い。戦って、殺した人間だっている。

 誰よりも多くの人間を死においやった、最悪の竜。

 伝説の邪竜×××××××

 それが我じゃ。我の、本当の名じゃ。とは言っても、自分の名前を思い出せんのじゃがの。



 どれだけの時間が経ったのか。

 人は竜に勝てないという摂理を壊すきっかけが生まれた。

 竜の炎によって精錬された鋼は、竜の魔力を帯びてしまい、火の息を遮り、竜の鱗に弾かれない性質を持つことがわかった。

 竜鉄を、大量に製造し、武器を作るという発想を、正規庁の役人が辿り着いた。

 そして、一体の竜に、頼み込んだ。

 我ではない。我なら、そんな人間を破滅においやる道具など、作ったりはせぬ。

 じゃが、そやつは受け入れた。

「あの邪竜に抵抗する武器が必要なのだ、と。それさえ済めばこの剣は封印し、誰の手にもわたらぬところへ隠す」と言った言葉を真に受けて、剣12本を打つだけの竜鉄を人間にくれてやった、どうしようもない竜が、昔おったらしいの。


 その鋼で打たれた剣は、人の心を読む。竜の心を感じ取る感受性をもった人間の心の波紋を、刀身に映し出す。

 竜を殺すに足る者のみに反応する印、殺竜刻印。

 それができたと聞いた時にの、わかってしまった。

 嗚呼、竜はもう人間の味方であることはなくなったのだと。

 もう、我に人を幸せにしてやることはできないのだと。


 諦めてしもうた。


 それから、何度となく剣雄達と戦った。

 まあ、我は最強の邪竜様じゃったからな、大体返り討ちにしておった。

 邪魔な軍勢も何回壊滅させたかわからん。

 そうして、何かもう、面倒になってきての。

 ここ、このわき腹のところのこの瑕。これを剣聖第六席とやらに付けられたときにな、戦線から退くことにした。

 知ってるじゃろ? そうそう、あの金髪でいかにも性格きつそうなのじゃ。何なのかのあいつ竜のこと毛嫌いしとったけれど。

 まあ、それでじゃ。


 どこか、身を寄せるところを探しておったんじゃが。

 剣雄どもに竜は大体ぶっ殺されての、竜域は消滅したり縮小したりで、我を居候させてくれそうな目ぼしいところはなかった。

 まあ、我も結構人見知りする方で、お邪魔しますって気軽に言える友達も少なかったしの。

 逃げても逃げても、我はずっと心を苛まれていた。

 我と共に生きて、不幸になっていった者達が、後ろ指をさす。

 そんなわけないのに、あやつらはそんなことするわけないのに、我の心の邪が責め立てる。

 逃げて、逃げて。

 それで、たまたま石切り場のあるあの谷で、骨休めをしとった。

 ところどころで縁を仮繋ぎして、土地の魔力をつまみ食いして、その土地の竜に怒られて逃げ出してを繰り返しておったら、本当、みじめになってきてのお。

 我、いったい何がしたいんじゃろって思ってたらの。

 

 そやつと出会ったのよ。

 誰もいなくなった石切り場の廃屋を住まいにして、隠遁して暮らしとるという、若い癖に年寄りくさい陰気な奴じゃった。

 そやつは不思議なやつでのお、訊かれてもいないのに、ぺらぺらとそれまでの我の数百年を喋ってしまっとった。

 飽きもせずに全部聞いてくれての。

 そして、最後に。

「あなたは、どうあるべきだと思いますか?」

 と聞いてきおった。

 どうしたいのか? ではなく。どうありたいのか? と訊かれたのは、初めてじゃった。

 それから、たっぷり時間がかかってしまったがの。

 返事をしたわい。


 そうしたら、そいつ、剣を取り出した。

 殺竜刻印の刻まれた剣じゃった。

 それで、我の中の何かを斬った。

 何かわからんが、我の中で、我を繋ぎ止めていた何かが切れた。

 我は、自分の名を思い出せなくなっていた。

 そやつは言った。

「あなたの中の、縁を切りました。あなたが抱える不要な罪悪感はその邪竜の名に基づくものです。あなたは、何者でもなくなった。あるべき生き方をしてください」

 そう言いおった。

 我は言ったよ。「返せ、それは、我が捨ててはいけないものだ。我のせいで幸せになれなかった者達の想いを、我が忘れてどうするのだ」

 うん。

 そうじゃの。あやつも、貴様と同じことを言ったよ。

 そ奴らは、皆、自分の意志で生きた。竜如きに人生を台無しにされたなどと思う者はいない。と。

 だから、我は自分の幸せを考えるべきだと。

 その瞬間から、我の中で我を責め立てる者達の幻影をみることはなくなった。

 それから、我は、あやつらが大好きだったのだと、ちゃんと言葉にできるようになった。 



 さて、そうは言ってもじゃ。

 確かに我は執着を失った、自死願望も消えた。

 しかし、何をすればいいのかなど、わかるわけでもないからの。

 あの剣士はどこぞへ消えてしまい、我はその谷と縁を結び、譲り受けた廃屋で人間の姿をとってぼんやり暮らしとった。

 たまに竜になって羽を伸ばしたりしておったら、偶然、迷い込んだ村人に見つかってしまっての。

 竜がおると大騒ぎじゃ。


 もう、忘れられたと思っておった石切り場を、竜から取り戻したいなぞと考え出す領主が現れて、討伐隊が我を仕留めにきた時に、どうするものかと思ったわい。

 こやつらが、我を殺して名をあげたいと言うのなら、まあ、それもええのかもしれんの、くらい思っておった。

 ちょっと吼えただけでびびって逃げ出すへなちょこばかりで、我も困ったがの。

 それなのに、一人だけ、まるでここで死にたいって顔丸出しで挑んでくる剣士が一人おったのには、面食らったわな。

 そやつの心は、かつて我が共に生きた人間達と同じように清々しくて、悩みにべたついて。

 我と一緒じゃと思った。自分は誰も幸せにすることができない、心の底からそう思っとるのがわかって。

 こやつを好きになりたい。もう一度、純粋に人を好きになりたいと思ったんじゃ。

 そして我は、もう一度人間に、好きになってもらいたかった。

 

 阿呆な話よな。ほんと。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ