『災厄』発生
■ ■ ■ 神の部屋で……
夢の神ソリエノが魔法の画面からロヴァリア城塞を眺めていた。そこには続々と増援の兵士達が配備されていく姿が映し出されていた。
『さすがの僕も……これほど一方的な展開になるとは思っていなかったよ……』
『すごいわねぇ、あの子達。ソリエノ教がいない方が世の中のためになるのではなくて?』
『……僕もそんな気がしてきたが……僕がそれを言ってはいけない気もするよ……ソリエノ教以外は全部味方にしちゃったねぇ……これだと力で均衡が崩れて大きな戦が起きるようになるよ……『災厄』システムも壊れちゃいそうだね』
『……壊れてしまって問題があるのかしら?』
『……無いな、娯楽の神と冥界の神の思いつきのシステムだからな……無かったら「地球」みたいに発展するのかもしれないね』
ソリエノが魔法の画面を閉じて、違う魔法の画面を生成し、そちらの方に食い入るように見始める。時の女神ロクノースが呆れた感じになる。
『……あなた、最近はあちらばっかり見ているようね。私達の子供達のことはいいのかしら?』
『……ああ、後は『災厄の妖魔』達がなんとかしてくれないと……僕の計画はもう駄目だろうからね……ちょっとした現実逃避さ。ちょっと気になっていることもあるからね。あちらに戻ったテンセイシャ達がどうしてるか……あ、テンセイシャと言えば……一応最後の神託でもしてあげるかな、最後まで勘違いした、勘違い教団のボス君に。あちらでは優秀だったんだけどなぁ……なんでこうなったんだろうか……』
ソリエノはロクノースの目の前で、魔法の画面を開き、ミバーフス司教達が眠る寝台へと画面を移動させる。
『さぁ、頑張ってくれたまえ、『災厄の妖魔』達に勝利を与えてあげてくれよ……』
ソリエノの手から赤い光が放たれ、ミバーフス司教達がいる神殿全体が包まれていく……
『あなた……私の見てる前でよくやったわね……』
『ああ、僕は君みたいにコソコソしないからね。もうフルオープンさ! さぁ、どうなるかなぁ……』
ソリエノが再び「地球」の画面を見始め、集中しだす。それを見ていたロクノースも一瞬「地球」の画面を出し暫く眺めた後、若干悲しそうな表情をしながら閉じて、再びこの世界の魔法の画面に映し出されている半狐人の少女を見る。
(……ミィナス……あなたの選択はあれで良かったのかしら……今でも私には分からないわ……)
§ § §
『皆の者! 見たか! 神託が降りたぞ!』
ミバーフス司教が神殿の寝所から飛び起きると同時に大声で叫び出す。彼が司祭や神官達の部屋にズカズカと入っていくが、殆どのものが『悪夢』でうなされている感じだった。丁度目覚めたばかりの神官の一人がミバーフスに気だるそうに質問をする。
『し、司教様……今回の神の導きは……一体……?』
『ああ、ソリエノ様が直々に道を示してくれた! これで『約束された大地』に行けるぞ!!』
『……』
興奮するミバーフスの反応とは全く違い、神官は思い詰めた表情になってしまう。それからもソリエノ教の教徒達が続々と目を覚ますが殆どのものの反応は同じ様な感じだった。が、家族を失った教徒達の目は輝きを増し、ミバーフスと同じ反応をしていた。
『ミバーフス様、これで我々も……家族のもとに……行けるのですね!』
『ああ、そのとおりだ! まさかこんなにも直接、未来を指し示してくれるとは思わなかった! 人を集めよ! 時はすぐに来る! 出発の準備を!』
ミバーフスの指示で信徒達が慌ただしく起床し準備をするために散っていく。それを見ていたミバーフスは満足気に周囲を見回した後に、ソリエノ教の石像へと目をやる。
『神よ……導きに感謝いたします。……アジーザ……もう少しだ……』
§ § §
あれから二週間が経った。既に空が災厄の黒い雲で殆ど覆い尽くされているが、地平線までは届いていない様で境界線が明るくなっているという不思議な感じだった。不気味さを感じるが、戦いに勝てば地平線の明るさを取り戻せる。そう思えると絶望の淵に立つこともなく頑張れるのだった。
俺たち『流星の狩人』はロヴァリア城塞都市に来ていた。大量の軍、兵士、探索者、魔術師、獣人族、魔人族……様々な種族、国のものたちがせわしなくこれから起こる大きな戦闘に向けて準備をしていた。今回の作戦では全員が同じ作戦を担当することにはならなかったので、作戦前の景気づけに最後の朝食をみんなでとっていた。
『そろそろかのぉ……』
『そうねぇ、こんな感じだったかしらね……』
『うむ……うろ覚えだがこの様な空だったな……』
『俺、初めて見る。やっぱり不気味だ』
上空を『悪夢』の記憶が強いもの達が見上げながら呟く……俺も見ているはずだが、記憶がそこまで鮮明じゃないのでそこまで分からないんだよね……その様子を見ていたチサトが彼らの意見を肯定する。
『そうね、今日の昼からの始まりで良いと思うわ。前回も朝ごはん……携帯食を食べた後だった気がするから……』
『そうだな、我々も勘違いで砦に潜入した際に……この様な空だったと思うな』
アスティリも若干不安そうに空を見上げていた。そこにほら貝の様な大きな笛の音が鳴り響く。
ヴォーーーーーー!!! ヴォーーーー!!! ヴォーーー!
『配備開始の知らせだな、それじゃぁ皆……頑張っていこうか』
『ああ』
『もちろん』
『頑張ってみるわ』
『あ、せっかくだから円陣組みましょう!』
『お、いいですねぇ、やっぱりこういう時は円陣ですよねぇ、さぁ、みなさん。もっと寄って寄って!』
シュウトくんが提案しアルヴールがノリノリだった。もちろん異世界人のみんなは理解が出来なかったが、テンセイシャ達が間に入ってその場にいたもの達が肩を組んでいく。まぁ、エルド達とは身長差がありすぎて上手く組めなかったので肩を持つ感じになってしまったが。
俺は円陣から周りを見回し、メンバーの表情を見て頼りがいのある優しい仲間たちに囲まれた自分を幸福に思った。なにやら珍しさと気恥ずかしさが手伝ってみんなの緊張がほぐれたようだった。
『よ~し、それじゃ、ここが最後の戦いだ、皆絶対に生き残ってくれよ! 勝って平和な未来を切り開こう!』
『『『オー!!!』』』
円陣を解いてばらばらになる途中にミィナスがチサトに話しかける。
『チサト、約束、守ってね』
『うん……そうならないように努力する。本気で』
『ありがとう……チサト……』
二人の間になにやらあったみたいだな……チサトのキリッとした表情は久々に見る気がする。それから仲間たちと一人ひとり握手をしてお互いを称えあい、作戦毎に散り散りになって持ち場へと向かっていく。
俺、ミィナス、ヴィナルカ、ミィナス、アルヴール、サナ、ラシータ、ダルラールは『神核』の防衛線の神殿前に向かった。最後の起爆はミィナス、ヴィナルカ、サナ、ラシータの誰かが暴発を誘発できる状態まで魔力を込めていたので、『災厄の妖魔』が出現する知らせと同時に起爆する算段になっていた。これが上手くいくと恐らく戦況がほぼ勝ちになると言う事だったので責任重大だった。
確認のために神殿の『神核』まで行くと、そこには厳重な警備と、中で最終調整をしているテンセイシャ、ダイチやルーカス達がいた。
『いよいよですね。一応バッチリなはずですが……』
『緊張するね、俺たちはこれで避難地区の方に引き上げるよ。後は……頑張ってくれよな……もうちょっと俺たちが強ければ……良かったんだけど』
『いや、ありがとう、ここまでやってくれて助かるよ』
彼らとも別れを済ませ、テンセイシャ達がロヴァリアで安全と言われる砦の中心の避難地区へと移動を開始する。この2ヶ月間、空いた時間にみっちりと鍛錬もしたが残念ながら妖魔との戦闘では死ぬ可能性が高かったので避難をしてもらう事になっていた。この街に来ていた非戦闘民達もそちらに移動を開始していた。
『いよいよね……どうなるのかしら……』
ヴィナルカが不安そうに空を見つめ、3ヶ月前とは別物になった城塞化した街中を眺めていた。いたるところに塹壕や有刺鉄線もどきなどで神殿まで侵入をしにくくした上、そこら中に対妖魔用のあまった『神聖球』爆弾がしこまれていた。もちろん魔力導線付きなので、誰が起爆しても……それなりに安全になっているはずだ。
『やっぱり、ソリエノ教くるんですかねぇ、あーし、ものすごく心配なんすけど』
『サナの心配はわかりますが、恐らく来ると思っておいたほうが良いと思います』
『シュウトもそう言ってましたからね。テンセイシャ達も狙うとしたら妖魔が出現してからだろうって』
『とりあえず、時間までは上で待機をしていよう。あの壊れずの石壁の中からは出現しないだろうからね』
俺たちは外に出て、神殿前の壁が築かれて、これから戦争が始まる雰囲気を醸し出している広場を見ながら空を見上げる。と、神殿は高台にあったので城壁の向こう、遠くの方にみなれた『穴』が複数、一気に開いていくのが見える。
『来たわね……』
『あれが……災厄?』
『うわー、聞いてはいましたが実際見ると凄いっすね……』
『すごい数で増えていきますね……予想通り大小合わせて216の穴なんでしょうか?』
ミィナスが過去の文献の情報を思い出したのか顔が険しくなっていく……見る感じだと『穴』の増殖っぷりを見る限り……本当にそれだけありそうだった。
ヴォーーーーーー!!! ヴォーーーー!!! ヴォーーー! ヴォーーー!
ほら貝の様な警告音が鳴り響く。恐らく妖魔が『穴』から出始め、戦闘が開始されているのだろう……遠くの方から魔法の爆発の音がしだし、周囲の騎士や兵士達が騒然となっていく……
§ § §
城壁の上では、魔術師達が驚きを持って戦況を見守っていた。その場を任せられていたドルテオ、ホムテオ、アスティリ達魔人族も唖然としながら状況を見ていた。
『なんて事だ……あれだけの数の妖魔が近づいてこれないとは……』
『フム、あれがテンセイシャ達が作っていた塹壕「トラップ」だな。私も見てみたが、深く落ちた穴の底に槍衾がある上、大砲や魔法を撃って落ちた妖魔を駆除するらしい。この数だと出番がないかもしれないな……素晴らしい。突撃しか能の無い妖魔をはめるにはうってつけの罠だ』
『ホム、楽観視するな。まだ『穴』の数は半分にも満たない、徐々にこちらに押し上げてくる感じだ……飛行型がおらんのが救いだな……』
指揮官でもあるドルテオが『穴』の位置を確認する。まだ『巨大穴』の出現はないようだった。
『おかしいな、共和国軍と王国軍側へ妖魔があま向かっていないように見えるな……裏手も同じ感じか』
『ああ、なるほど確かに、俺の目でも……と言うよりほとんどこっちに向かっているな。作戦は大丈夫か?』
アスティリは目を細めて塹壕トラップに落ちていく妖魔の向こう側を見ていた。
『フム……こっちに引き付けている間に、周囲の『穴』の浄化を頼むか。伝令! 王国軍、共和国軍、帝国軍、ディソスラパ連合軍に周囲の『穴』の浄化作戦開始の連絡を!』
『はっ!』
ドルテオは遠方に展開されている頼もしい友軍の姿を改めて確認をする。『悪夢』では敵として戦った者達が仲間になっている……今のこの状況がかなり有利な展開になっているのを実感していた。
§ § §
帝国軍が臨時の砦を出てからじわじわと戦線を押し上げていたが……『穴』から落ちてくる妖魔の殆どが軍に背を向けてロヴァリアの方へと走っていく姿に場が混乱をしていた。
『陛下! 動きがやはりおかしいです! まるでこちらが見えていないような……』
『わかっているよ。俺もおかしいと思う。まるで『神核』……それかチサトを狙っているようにしか見えないな……これなら楽々と『穴』を浄化していけるが……将軍、指揮は任せた。これならウチの兵士、人民達の被害はかなり少ないだろう。俺は出るぞ!』
『……お止めしても駄目でしょうな……護衛隊、ついて行けそうなものだけ付いてけ! 陛下が力尽きたらお守りしろ!』
『『『はっ!!』』』
『……いいね。俺のことがわかっているじゃないか……』
皇帝のガレリスは殲滅魔術師のガリィとして少数の護衛を引き連れてロヴァリアへと向かうのだった。
§ § §
『『大穴』出ました!』
『わかったわ! 全軍前進!! 目標大型妖魔!!』
アルティアの掛け声とともに王国軍が前進を始める。レグロスが馬を寄せて彼女に話しかける。
『ティア、妖魔の動きは見たこともない動きだ。妖魔全体に統一した意思があるようにみえる』
『そうね、私達の知っている妖魔は、近くにいる生物に見境なく襲いかかる……だものね。これってフォレスタの街で落ちてきた巨大妖魔の動きに似ていると思わない?』
『確かに、巨大妖魔は神殿の方へと迷わず進んでいましたね……ダムの時はチサトを追っていましたね……今回はどちらでしょうか?』
『チサトは今はロヴァリア本陣よね……伝令兵! ロヴァリア本陣に通達! 妖魔達の動きがおかしい、神殿かチサトの方へ向かっていると伝えて! 作戦変更があるかも聞いておいて!』
『はっ!!わかりました!』
アルティアが唇を噛み締めながら戦況を見守る。大量の魔法と神聖槍で貫かれた巨大妖魔が黒い煙へと帰っていく所を見ながら、装備や戦力が十分な事を確信する。
『レグ、私達は『災厄の妖魔』が出る時には王国軍を離脱しよう。恐らく……あいつは迷わず神殿を攻撃すると思うの……例の光の大砲で』
『私も同じことを考えていました……ティア、力は温存ですよ。あなたの力はここぞという時に使いましょう』
『ええ、物凄くヤキモキして、イライラするけどね……』
『……言葉遣いがどんどん探索者仕込になっていきますね……』
『あなたもね、レグ』
§ § §
『まさか『災厄』を包囲殲滅作戦することになるとはね……』
『カズヤ叔父さん、それは普通のことではないのですか? この数の軍がいれば、妖魔を数で押して、被害が広がらないようにするのも……ですが? 違いましたか?』
カズヤのつぶやきが意外だった共和国軍のフォルメル将軍が思わず内容を聞き返していた。
『ああ、そうだよな、この光景しか見ていなければ……そう思うか。30年前の戦いは酷いだけだったからな……』
共和国軍はジリジリと戦線を前々へ通しやり『大穴』の浄化を順調にこなしていっていた。その中には鬼人族や狐人族などの姿も見られ武勇を発揮していた。
『……仲間になると非常に頼もしいですね。我々が10人でかかる所を一人で倒してしまう……ヴォル兄さんが絶対に戦うなと言っていた意味がわかりました』
『ああ、そうだな……近衛騎士レベルが一般兵士って感じだな……しっかし……『災厄の穴』が中々出て来ないな、どういう事だ?』
カズヤは前回の『災厄』との違いに戸惑っていた。ただ、目の前の妖魔が記憶と違い、軽々と葬られているところを見ていると、これは良い方向に転がっていると感じざるをえない状況だった。
§ § §
ディソスラパ連合軍の中で鬼人族のミナモト・ユキムラは唖然としていた。眼の前の圧倒的な光景にだ。
『なぁ、これってどーなってんの? 俺の出番無くない?』
『良いではないですか、大型をも簡単に沈めているのです。出番は巨大型、超巨大型が出てからですぞ』
『ああ、それなら良いんだけど、巨人族ってこんなに強かったのか……ちょっと一方的な戦いになってか妖魔が可愛そうなくらいだな』
『妖魔に慈悲を掛ける必要はないかと……』
ユキムラ付きの護衛兼参謀が呆れた感じになる。巨人族が妖魔を止めている間に後ろの妖魔を狐人族の魔法や巨人族の剛弓部隊が殲滅し、取り漏らしを若干気だるそうにした獣人達が簡単に屠っていく。彼も戦況を見て今のところ安心をしていた。聞いていたほどの悲惨さが今のところ無かったからだった。
『ですが、明らかに妖魔の動きがおかしいですね。襲われているから反撃するくらいです。それに小ぶりな妖魔が多いような気がしますな』
『ああ、たしかに、ヴァルティリ城の前の奴らのほうが歯ごたえあったな……まぁ、良いか、じゃんじゃん浄化をしていこう、キョウカもそっちのほうが助かるだろう』
『そうですな。妖魔がロヴァリア城に行くことを優先しているように見えますからな……あの方は災禍の中心にいてしまう運命なのですなぁ……』
『ああ……折角、運命に抗がい生き延びたのだ……この戦いでも生き延びてほしいものだ……』
§ § §




