打ち上げ
五話目、本日はここまでです。
暁の星傭兵団はレハナ伯爵領の領都へと帰還していた。
暁の星の定宿『晴夜』は大きめの宿と言った感じで、建物は五階建てにして食堂は広く、その端には吟遊詩人や歌姫や小さな楽団も演奏できる舞台まであった。
その舞台のある奥の、窓側の角の席、そこがセラフィーのお気に入りの席で、この辺りの冒険者や傭兵はまずこの席は開けておく。店主もここには他の客を座らせないほどだ。……セラフィーが暴れるので。
カルヴァイン団長たちは冒険者ギルドへ報告と抗議に行っているので団員だけ散り散りに広い食堂の各テーブルで酒や飯に興じている。
セラフィーは酒である。ドワーフなのでもちろん大好きだ。いいブランデーの香りがしたらその場で二時間くらい機能停止する。今も片隅の指定席で膝を組んで背もたれにだらしなくもたれて、片手にはブランデーの入ったグラスを持ち、酒の香りを楽しんでいる。
「おめえ、飯も食えよなあ」
「ここは飯は不味い。酒は美味い」
そう言いつつ、グラスを傾ける。彼女にしてみれば美味しいジュースだ。
この宿のオーナーでもあるこのオヤジ、レンジュは配膳係がいるにも関わらず暁の主要メンバーには自分で配膳する。話題の収集もこの男の仕事である。セラフィーにしてもこの男や他の店にも行って情報を集めたり撒いたりするのが一つの役割だった。
人嫌いで怠け者のセラフィーだがその辺りは怠らない。レハナ領都に帰ってからもすでに八百屋の情報通の店にすでに顔を見せていた。八百屋の女将モニカは情報をやり取りする仕事をしてくれる、いわゆる情報屋だ。その際バカに高い瓜を買ったりすれば聞きたいことは勝手にべらべら喋ってくれるし、撒きたい噂を撒いてくれるのだ。最初はただの噂好きなおしゃべりオバサンだったのだが、いつの間にかそういう役回りになっていたらしい。領都レハナのことなら裏も表も知り尽くしている。
なので意外とセラフィーは情報通だった。戦闘スタイルは脳筋が極まっているが。パワーイズジャスティスである。ハンマーがあれば世の中だいたいなんとかなる。
「ん、漬け物と腸詰めはうめえな」
「他所から卸してるからな。知ってて言ってるだろ」
「酒もな。『モグラの宝石』はもう無いか」
「はあ、ああ……残念だがもう出回ってねえな」
「だいたいは私が回収したからな」
「あそこのブドウは本当に物が良かったからな…。まだ畑は残ってるはずだが……」
「どこかにドワーフのキャラバンでもあればいいんだが」
この二人の会話は、聞くものが聞けば哀しい話である。事実、横に座るルシアは哀しそうな顔をしている。事情を知っているがゆえ、口は挟まないが。
「そろそろエリさん来るか」
「準備は終わってるが、まだ時間が早い。飲んでろ」
「枝豆とブランデー適当にひと瓶」
「あいよ」
しばらくしてテーブルにエルフのセリナが座り、もう一人狼人の少年カートが座った。セラフィーからステージが見えるように座るのはもう暁の星メンバーなら周知のこととなっている。ちなみにカートの姉のアイリスは現在は団長に着いて交渉を学んでいる。
「本当にドワーフはお酒好きね」
「赤子の頃から水割りワイン飲まされてるからなぁ」
「水が悪いからだった?」
「飲めなくはないけどあんまりよろしくはない。ワインで割った方がかえって安全」
「まあドワーフだからいいんだろうけど」
「ちなみに水の出る魔道具あったけど」
「やっぱり飲みたいだけじゃないのドワーフ!」
昔はなかったのである。600年くらい前だが。
セリナと話していると、そこにさらに妖精が飛んできた。手のひらに乗るくらいの大きさの妖精で、全体的に白く、淡い青をまとった儚い色合いに、トンボのような四枚の羽根を生やしている。花から生まれるので性別は無いらしい。名前はウーシャンという。
「セラー、一杯おくれよぉ」
「自分で頼め」
「まあ一本買うわよ。みんなで飲みましょ」
「よっ、セレナ太っ腹!」
「太くないわよ!」
「セラ以外大平原」
「なんか言ったカート?」
「カート様は命がいらないとおっしゃりましたか?」
「なにも言ってません! 美人が三人もいて嬉しいなあ!!」
カートは基本的にアホである。あと巨乳好き。姉のアイリスの苦労が偲ばれる。ちなみにアイリスはわりと大きい。着やせするタイプなのを女性陣は知っている。
やがて酒も進み日もすっかり沈んだ頃、食堂がにわかに騒がしくなり、奥から一人の女性が歩いてきた。
美しい氷のような青いドレスに身を包み、杖のような物を持って歩いてくるその女性は、白い肌に銀の長髪をたなびかせ、深い青い瞳を涼やかに輝かせていた。
切れ長の美しい瞳ながらどこか幼さを残すその目は、まるでそこにある空気を吸い尽くすように深く、青く、美しい。
真っ白な肌に白い手袋と白いロングソックス、青い靴はヒールも高めですらりとした美しい肢体が強調されている。
その長い耳と白銀の髪と青い瞳が、彼女が伝説のハイエルフであることを知らせていた。
「エリさん……やっぱり何度見ても息を飲むほど美しい……」
「本当に……同じエルフとは思えないわ……やはりハイエルフは神の眷属よ……」
「……一つステージが違う生き物だよな……」
「妖精のボクでも見とれるよ……」
「私も綺麗になりたいです……」
ざわざわと話し声が続く。その全てがエリの美しさを讃える声である。
と、ステージの中ほどに立ち、エリが杖をマイクのように口もとに当てる。実際にどういう仕組みかマイクの機能もある謎のアーティファクトだったりするのだが。
「皆さん今宵もよくお集まりくださいました。エリです」
彼女が話し始めると喧騒は一瞬で治まる。彼女が声を上げれば世界から争いもなくなるとセラフィーは本気で信じている。争いは好きだから言わないが。
「さっそく一曲歌わせてください、『異世界道具店』」
タイトルを聞いて「よっしゃ!」と心の中で叫ぶセラフィー。一番のお気に入り曲だ。心の中でさっそく歌詞を思い出している、と、イントロが流れ始める。なにやら魔道具を使っているらしくスピーカーのように音が広がっていく。そしてやがて、ゆっくりエリの唇が開き、音が紡ぎだされる。
ここは異世界道具店 今日ものんびり暮らしてる
ここは不思議な道具店 私の望みも叶うかも
店番一人きり魔女っ娘帽子の 可愛いあの娘が待ってます
不思議な時計が 刻んでくれる 優しい時間を 見せてくれる
ここは異世界道具店 不思議なアイテム揃ってる
きっと希望と 切なる願い あなたのために 叶えてみせる
店番はりきり 魔女っ娘ローブの 可愛いあの娘が 待ってます
ここは不思議な道具店 あなたの夢を叶えるわ
曲が終わった。瞬間にぶわり、と音がするほど大量の涙を流すセラフィー。
「めいきょく~! 神、神ーーー!!」
パチパチと拍手して声を上げるセラフィー。非常に珍しい彼女のハッスルぶりだがセラフィーだけではなくあちこちの席で拍手と声が上がる。
セラフィーのテーブルに座る他の四人も食いついて聞いていたのか、はっと気づくと拍手していた。実はカルヴァイン団長やガムマイハート副団長も大好きな曲だったが、残念ながら抗議が長引いているらしくて聞き逃してしまった。まあエリはアンコールで三回は同じ曲を歌わされるのが毎度のことではあるのだが。
ちなみに里の記憶以外、他のことではほとんど涙を流さないセラフィーがなぜか彼女の歌だけは泣いてしまう。どうも前世に聞いた曲調の気がするのだ。記憶は無いのだが。エリも自分と同じ存在だとは聞いている。
セラフィーは転生者である。異世界と聞くと、いつも、そのことを思い出してしまうのだ。
明日からは一話ずつ更新します。
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