鳥海仁
おれから見た是枝芹那はよく言えばマイペースで、少年のような健康的な感じの子だった。けれど、その長所の裏返しで言えば鈍感で色気がなかった。
色気がないというのは見た目や雰囲気の話ではない。彼女は恋愛というものを勝手に自分の枠外に置いてしまうところがある。それはそのまま鈍感さにも繋がるものだった。
是枝は普段華やかでモテるタイプの友人ふたりに囲まれている。是枝にとって彼女達はとても素敵に映るらしく、軽い崇拝ともいえる評価の高さから自分を下げて見ているように感じられた。とはいっても、それは是枝にとって当たり前のようで、過剰に卑屈な感じではなかった。
一目惚れだった。
惚れっぽいほうではない。そもそも自分の好みなんてそこまで把握していなかった当時、女の子はみんな可愛いなと思うし、そこにさほどの区別はなかった。だから彼女の一体どこが特別なのかはいまいちぴんと来ないまま、彼女の周りはなぜかピカピカ輝いて見えた。
人見知りはしないほうなので、比較的誰とでもすぐ仲良くなれる。でも、是枝とはなかなか打ち解けられなかった。
こちらが気にしているから、普段人と話すときにはさほど気にしていない向こうの好意のなさだとか、警戒されていることにもしっかり気がついて気にしてしまう。
最初に是枝とよく話していたのは国松だった。
国松はわかりやすく彼女に好意を出していたと思う。当の彼女がどう受け取っていたかは不明だが、集団の中でほのかな特別をよく匂わせていた。次いで明るく愛想の良い土方も打ち解けた。おれだけは、なかなか話すきっかけを持たなかった。
そのきっかけがなんだったのかはわからないが、珍しく彼女が追いかけて挨拶をしてきた朝から、急に自分への警戒が解けたのを感じた。
仲良くなった彼女は前よりいっそう可愛く感じられた。誰にでも向けるわけではない笑顔を向けてもらえるのは特別な感じがして嬉しかった。
是枝はペラペラ話すほうでもないので、何を考えているのかがわからない。たまに向けられる無防備な笑顔がないとすぐ不安になる相手だった。
一度機会があって一緒に帰ったことがあったけれど、いつも他の人としているように会話を繋げることもできなかった。彼女は何を考えているのかわからない。
けれど、振り返れば彼女以外の他人の気持ちがわかるかといえばそうでもなかった。自分は誰とでもよく話していたけれど、その相手が本当は何を考えているか、どう思っているかなんてのを細かく気にしたことがなかっただけだ。その場で楽しく話せれば、険悪にならなければオーケー。嫌われても露骨さがなければ距離を置けばいいだけだと思っていた。
自分はクラスメイトや同じ歳の人間に対して少し俯瞰で見ているところがあった。
馬鹿にしているわけではないし、すごいなと思うやつはたくさんいたけれど、自分をその中に入れて比較したり張り合ったりするような気にはなれない。たとえばみんなで盛り上がっていたりしても、なんとなく、それをテレビの前で見ている視聴者のような気持ちになってしまう。
それはどこかひとまわり歳下の人間を見る目に似ていたかもしれない。そのせいか是枝にはたまにじじむさいと言われていた。
とんでもないと思う。人生経験を積んだ本物のじじいなら彼女との会話も、もっとうまくやれただろう。おれはしょせん、じじむさいだけの高校生だった。
夏休みに入ってすぐ、玲ちゃんから好きだと言われた。
彼女の好意には気がついていた。もともとわかりやすく、図々しくはない程度に態度に出して教えてくれていた。おれはそれに対して、すげなくしない程度の拒絶を匂わせていた。友達だし、嫌いなわけではない。彼女は夏休み半ばに集まったときも、以前ほど親しげではないものの普通にしてくれた。
そのころから土方は玲ちゃんの相談に乗っていると聞いた。なんの相談かは知らない。そんなものを安易に人に言わない彼だから相談したんだろう。ただ、そのころからなんとなく、土方は玲ちゃんが好きなのかもしれないと思うようになった。
そうして翌年の夏休みには、玲ちゃんは土方と付き合うことになった。
意外だったのは国松が吉村壱子と付き合いだしたことだ。
国松は是枝が好きだと勝手に思っていた。
勝手に思っていたことではあったけれど、かなり確信はあった。人伝に聞こえた話だと国松は過去に誰もが羨むような可愛い子と付き合い浮気されたことがあって、似たタイプの吉村のことはたぶん少し敬遠していたのだと思う。
*
高校二年生の夏休みも終盤の頃。
友人連中がそれぞれ意中の子を射止め、おれはひとりで真っ青な海を目の前にしていた。
去年一度、全員で訪れたことのある場所だった。ビーチからは外れて、堤防のある方向に進む。
あのとき、こちらの風景をじっと見ていた子のことをなんとなく思い出しながら、堤防に腰掛けた。全員が揃うと特に是枝は自分の希望や意見を言わなくなる。だからわざわざ口にしなかったけれど、ここからの景色を少し見たかったんじゃないだろうか。
海は青い。広い。おれはそれを見ながら改めて落ち込んでいた。
自分にとって当たり前で、特に気にしてもいなかったことが他人との比較で情けないと気づかされてしまった。
べつに自分の好きな子が横からかっさらわれたわけではないけれど、何ひとつ前進していない自分がむなしくなった。
生きてきた中で恋愛経験が皆無なわけではなかった。けれど子ども時代のそれは具体性に欠くものだったし、それに恋愛なんて相手が変わると動き方や対応が変わる。相性もあるかもしれない。早い話がおれは彼女が相手だと、なにもできないでくのぼうになってしまうのだった。
一番に強く恋愛感情や劣情を向けている相手なのに、一番そういうものを向けてはいけない気がしてしまい、下心をことさら隠してしまう。きっと、彼女を美化しているんだろう。そして拒絶が怖かった。
そうしているうちに完全に身動きが取れなくなった。それが今現在の状況。
けれど、広い空の下でひたすら海を見ていたら、いい加減馬鹿馬鹿しいような気持ちになった。
何やってるんだろ、おれ。
人の気配を感じて振り向くと、ぽかんとしたような顔の是枝がそこにいた。
学校じゃない場所で顔を合わせて、現実感が少し薄かったのかもしれない。そのとき、普段の距離感を完全に見失った。そこにいる是枝は自分の妄想の産物のようで、なんだかどうにでもなれという感覚になった。
嫌われても、振られても、今よりはいい。いい加減、動かないこの状態がストレスだった。
投げやりと似てるけど違う。これはきっと、開き直りだ。自分でガチガチに固めた線を、引きまくった距離感を、ぶち壊したくなった。
おれは、彼女に、性的なものを含む恋愛感情を抱いている。
それを自分と彼女にとって明確にしたいような気持ちになった。けれど、その時点でなぜだか嫌われて当然のような罪悪感を抱いていた。
だからやっぱりおれは振られようとしたのかもしれない。
知れよ。
知ってくれよ。思い知れ。
そんな気持ちでとりあえず胸を鷲掴んだ。
思ってたよりトチ狂った動きをした自分に軽く引いた。しかし、向こうには意外と普通にというか、むしろ意外な反応が返されてびっくりした。違う一面を見せられて、余計にまいった。
そこから、彼女のほうも普段の距離感を見失ったようで、いつもの数倍砕けた感じで話した。
自分で引いた線を消して、美化していたような、どこか近寄り難い偶像にしていた彼女を人間に戻してしまうと、関わりは以前よりもっと楽しくなった。




