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8月31日 午前10時 海



 わたしにしては結構遠くに来たはずだった。

 その証拠に海が見える。海は家の近くにない。わたしができうる限りの遠方にはたどり着いていた。

 わたしはここでいっちょ、高校二年生の是枝これえだ芹那せりなとしての人生を今一度じっくり考えてみようと思ったのだ。


 夏も終わりのその海は人もまばらで、いるのはクラゲばかり。風ひとつなく、晴れてはいても静かなものだった。


 しかし、なぜか見知った背中がそこにあった。堤防の端っこに座って微動だにしないその後ろ姿をわたしが見間違えるはずもない。

 クラスメイトの鳥海とりうみじんが風景の一部のようにそこにいた。


「トリ、なんであんたがここにいるの?」

「エダ、お前こそ……まさかおれをつけてきたのか?」

「んなわけないだろ……」


 冷たい目で睨みつけると鳥海は「はは……」とうすら笑いをして誤魔化した。


「わたしちょっと、ゼツボーしてさぁ……」

「絶望って、まさかあいつらに彼氏ができたからじゃないよね」

「……そうだけど」


 わたしの友人、玲香れいか壱子いちこの数字名前ふたりは最近揃って彼氏ができた。鳥海もそのことを知っている。

 なにしろ普段は鳥海の友達三人、土方ひじかた国松くにまつの幕末系名字ふたりを加えた計六人で遊んでいることが多かったのだ。先日たまたまわたしが腹痛で会合に不参加し、鳥海の理由は知らないが彼もおらず、その日その場のノリがホンワカと盛り上がり、めでたく二組成立したらしい。


「喜ばしいことじゃないか……エダには人の幸せを祝える心がないのかね?」

「うっ……嫌なこと言うな。わたしだって友達の幸せは願ってるし祝ってるよ。でも……わたしだってわたしの不幸を悲しむ権利はあるでしょ!」

「友達の幸せが不幸な時点でいかがなものかと……」

「だってわたしだけが青春から取り残されたんだよ! これ由々しき事態でしょ!」

「あっはは、大袈裟だなぁ」

「トリ、あんただって同じでしょが」

「そうだけどぉ、どーせ高校生の付き合いなんて、すぐ終わるよぉ……あんなのその場のノリだろぉ」


 完全にその場のノリかというと、男子勢は知らないが、女子勢は結構前からそれぞれ恋心を温めていたのを知っているのでそこは賛同しかねる。


「そうかなぁ、玲香も壱子も、すごく好きみたいだよ……」

「いやいや聴いてる音楽の趣味が合わずに大げんか。ポテチ最後の一枚を取り合って大げんか……。売り場の最後のひとつのプリンを取りあって大げんか。ジュースの取り合いで大げんかとかして……どうせ別れるでしょ」


 なんだか聞いてるといやしいカップルだ。


「それでなくてもどっちかが浮気して大げんか、卒業して遠距離で大げんか。どうせ大げんかして……別れるし……はは……ははははは」

「トリ、もしかしなくてもあんた十分友達の幸せ呪ってるよね……」

「嫌なこと言うね。おれは現実的な未来の想定をしてるだけでゃから……」


 動揺で軽く噛んだ鳥海の顔と目が合って深い溜息をもらす。


「あー、わたしも彼氏欲しいよう……」

「おれだって……彼女……欲しい」


 鳥海はわたしに続き、小声ではあったが素直に本音らしきものをこぼした。


「あいつらより、おれのほうが彼氏にしたら百倍いいやつなのに……ハナマルお得優良物件なのに……」

「ハァ……わたしだって、たぶん胸は一番大きいと思うんだよね」

「えっ、そんなふうに見えないんだけど」

「着痩せするんだよ……」


 ふうん、と言った鳥海は唐突にわたしの胸をガシッと掴んできた。


「ぎゃあーっ!」

「あ、本当だ」

「な、なにゃにすんの!」


 鳥海はわたしの胸を鷲掴んだ手のひらをしげしげと見つめている。めちゃくちゃムカつくし忌々しい。


「こんの野郎ぉぉ……」


 わたしは素早く身をかがめ、腕を伸ばす。アッパーカットを繰り出す角度で鳥海の股間をガシッと握った。


「うッ・ぎゃああああー!」

「……うん」


「お、おま、なんちゅうことするんだよぉお!」


 股間を押さえて後退する鳥海を横目で見てふん、と鼻を鳴らす。手のひらを見つめ、すん、と嗅いでみた。


「海鮮の匂いがする……ような気がする……」

「重ねてやめろおぉおぉ!」

「トリ、自分のしたことの重大さがわかったか?」


 腕組みして聞くと鳥海は涙目でコクコクと頷き何度も謝った。


「エダって、可愛いのにやることえげつないよな……」


 言われてキツく睨みつける。


「トリは……なんか、簡単に可愛いとか言っちゃうよね」


 わりと誰にでも。


「……そういうとこ、わたしめがっさ嫌い」

「エダはストレートすぎるよ……」

「ふん。素直なもんで。やめて欲しいんだ」

「いや、おれ、じいちゃんがイタリア人なもんで……そういう教育されてんだ」

「えっ、そうだったの?」

「嘘だけど」

「キサマ埋めるぞ」

「それは嘘だけど、おれだっていつも嘘ついてるわけじゃないし。可愛いと思ったときにしか言わないしぃ」

「トリは可愛いと思うもの、多いよね……」

「悪いことじゃないだろ」


 悪い。すごく思わせぶりで期待させる邪悪だと思う。

 しかしたしかに鳥海は女の子だけでなく、道端の犬猫や、お花、へんちくりんなゆるキャラだとかにもすぐ可愛いと言う。女子かよ……と思う。


 溜息を吐いて海を眺める。

 海は塊で見るとただそこにあるけれど、細かく見ると一瞬も止まっていない。


 考え込んでしまう。

 もし、鳥海とわたしがあの日その場所にいたら、他のメンバーと一緒になって、その場のノリで付き合っていたんだろうか。周りの空気を壊さないために、仕方ないよねって、あまりものでくっついて……そんなのは、嫌だ。

 それに、女子勢の好きな相手は知っていたし、奇跡的に全員被ってなかったけれど、男子のほうは知らない。ひとりふたり好みが被っていたかもしれない。そのほうが自然だ。というか、そのはずだ。


「トリはさー」

「うん」

「玲香のこと、好きだった?」

「…………なんで?」


 鳥海が目を見開いた。

 否定しない。これは当たり。


「そんなの見てればわかるし」

「エダは、国松が好きだったもんな」

「はぁ? なんで?」


 見当違いもはなはだしい。

 しかしトリはわたしの顔を見て我が意を得たりと頷いた。


「見てればわかるしぃ……」


 そんなわけで、わたしと彼はふたりとも失恋組として海を目の前に溜息を吐いてまたうなだれた。




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