脅威との対峙
いよいよ来た初任務の日。
「実戦経験を積みつつ仲間の特徴を知る」という名目で、ローディアンは新人2人に5つの任務を手配した。第一日はローディアンと共に、第二日はシンシア、第三日はゲン、第四日はディリジェンス。そして最終日は、新人2人のみの任務だ。
「今回の任務は、カワード付近の廃墟に確認された魔力反応の調査、及び脅威の排除となります。先遣隊は消息不明、通常戦力での対応が困難と判断され、ブライスメントへ任務が委託された経緯があり、最大限の警戒が必要です」
肩に力が入っている様子のクリスに、ローディアンが優しく声をかける。
「クリス、良い情報支援だ。作戦前の情報伝達には、長過ぎず短過ぎずの加減が重要となる。これからも続けてくれ」
「は、はいっ、頑張ります」
そんな姿を羨ましく思い、フランはため息をついた。こんなに素直に褒めて貰った事が何度あっただろうか。
「どうしたフラン、悩み事か」
「何でもなーい」
「戦場に身を置く者には自己管理が必要だぞ。特にお前は魔力を多用する都合上、メンタルケアは必須だ。仲間を利用し、常に最高の状態を保つようにしなさい」
「……分かった」
それはローディアンからの、自分を頼れというメッセージだった。しかしそれがフランに届く事はなく、いつものようにまた、すれ違ってしまう。お互い、素直に自分の気持ちを伝えられないのだ。
「お話中申し訳無いんですけど、間もなく作戦エリアですので、準備をお願いします」
運転手を任された、ローディアンの友人の声で、3人は緊張感を取り戻す。先程のクリスの物とは違った、戦う者の緊張感だ。
「機器の最終チェック……異常ありません」
「こちらもアーマーに異常は無い、フランはどうだ」
アーマーを呼び出し装着する。各種機能は問題なく作動しており、武装類も発射可能だ。
「大丈夫、問題無いよ」
「では調査を開始する。オペレーターは異変があり次第、随時報告しろ」
「了解」
支援車両を降りると、ローディアンはハンドガンを1丁、フランに手渡した。
「いいよ、このアーマーには固定武装が付いてるから」
「万が一の時の為だ、魔力に関係なく使用出来る武装は持っておけ」
ローディアンは魔力を信用していなかった。人類誕生と共にありながら「意志に呼応する」以外の性質が明らかになっておらず、その発生原理も分かっていない。そんな存在に娘を任せっきりにする事は、どうしても出来なかったのだ。
「古い型だが、メンテナンスもしっかりしている。安心しろ」
「ありがとう、大事に使うよ」
セーフティを外し、スライドを引く。そしてローディアンに習ったように銃を構え、ゆっくりと目標の建物に近付いていった。
「隊長、建物内に9体の魔力反応を感知しました。任務通達時と比べ大幅に反応が弱くなっていますが、調査対象と思われます、ご注意を」
「その内4体には動きがあるみたい」
フランの目には計4体の動く影、そして伏せる者が5体、壁越しに見えていた。
「見えるのか? まさかその能力……こんな所で役に立つとは」
サーマルカメラのように、魔力が見える。そんな力があるフランは、魔力を読み取り、人の心の状態を見る事が出来るのだ。
そして彼女は、建物内に充満する一つの意志を感じ取った。
「お父さん……声が聞こえる」
「声?」
「死にたくない……生きたいって」
「な、何を言っているんだ?」
「きっとまだ生きてるんだ。助かるかも知れない、急がなきゃ!」
「待てフラン、1体1体おびき出して処理する!」
強い魔力に含まれる意志が5感にフィードバックされ、まるで聞こえているように感じているのだ。
「救援に来まっ……!?」
しかし目の前に広がっていたのは、フランにとって目を疑う光景だった。
「はぁっ……はぁっ……!」
転がる死体と、鉄の臭い。それを貪る、虫や甲殻類を思わせる醜い化け物。昨日までの平和な世界とは一変、ここは地獄だった。
「フランちゃんの魔力反応が乱れてる……しっかりして!」
そしてその一体が、フランの強い魔力を狙って飛びかかってきた。
「フラン!」
ローディアンは彼女の前に立ち、真正面から魔物にぶつかり取っ組み合いになった。
旧式の重装型アーマーはパワーと装甲に優れ、ローディアンはそれを活かし、前線を押し上げる事を得意とする。
彼は敵を投げ、ハンドガンで撃ち抜いた。
純粋な魔力で構成される魔物は、魔力の流出を防ぐ為に全身を、謎の物質で出来た装甲で包んでいる。
しかし装甲は脆弱で簡単に破砕出来、一定面積を失うと霧散してしまう。
「フランちゃん、しっかりして!」
「死んでる……ひ、人がっ……」
クリスの声も届かず、フランの膝は震え、腕は自分を抱き締め、地面に膝を突いてしまった。そして魔力を使って精神世界からアーマーを呼び出している為、装甲が点滅するように薄れていた。
「しまった! フラン、1匹そっちに行ったぞ!」
ローディアンの脇を通り抜け、魔物の一体が脇目も振らずにフランの元へと走り寄ってくる。感情の無い化け物からは一切の意志を感じられず、フランは更に不気味さを覚えた。
「フランちゃん、せめて装甲を!」
「来ないでぇーっ!」
腕部エネルギーガンは作動せず、本能的にハンドガンを構える。銃口からは弾丸が飛び、装甲を撃ち砕いた。
ある程度訓練をしたとはいえフランは初心者。そんな彼女が撃ち出した銃弾はあまりにも正確無比であり、到底初任務とは思えない物だった。
「ナイスフランちゃん! そのまま撃破まで持って行って!」
クリスの指示で更に追撃を仕掛ける。ローディアンのように敵の装甲面積を減らし、やっとの思いで1体撃破した。
「魔力の霧散を確認、撃破出来たよ!」
もがきながら消えていく敵の姿を見て、フランは一つため息をつく。
「はぁ……お、お父さんは!?」
心配するまでもなく、ローディアンは既に3体の敵を片付けていた。もはや手こずる相手でもない、と言っているかのような背中は頼もしい物だった。
「クリス、他に反応はあるか」
「あれ、後5体居るはずなのに……」
「それは死体の残留魔力だ、反応強度を見てみろ」
ローディアンの指示通りに見てみると、確かに通常の人間より魔力が弱い。そして何より、数値が減少傾向にあるのだ。
「きっと魔力が減っている筈だ。そうやって判別するといい」
「了解、以後気をつけます」
「そしてフラン。何故、勝手に行動した」
「……助けようと、思って」
「一歩間違えれば、あの死体の仲間入りだったんだぞ。そして戦場で精神を乱す事は自我の崩壊を引き起こし、最悪死ぬより恐ろしい事になる。次からはこの様な事が無いようにしろ、分かったな」
そう言うとローディアンは、すぐさま殺戮現場の調査に入った。居心地の悪い空気を断ち切る為の、彼なりの気遣いだ。
「この程度の魔物で部隊が全滅とは、一体何があったんだ」
「きっと私みたいな新米だったんだよ。可哀想に……」
「いや、この部隊はカワード博士直属の特殊部隊だ。恐らく原因は魔物ではない、もっと強大な敵だ。クリスは先程、大幅に魔力が弱くなっていると言ったな」
「はい、任務通達時と比べてかなり弱くなっています」
「きっとその魔力の持ち主が犯人だろう。部隊を皆殺しにした後、すぐに撤退したに違いない。この魔物は、死体の残留魔力に寄ってきたハイエナだ」
そしてローディアンは、魔物に荒らされた死体から、一つの特徴を見つけ出した。
知性だ。確実に弱点を突き、最小限のエネルギーで即死させた形跡がある。頭部に空いた空孔や首の出血、ひび割れた左胸の装甲などが良い例だ。
「クリス、報告書には"知性と強大な魔力を備えた敵"が居ると書いておいてくれ。目標を達成した、帰還する」
初めての任務。現実を知ったフランは、瞼の裏に焼き付いた光景を、その日は忘れる事が出来なかった。