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9/11

仲間たちの今。受け継がれる想い

 平和記念祭当日。


 夕刻、クラドーと子供たち、そしてネルバは『迷いの森』で過ごしていた。彼らの周りには小人族がおり、いそいそと給仕をしている。


 ネルバは木の椅子に腰掛け、藍色に移りゆく空を見上げて独り言を漏らした。



「人間たちの平和記念祭とやらは、もう終わっただろうか」



 クラドーは彼女の隣に座り、曖昧に答えた。



「さあ、どうであろうな。アストラは夜には戻ると言っておったが」


「あやつのことだ。どうせ時間など気にしておるまい」


「えー。お祭りの話、早く聞きたいのになー」



 青い竜の子、ドリーはむくれる。



「アストラたちだけずるいよ! 留守番なんてつまんない!」



 赤い竜の子、コドルは不機嫌そうに羽をバタつかせた。



「あの。皆様は祭りに参加しなくても良かったのですか?人間の王たちに招かれていたのでしょう?」



 ミョルニは彼らにひざまずき、遠慮がちに聞いた。ネルバは首を小さく横に振る。



「行けるはずがなかろう。祭りには各国から人間共が大勢集まる。三国の王が歓迎しても、奴らは我らを畏れ、共に過ごすことを拒絶するだろう。そのような目に遭うくらいなら、ここに居る方が良い」


「そうですか」



 諦めに満ちた瞳でうつむくネルバを、ミョルニは切なげに見つめた。本当はアストラたちと一緒に行きたかったのだろうと、察したからだ。



 クラドーが心配そうにネルバを見下ろしている。と、そこへ賑やかな声が近付いてきた。



「おーい! 帰ってきたぜ!」



 皆が振り向くと、そこには小綺麗な身なりをしたアストラとリリーが居た。ネルバの顔つきが一転して和やかになる。



「帰ったか。思ったより早かったな」


「みんな、ただいま~!」


「へっへっへ! うまいもん、たらふく食ってきたぜ!」



 アストラとリリーが笑顔で言う。彼らの後ろから、エレナとユーティスが手を振った。二人して、白地に金の刺繍がなされた美しいローブを身に付けている。



「お久しぶりです!」


「おばあ様もみなさんも、お変わりありませんか?」


「おお! エレナとユーティスではないか! 久しいな」



 クラドーが明るく声をかけ、四人に近付いていく。エレナはにこにこしながら、クラドーの前足に触れた。



「私たちだけじゃありません。他にも来てるんです」


「ぬ? 誰が来ておるのだ?」



 クラドーがエレナたちの後方に注目する。そこには正装をしたポロン、ゼクター、ダミア、ルカーヌが居た。



「お主ら、何故ここに?」


「今日はめでたい日だからさ、アンタたちともお祝いしたいと思ってね!」



 ポロンは元気よく歩いてくる。その横でゼクターはにこやかに言った。



「アストラ殿から皆さんがここに居ると聞き、会いにきてしまいました」


「おくつろぎのところ恐縮ですが、ご一緒して構いませぬか?」



 ルカーヌが渋い声を響かせ礼儀正しく尋ねた。ネルバとクラドーは顔を見合わせ目で合図する。



「ふむ……。我らの憩いのひとときを邪魔されたくはないが、お主らがどうしてもと言うなら考えてやらんでもない。旨い酒は用意してあるのか?」



 ネルバはちらっとポロンたちを見てから、腕組みをする。そっけない態度だったが、口元がわずかに緩んでいた。



「もちろん。宴に必要な物は商人に用意させました。今宵は楽しく語り明かしましょうぞ」



 ダミアはニィと口角を上げ、手を二回叩く。すると馬車に乗ったヘルメが木陰から現れた。エレナの魔法陣を使ってやってきていたのだ。荷台には各国のごちそうと飲み物が入っている。


 小人たちは喜び、クラドーたちを囲うように椅子を並べた。それから皆に酒を配って、ドリーやコドル、リリーには果実水を渡す。皆は乾杯し、気安いお喋りが始まった。



 エレナは久しぶりに集まった仲間を、にこにこ見つめた。皆、変わりなく元気そうだ。


 最初、皆はそれぞれ五年前の想い出を語って盛り上がり、次にクラドーたちの冒険の話を聞いた。それが終わると、本日の平和記念祭のことに話題が移る。年寄りたちの苦労話(愚痴)が始まると、空気を読まないアストラがその流れを遮った。



「そういや、おれ、今日初めて知ったんだけど、ダミア様はもう王様じゃなくなったんだな。式典に見たことねぇ若い王様が出てて、びっくりしたわ」



 それを聞き、ダミアは酒を片手にゆるりとうなずいた。



「ああ、そうだ。ついでに言うとルカーヌも宰相を辞めておる。半年ほど前、若く知恵のある者たちに地位を譲って引退したのだ。わしらはもう墓穴(はかあな)に片足を突っ込みかけておるのでな」


「ダミア様。悪い冗談はおやめください。王位を退かれたとはいえ、あなた様は我らノースの民にとって、高貴な存在に変わりないのですから」


「はっはっは! 馬鹿を申すな! わしはもはやただの年寄りだ。これからは自由にやるぞ。残りの人生も存分に楽しまねば。ルカーヌよ。一緒に笛でも練習するか?」


「それがしは楽器は好きではありませぬので」


「むう。つれない奴め。ならばお主は踊りを練習せよ。わしの笛と合わせられるように」


「……踊りですか」



 ルカーヌは難しい顔をして真面目に考え始めた。本気で練習するつもりだろうか。見た目からは判断しにくいが、意外と乗り気なのかもしれない。


 ほろ酔い状態のエレナはだんだん愉快になってきて、横に座るポロンに引っ付いて質問した。



「先生はこれからどうされるんですか? まだまだ教師を続けられるんですか?」


「もちろん。アタシは死ぬまで現役さ。軟弱な若い子たちをビシバシ鍛えなきゃならないからね。でも魔法道具の注文が最近増えてるから、授業の数は減らしてもらってるんだ。議会にも顔を出さなきゃならないし」


「議会?」


「今ヴェスタの国を仕切ってるのは町の有力者たちでね。月に何回か集まって政策を決めるんだけど、その場にアタシが呼び出されるのさ。年長者の意見をぜひ聞かせて欲しいって」


「先生、あちこちで引っ張りだこじゃん。すげぇな」


「ポロン先生がついてるなら、ヴェスタ王国の人たちも安心ですね!」


「本当に。イスト王国にも出向いて助言をいただきたいですよ。こちらは皆の意見をまとめるのに苦労してまして」



 ゼクターは困り顔をして小さく溜め息をつく。ユーティスはさりげなく甘い果物を彼の前に差し出し言った。



「ゼクター殿は女王陛下の相談役になられたのですよね。町の方たちの要望や意見を彼女に伝え話し合われているとか」


「ええ。わたくしだけでなく魔法団の者全員で、陛下の公務をお支えしております。女王になられた当初、ガイラ陛下は『お母様の代わりなど出来ない。やりたくない』と駄々をこねておいででしたが、近年では自ら城下へ赴き、民の言葉に耳を傾けておられます」


「へえ! あの胸くそぶりっ子王女も変わったもんだな! 近いうち天変地異でも起こんじゃねぇの?」


「だめ! お兄ちゃん! その発言は不敬罪!」


「捕まって処分されちゃうよ!」



 リリーとエレナが血の気の引いた顔で制止する。その後、皆はゼクターに恐る恐る注目した。



「ゴホンッ! 今、何かおっしゃいましたか? わたくしには聞こえておりませんでしたが」



 眉間にシワを寄せ、彼は大きな咳払いをしてから目を逸らした。アストラの言ったことを不問にしてくれるようだ。


 リリーは「お兄ちゃん、いい大人なんだから、口にはほんと気を付けてよね!」とアストラを叱り、謝らせた。完全に立場が逆転している。皆はそれを生温かい目で見つめ、半笑いを浮かべた。



──ごちそうも無くなり、夜も遅くなってきて、そろそろお開きにしようかという雰囲気になってきた頃。


 エレナがおもむろにクラドーとネルバに視線を送った。


「そういえば、私、クラドーさんとネルバさんに伝言があったんです」


「ぬ? 何だ?」


「今日のお祭りに兵士の人がたくさん来てたんです。その人たち、五年前のお礼を言いそびれたからって。『あの時、命を救ってくれて、本当にありがとう』って、二人に伝えてほしいって言ってました」


「……そうか」



 クラドーとネルバは目を細め、同時につぶやいた。嬉しさを声へ滲ませている。エレナは微笑んで話を続けた。



「平和記念祭、これから五年ごとに開催することが決定したんです。だから、クラドーさんやネルバさんがいつか人間と歩み寄りたいと思えたら、お祭りに遊びに来てください」



 エレナが控えめにお願いすると、彼らは黙ってしまった。どう返事すればいいかと迷っている様子だ。それを見たダミアが真剣な眼差しを向け、口を開いた。



「種族間の差別の根はまだ深い。わしらはそれを断ち切るために動き出したばかりだ。人々の偏見をすぐには変えられない。だがわしらは皆へ伝え続ける。あなた方が心温かい者たちであると。決して邪悪な者ではなく、恐れる必要のない存在であると。『誰もが等しく笑顔で居られる世界を作る』。この大いなる夢は、必ずわしらの後の世代へと繋いでゆきます。そして、いずれ必ずこの夢を実現させると、あなた方に約束します」



 意志のこもった力強い言葉に、エレナたちは自然とうなずく。国も立場も違うが、この場に集まった人間たちは、同じ世界に住む竜と妖精(なかま)が安心して暮らせるよう、心から願っていた。


 静まる森。ネルバとクラドーは皆の顔をぐるりと眺めた。



「どうしてだろうな。人間の言うことなど何の価値もない。偽りばかりで、信用出来んと思っていたのに。ダミア殿の言葉には、何故か心を動かされてしまう」



 数秒後、ぽつりと言ってから、ネルバは柔らかく笑った。



「エレナよ。長きに渡って我らが受けた傷。それを癒すのには相応の時間がかかる。過去の人間たちの罪を許せるその日まで、信じて待っていてくれるか?」


「はい、待ってます。みんなと一緒に、いつまでもずっと」


「そうか。……ありがとう」



 つぶやいた瞬間、ネルバの瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。彼女は恥ずかしかったのか、すぐさまクラドーの背に隠れる。クラドーは優しい瞳をして、皆に頭を下げた。



「今夜は楽しい宴であった。まことに良き時間を過ごすことが出来たと思う。姿形が違おうとも、我らは心を通わせた友だ。古き良き時代のように、また三種族で仲良く暮らせる日を、吾輩も心待ちにしている」



 エレナたちは同意し、またこうして飲もうと約束して、笑顔で森を後にした。



──夢も理想も、願うばかりでは叶わない。


 のちに全ての種族が手を取り合えたのは、彼ら一人一人の努力で想いを繋いだからに他ならなかった。



 皆の壮大な夢が現実となるまで、あと、数百年。

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少女の恋と成長を描いた王道ファンタジー
*【いしのまほうつかい】~初級魔法ファイアすら使えませんが最強の大賢者目指します!~*
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