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1.物語の最初に出てくる美少女がメインヒロインだと思ってはダメ

洗面台の鏡を見ながら小さく溜息をつく。少しだけ目にかかった前髪をかき上げて見るものの、何の変哲もない地味顔の男が映っているだけだ。


そして思う……何故俺には物語に出てくる主人公の様なありがちな秘密がないのだろうかと。


地味な風を装って実はイケメンでしたとか、そんなご都合主義の物語を読むのがここ最近の俺の日課だった。


自分の正体を偶然知ってしまった学校で一番の美少女と紆余曲折があった後、結ばれる。

この手の物語は数え切れないほど読んだ。どんな場面にも対応できる様に脳内シュミレーションは完璧だ。あとは実行に移す段階に突入したと思ったのが昨日の夜。そして現実を知ったのが今朝。


物語に夢中になりすぎてしまい、前提条件を満たしていない事を失念していたのだ。

俺の顔が地味で、隠れイケメン要素が全く無かったことに……。


天国から地獄とはよく言ったものである。今の俺はまさにその言葉がピッタリと当てはまる。


昨日買ったワックスで髪型をセットした甲斐もあり、少しはマシになっているものの、どう考えても鏡に映る男からは美少女と何か起きそうなオーラは出ていない。


「俺の顔ってこんな地味だったのか……」


残酷な現実を前にしたショックにより、つい独り言が漏れてしまった。


「ほら、学校遅刻するわよ」


母親から急かす様な言葉を投げかけられ、急いで支度に戻る。

支度を終えリビングに向かうと、既に俺以外の家族が朝食を食べ始めていた。


「お兄ちゃん、何でそんなに髪の毛が逆だっているの?なんか売れないバンドのボーカルみたいで笑えるんだけど」


「優奈、ダメよそんなこと言っては。本人はあれがかっこいいと思ってるんだから……」


妹と母親の容赦のない言葉が、現実を知って傷心ハートブレイクの俺に突き刺さる。


だが、落ち込んでいても腹は減る。俺は黙ってテーブルに座ると用意された朝食に手をつけ始めた。


俺が無言で食べるのを見て、流石に言い過ぎたと思ったのであろう。

母親と妹がしきりに話しかけてきたが、俺はそれを全て聞き流し、行ってきますとだけ告げ家を出た。


季節は春。今日から学年が上がり二年生となる最初の日がこんな幕開けでは、今年も大した一年にならないだろうと肩を落としながら駅に向かう。


家から駅までの距離は近いので、通い慣れた道を歩いていると、怒声が耳に飛び込んできた。

声のする方へ行ってみれば、そこにはガラの悪そうな男子生徒に囲まれた女子高生の後ろ姿が飛び込んできた。


「玲奈、お前はいつになったらあいつと別れるんだよ」


「はぁ!?何回も言ってるでしょ、私は別れる気はないって」


「あんな男のどこがいいんだよ。俺の方が絶対にお前を幸せにしてやれる」


周りにいる男達も、その言葉に賛同するかの様に何度も頷いている。

なんだ、ただの痴話喧嘩か……。こういう事には首を突っ込まない方が無難だろうと踵を返そうとしたところで、1人の男が不良と女の子の間に割って入った。


「カズくん……」


女の子が安堵した声を発したという事は、おそらく彼氏なのだろう。

もう大丈夫だと思って、この場を立ち去ろうとした瞬間、耳を疑う様な言葉が聞こえた。


「カズ、お前は何でいつも俺の前に立ち塞がるんだ。いつもいつもいつもいつもぉぉぉ。殺してやる、お前なんかが生きてるからいけないだ」


そう言って先程見事に玉砕した男はナイフを構えて、彼氏に向かっていく。

彼氏は余裕なのか身動ぎひとつする事なく立ち尽くしている。

これはいよいよ見て見ぬ振りは出来なくなってしまった。

俺は咄嗟に2人に近づき、ナイフの向かう先に自分の鞄を滑り込ませる。


ナイフが突き刺さるの確認して、鞄を振り回す。

男の手がナイフから離れたので、周りの不良に怒声を発する。


「あんたら、友達を殺人犯にしたくなければ急いで取り押さえてくれ」


俺の言葉に、我に返った不良達が一斉に取り押さえにかかる。


「おい、大丈夫か?」


後ろにいる彼氏だろう男に声をかけると、青ざめた顔をしていた。

その顔をよく見て舌打ちをする。男の俺でも見惚れてしまう様なイケメンだったからだ。


男の後ろにいる女の子を見て、俺は顔を歪める。

こちらもこのイケメンとお似合いな美少女だったからだ。


彼氏持ちの美少女とのフラグはあり得るのだろうか?答えは否!!

俺は俺としか付き合った事のない女の子としか結婚しないと決めている。

そして、この部類の女の子は俺に惚れる事はあり得ない現実を知った今、両者ともにお断りで今回は不成立。


とりあえず助ける事は出来たし、これ以上の面倒事は避けたい。

あとは当人同士で話合いをしてもらった方がいいだろう。


「おい、あんた。俺はもう行くから、呆けるのはそろそろ終わりにして彼女に声かけてやれよ。泣いてるぞ後ろで」


俺の言葉に我を取り戻したイケメンは、急いで振り返ると彼女を気遣う様に声をかけた。

そして、彼女は感極まったのかイケメンに抱きついた。

そんな2人を憎々しい表情で見ているナイフ男に去り際に声をかけた。


「お前達知り合いみたいだし、どう経緯があるのかは知らないが、自分のやった事分かってるのか?さっきのは殺人未遂だからな。お友達は事の重大さに気付いてる様だが、お前もう人生詰んだからな」


「くっ……」


一応一言だけ助言しておこう。


「おいそこのイケメン。ナイフ男、ちっとも反省してない様だから、どうするか判断を間違えるなよ。彼女の事、ちゃんと守ってやれよ」


「ああ……。あ、あと礼が遅くなってすまない。助かったよ、ありがとう」


そう言って力なく笑うイケメン。こういう顔を向けられたら女は簡単に落ちるだろう。もちろん俺はイラッとしかしないわけだが。


「別に大した事はしてない。気にするな……」


そう言って踵を返し、今度こそ学校に向かう。


気にするなか……。刺された所がパックリと穴が開いてる。これ……母親に絶対に怒られる。

だが、この状況で弁償してくれとは言い出せるはずもなく、俺は肩を落としながら駅に向かうのだった。


男なら背中で語れとはよく言ったものだ。俺の背中はきっと哀愁が漂っている事だろう。


誰でもいい…美少女とか高望みもしない…誰でもいいから俺に惚れる女の子来いやーと心の中でとりあえず叫んでみた。

読んでくださってありがとうございます。

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