トト
「やっほー、トト。元気だった?」
声を掛ければ、ちろりとこちらを見て、再び空を見上げる。
普通なら、私に興味がないと判断するだろう。
が、残念ながら、私は同い年で共に育った彼の事を、しっかりと理解している。
トトは、本当に興味がない相手であれば、そもそも反応すらしない。
私の声に反応した時点で、彼は私に関心を持っているのだ。
なので、遠慮なく彼に抱き付いて、押し倒す。
私より小柄な彼は、呆気なく押し倒された。
「なに、するんだよ」
仏頂面で、私と目を合わすことなく、悪態をつく彼は、相変わらずで、自然と笑いが込み上げてくる。
「トト、拗ねないで! そんなに寂しかった?」
私と同い年のトトは、ここに来た当初は、本当に無表情で無口だった。
ただ、言われたことに従うだけで、自発的に動くことなんてなかった。
でも、今のトトは、ちゃんと仏頂面だし、目を合わさない癖に、ちらちらと横目で見てくる。
同い年だけど、私の方が孤児院の先輩でお姉さんだから、トトの成長が嬉しくて、にまにましてしまう。
薄気味悪そうに見てくるトトに、本題を思い出した。
私が一人になれる時間は、僅かしかないから、急がないといけないのに、ついつい脱線してしまう。
やっぱり、寂しかったんだよね。
周りが敵だらけで、馴れない環境だし。
さて、まずは、話をしよう!
そう思って、改めてトトを見ると、彼は首を傾げて私を見ていた。
綺麗な翡翠色の瞳が、太陽の光を受けて煌めいている。
「何か、あった? なんか、いつもと違う」
「……色々ね、あったよ。だから、お話聞いて、トト。 あっ、それから、私のことは、ルーリェンって呼んでね!」
「えっ、何それ!? なんで、名前が違うの!!」
そりゃ、今までと違う名前で呼べって言われたら、、びっくりするよね。
トトの驚いた顔を眺めて、沁々とそう思う。
「それも含めて話をするから! トトは、これを食べながら話を聞きなさい!」
ぐいっと皆に持って来たのとは別に分けてあった籠を、トトに押し付ける。
トトは、あんまり皆と一緒に行動ってのが苦手だったし、ちゃんと話をしたかったから、予め別けて持って来たのだ。
中身は、大体同じ。
「何、これ? 食べれるの?」
ただでさえ警戒心が強いトトは、空腹だろうに見慣れない食べ物を不信そうに見ている。
なので、ひょいっとクッキーを一つ、取って食べる。
サクサクのクッキーは、口の中で解れて、すぐに溶けていく。
でも、濃厚なバターの香りが残って、とっても美味しい。
これ、お母様と一緒に作ったんだよね。
高位貴族のご令嬢は、本来料理なんてしないから、内緒よって、恥ずかしそうに笑うお母様は、とっても可愛いかった!
お母様と作ったクッキー、実はこっそり、ディールにもお裾分けしている。
普通に渡しても、受け取らないのは分かっているので、勝負した上で渡してる。
最初は、お母様と作ったクッキーを2袋に分けて、一つを持ってディールの前をわざとうろちょろしてみせた。
苛ついたのだろう。
元々、見かける度に罵詈雑言を吹っ掛けられていたから、その時も同じように言われた。
罵詈雑言なんだけど、育ちが良いからか、まだ小さいからか、ディールに言われてもそこまで傷つかないんだよね。
別に暴力振るわれる訳じゃないし。
貧民街に居た時の方が、酷かったし。
まぁ、だから、むしろ可愛いなぁと眺めてしまう私の態度が悪いだろう。
これ、精神年齢が成長した悪影響よね。
前なら、確実に食って掛かって喧嘩になってたし。
なんなら、お坊っちゃまに負ける気なんて、全くしないんだけどね。
私に言う分には、いいかなって思っちゃう。
お母様とあの男の関心が、私にあるように思えて、寂しくて辛いんだろうとも思ってしまうから。
で、まぁ、ストレス発散もして上げようと、単純に勝敗の分かりやすいかけっこをした。
そしたら、予想外にディールが遅かった。
えっ、なんで!? って、びっくりするぐらい遅かった。
あとから気づいたけど、多分、そもそも走るってのをあんまりしたことないせいだと気づいた。
遅すぎて、わざと負けるのも、それはそれで私の矜持としてしたくない。
そういう手抜きは、バレるし、余計拗れるし。
なので、初回は私が勝った。
勝ったから、勝者の言うことは聞け!! って、クッキー押し付けた。
その次は、練習してきたみたいで、前より早くなってたけど、まだまだ私の方が速かった。
現在は、勝敗五分五分なので、ディールの成長が伺える。
ちょっとだけ、距離が近づいたかな?
クッキー、受け取る時幸せそうだし。
「ル、ルーリェン? どうしたの?」
あっ、クッキーで思考がずれてた。
心配そうなトトの声に、我に帰る。
「ごめんね、トト。ついつい、別のこと考えちゃってた。ねぇ、食べた?」
私がクッキーを食べたことで、食べ物だと認識したのだろう、籠の中身が半分位に減ってた。
お屋敷に行ったあと、孤児院に戻って来ると、やっぱり、皆栄養不足なんだなと感じさせられる。
体、ガリガリだし、頬だって痩けてる。
私、お屋敷に行ってから、三食+おやつをたっぷり食べさせて貰ってたから、大分お肉付いたもん。
だから、皆に申し訳なくて、泣きそうになる。
泣かないけどさ。
「美味しかった? これね、私もお手伝いしたんだよ」
「………美味しい」
ぼそっと言って、顔を赤くしたまま、サンドイッチを頬張るトトは、本当に可愛い。
ついつい、頭をなでなでしてしまって、振り払われた挙げ句に、睨まれてしまった。
う~ん、顔が赤いままだし、可愛さしかないんだけどね。
「トト、ルーリェン!」
トトに癒されてると、サラがやって来た。
良かった。
護衛も付いて来てないみたいだし、こっからは、ちゃんと話をすることにする。