孤児院
あまりよろしくない香りに、貧相な建物。
ボロボロで破れやシミのある服を着た、痩せた人々。
物心付いてからいた、懐かしいかつての我が家。
何もかもが懐かしい。
まぁ、正直な話、懐かしくはあるのだけれど、出来るなら、ここでまた暮らしたいとは思わない。
あの屋敷での生活をした後なら、なおさら。
でも、私の仲間達はここに居て、頑張って生きている。
だから、忘れはしない。
結局、孤児院に来るまでに、2ヶ月かかってしまった。
最初は、やはり中々許可を貰えなかった。
なので、とりあえず、ホームシックを演じて、元気のない振りやため息を付いたりと工作してみた。
それが良かったのか、何とかあの男を説得して、来ることが出来た。
更に! なんと!? 友達も2~3人なら連れてきても良いと許可も貰えた!
え~、ありがたいけど、めっちゃ怖い。
タダより恐いものはないと言うのに!
う~ん、つまりは私に付ける侍女とかそういう使用人にってことかな?
人を見繕うのも手間だし、しかも、多分結構な確率で、その使用人も切り捨てられる。
となると、しがらみのない人間の方がやりやすいってことかな。
うんうん、あの男を殴る手に力が入りそうだ。
もちろん、今、じゃないよ?
将来、あの男の態度を見てからだよ?
殴るのに、代わりはないけど!
さて、戻って来たのはいいけど、当然私は1人じゃない。
なんと、リンデスと護衛が2人居るのだ!
おそらく、リンデスが必要な手続きや交渉を、護衛はそのまま私達を守るためだろう。
ここらは、決して治安がいいとは言えない。
だから、チェルシーも置いてきた。
ここに来るにあたり、私は普段よりもずっとずっと地味な服を着てる。
あの屋敷では、当たり前のように着させて貰っていた、レースやリボンが付いたヒラヒラのドレスではない。
一切飾りのない地味な物だけど、大きさが合っていて、シミも継ぎはぎも破れもない時点で、既にここでは目立つ。
実際、ここに住んでいる人達の目は、こちらに集まっていたし、嫌やな光かたをしていた。
孤児院仲間も遠巻きに見ていて、近付いて来ない。
想定内である。
私だって、同じ年ぐらいの女の子が、綺麗な服を着てここに来たら、近付かず、遠くから観察する。
ここに、お貴族様が来るなんて、今までなかったのだから。
それに、身綺麗になっているから、印象が変わりすぎて、彼らは私を私と認識出来ていないだろう。
「ルーリェン様、私はここの管理者と少し話をして参ります。その間、良ければ、お友達とお話をされて来て下さい。それから、旦那様から許可を頂いていますし、連れて帰る子が決まりましたら、仰って下さい」
リンデスと離れて、仲間と話が出来るのはありがたい。
込み入った話をしたいのに、居られると邪魔だもの。
「ありがとう、リンデス。それでは、少し話をしてきますね」
護衛の1人を連れて、遠巻きに見ている仲間達に近付く。
彼らの顔が分かる所まで近付いたところで、どうやら彼らも私を私として認識してくれたみたいだ。
その距離で止まり、一人一人顔を眺めれば、誰も彼もが驚き、警戒した顔をしている。
すぅっと、息を吸い込む。
「みんな、元気!?」
叫びながら、だだっと走り、警戒して一塊になっていた彼らの中に突撃する。
困惑して固まってるのを良いことに、次々に抱き付き、頭をなで回す。
彼らが我に帰る頃合いを見計らって、再度大声を上げる。
「ルーリェンだよ! 許可を貰ってちょっとだけ、来られたの! ちょっとしか遊べないけど、遊んで! ルーリェンが、来たんだよ!」
護衛は、私とリンデスに1人ずついたから、彼らが私の本当の名前を呼ぶ前に、満面の笑顔で新しい名前を連呼する。
私が連呼した名前に、彼らが再び困惑してるのが分かる
ここに来てから、皆を困惑させてばかりで申し訳ないが、どうか許して欲しい。
「ル、ルーリェン?」
恐る恐る誰かに呼ばれたから、勢い良く肯定する。
そう、今の私は、ルーリェンなのだから。
幸いなことに名前が変わっても、私を私と認識してくれた彼らは、なんとか受け入れてくれた。
孤児である私達が誰かの身代わりとして引き取られることは、たまにあることだから。
さて、一通りもみくちゃにされ、質問攻めにあったが、それは予想していた。
護衛に頼んで持ってて貰ったバスケットを、ぱかりっと開けると、質問は一斉に止まった。
3つ持って来たバスケットにはそれぞれ、具沢山のサンドイッチや一口ミートパイ、お母様と一緒に作ったお菓子がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
私は、それらをお屋敷に行くまで、見たことがなかった。
当然、仲間達も同じだ。
孤児院の仲間達の中で、リーダー格である最年長のサラに皆への配布を頼む。
最年長で良く気の回るサラは、差し入れを持って来た私の意図に気付いていたのだろう。
バスケットを受け取ると、同じくリーダー格の仲間達と協力して、配り始めた。
夢中で食べてる仲間達を少しだけ眺めて、護衛の様子を伺う。
護衛も、バスケットを持ったまま、子供達に纏われつかれて、私にまで注意がいってないことを確認する。
そっとその場を離れ、サラが教えてくれた場所に行く。
孤児院の裏手側、人のあまり来ないそこに、彼は居た。
騒がしいのが苦手な彼は、そこで静かに空を見上げていた。