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チェルシー

「お嬢様、失礼します。」


恭しく頭を下げて入って来たのは、先程紹介された執事長のリンデス。

彼の後ろに続いて、ピンと背の伸びたリンデスと同い年位の年嵩の女性と10歳ぐらいの私より年上の少女二人が入ってくる。

緊張で強ばった表情の少女は、自信なさげに瞳を揺らし、ぎゅっとお仕着せのスカート部分を握りしめている。


「お嬢様、改めまして、この屋敷の管理を任されています執事長のリンデスです。こちらは、同じく屋敷の管理を担当します侍女長のカーニャ。それから、今日からお嬢様付きになります、チェルシーです。挨拶を」

「侍女長のカーニャです。奥向きの事を任されていますので、お嬢様と関わることも多くなるかと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「チェ、チェルシーでしゅ! せ、精一杯頑張るので、よろしくお願いいしまちゅ!」


しずしずと綺麗に頭を下げるカーニャと、噛みながらわたわたと頭を下げるチェルシー。

対照的な二人だ。

そして、失敗したチェルシーは、最早涙目で踞るのを必死に堪えて立っている。


「改めまして、私はルーリェンと申します。カーニャさん、チェルシーさん、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


作法もよく分からないので、とりあえず、あの男達に披露した挨拶に倣う。

すると、苦笑したリンデスに嗜められた。


「お嬢様。私達は使用人です。その様になさる必要はありません。私共に敬称は、必要ありません。お嬢様は、特別なお方なのですから」

「分かりました」


彼の言葉に頷きながら、果たしてこれは、忠言なのか破滅への始まりなのか、迷ってしまう。

何が特別なのだ。

私は、只の孤児だ。

特別な所なんてない。

あるとすれば、あの男がようやく見つけた人形であること。


彼、執事長リンデスと侍女長カーニャは、あの男の信頼を得た存在。

故に、彼ら二人は、私の素性も本物のルーリェンの事も知っている筈。

まぁ、確かに、責任者を味方にしておけば、色々とやり易いし、秘密も守りやすい。

それは、理解出来る。


ついでにこの二人は、幼少期からあの男の側にいて、信頼を得た筈だ。

つまり、あの男がこんなくそな計画も止められたんじゃないかと、怒りが湧いてくる。


いや、落ち着け私。

知識に振り回されるな!

先入観は、目を曇らせる!


そう言い聞かせて、彼の発言の意図を探る為に、彼を見上げる。

そして、理解する。

これは、彼の言葉を鵜呑みにし、自惚れれば、それこそ破滅に至ると。


だって、彼の目は冷たかった。

この目は、知ってる。

私が貧民であること。孤児であること。子供であること。女であること。無知であること。

その全てを馬鹿にし、嘲る瞳だ。

私に、街の大人達が向ける、嘲りと哀れみに満ちた胸糞悪い目だ。


ふざけるな!

私が貧民であるのも、孤児であるのも、子供であるのも、女であることも、私が選んだことではない!

それは、私が覆せない、私が選べないもので、馬鹿にするな!

激情が込み上げるが、意地でもこんな奴に弱味を見せて堪るかと、笑顔を保って見せる。


「チェルシーは、代々この家に仕える従者の家系の者です。私とも血の繋がりがありまして、お嬢様の役に立つと思い連れてきました。どうぞ、存分にお使い下さい。お嬢様の役に立てるなら、この者も本望でしょう」


恭しく頭を下げ、表情を隠す二人を見ながら、改めてチェルシーを見る。

薄茶色の髪を一つに纏め、同じく薄茶色の瞳は涙で潤んでいる。

泣き出すのを堪えて、ぎゅっとお仕着せを握り締め、口を結んでいる彼女を、私は知っている。


チェルシー。

代々この家に仕える従者の家系に産まれた、5人姉弟の4番目。

優秀な3人の姉と跡取りの優秀な弟に挟まれた、不出来な子。

それが、私の知ってる彼女だ。

私が、本物のルーリェンの形代であるように、彼女もまた私という形代に捧げられた生け贄である。


私を本物のルーリェンとして扱う以上、当然従者は必要である。

しかし、将来、私は破滅させられる。

そんな私に、優秀な者を付けるのは、無駄に他ならない。

また、万が一にでも、その優秀さで私を正しい道に導かれては困る。

だからこそ、家族のつま弾きで優秀ではない彼女が、私に捧げられた。

居なくなっても惜しくないからと。

要らなくなったおもちゃを捨てるようにして、彼女は此処にいる。

代々仕える従者の家系の者を仕えさせることで、私がルーリェンであるという信憑性を高める為だけに。


「チェルシー、私はルーリェンです。今日から、どうぞ、よろしくお願いします」


でも、単純にそんな裏事情も何も関係なく、私は彼女の握り締められた手を包み込んだ。

だって、泣きそうになってるんだもの。

泣きそうな子をほっとくなんて、邪険になんて、出来ない。

びっくりしたように顔を上げて私を見つめるチェルシーに、笑い掛ける。


くらえ、子供のきらきら無邪気な笑顔!


年上なのに迷子の子供のように不安げな彼女は、孤児院に居た、可愛い私の仲間達を思い出させる。

だから、少しでも笑って欲しいのだ。


ぎこちなく、それでもなんとか歪んだ笑顔を作って、チェルシーはこくりと頷いてくれた。


「お、お嬢様、私の方こそ、改めてよろしくお願いいたします。精一杯頑張ります」


泣くまいと頑張る彼女は、とても可愛いと思う。





さて、再び3人は姿を消し、私は部屋に一人になった。


私の知識は、チェルシーについてはそんなに詳しくない。

先程の知識に付け加えて、彼女が将来悪役となった私の側にずっと仕え続け、見せしめとして殺されたというくらいだ。


そう、殺されるのだ。あんなに可愛い彼女が、私の巻き添えで。


本当に世の中不条理に満ちている。

あんなに可愛い子を生け贄にするなんて、本当にあの男を初めとして、気に食わない奴らばかりだ。


正直、チェルシーについて知ってたとは言え、まさかこんなに早く会うとは思っていなかった。

そう思って、一つ気付く。

私の知識は、この世界とあの男達のことが中心だ。

ただそれも、大半が未来のことに付いてで、今の事については殆どないと。

ましてや、私に付いての知識も15、6からが多くて、今の事は、さっぱりだ。

先程のチェルシーについてのあれもこれも事実か不明な知識と、それから導きだされた推測に過ぎない。

それに振り回されて、現実を見落とすようでは困る。

チェルシーが本当に家族から見限られてここに来たのかなんて、推測どころか本来なら妄想の域である。

私の知識が正しいかは、彼女と接して行く上で、確認していくしかない。

最悪を考えるのも必要だとしても、だ。


でも、と思う。

少なくとも、リンデスは、私の敵である。

私を蔑んでいる彼は、まかり間違っても私の味方ではない。

同じ目を私に向けていたカーニャも。


ただ、カーニャの方には僅かに同情も感じたから、そこが突破口になるかも知れない。


「うぅ、しんどい。疲れる! 何で只の子供なのにこんなにあれこれ考えなきゃいけないの! 全部あの男のせいだ!」


ぼふん、と大きなベッドに飛び込み、ゴロゴロ転がりながら、愚痴を言う。

私は、本当にこういうの向いてないのに!

あれこれ考えるより、あの男をぶん殴りに行きたいのに!





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