やるべきこと
そう決めた所で、何をすべきか考える。
まずは、味方を増やすこと。
その為には、今のままの私では駄目だ。
どんな思惑があるにしろ、私は対外的にかなり上等な教育を受けることが決まっている。
なら、それを利用しない手はない。
知識は、力だ。
あらゆる知識を貪欲に吸収し、私の価値を高めていかなければ。
そして、その力と価値で味方を増やす。
勿論、知識は力なのだから、前世の知識も大事だ。
前世の知識すらも利用して、この家のあの男以外の全てを味方にし、その他の場所でも味方を増やすことが出来なければ、高位貴族の当主であるあの男には勝てない。
となると、まずは、お母様と二人の兄弟をこちら側に引き込むことから始めよう。
それから、私の持ってるこの世界に関する知識がどれだけ合っているのかを確認する必要がある。
情報というのは、日々変化していく。
人は、生きているのだから、尚更だ。
私の知識とこの世界や人々の情報に食い違いが生じるのは、当然だ。
なにせ、既に未来の知識を得て復讐を企む私という異分子がいるのだから。
だからこそ、どれくらいの齟齬が生じているのか把握し、どう活かしていくのか考えていく必要がある。
そして、それらと同時進行で、本当のルーリェンを探す。
彼女は、前世の知識通りなら、この屋敷の敷地内のどこかで厳重に守られている。
まずは、その知識通りに此処にいるのか確認する必要がある。
それに、私は、彼女に会ってみたい。
彼女に対する思いは、複雑だ。
私は、彼女の身代わり、形代。
だけど、彼女がそれを望んだ訳ではない。
いくら彼女を守る為とは言え、企んだのはあの男。
彼女は、悪くないのだ。
彼女を恨むのも、怒るのも筋違いだと分かっている。
理性は分かっているのに、感情の一部で納得しきれていない。
だからこそ、彼女に会いたい。
彼女に会ってどうなるかは分からないが、会って見える何かがある。
分からないにしても、彼女に会って損はない。
だから、あらゆることを見逃してはならない。
考えるのを、止めないようにしなければ。
ついでに言うと、彼女の事については、一つ心配事がある。
あの知識が正しいなら彼女は、極数人の人間とだけ過ごしている。
大人しか居ない環境下で、しかもあの男の主導の元で育てられている。
あの男、まともに子育てが出来るのか?
あの無能を見下している男に、自分の息子達すらまともに相手をしていなのに、だ。
確か、本当のルーリェンは、才能豊かだが、天才ではない。
初めは出来ない事が多くて、それを努力で乗り越えて行く。
そう、初めはあまり出来ないのだ。
知識の中で、彼女は明るく無邪気で、何事にも興味を持ち、非常に努力家だった。
これ、父親であるグレイシーと全く同じとされていた。
幼い時に死に別れた親子、しかも男と女と性別が違うのに、全く同じ性格になる事があるのか?
いや、無いとは言わないが。
生育環境もまるで違う筈で、そんなに似るのか?
あっ、嫌な事に気付いた。
あの男にとって、グレイシーは唯一の親友であり大切な人だ。
その仇を討つ為に、十数年以上の年月を捧げられる程、心酔している。
彼女は、見た目父親にそっくりなのだ。
勿論、男女の差はあるが、確実に親子と分かる位によく似ている。
あの男、まさかグレイシーの面影を彼女に重ね、意識的無意識的にその性格を真似るよう強要したのでは?
彼女は、非常に努力家であるが、それは、努力しなければならなかったからでは?
どうしよう、幼い彼女の失敗を冷徹に見下ろすあの男が容易に想像出来てしまう。
舌打ちとか、グレイシーに出来てお前に出来ない訳がないとか理不尽な事を言いそうだ。
幼い子供と大人を比べて、出来ない子供が悪いなんて理不尽にも程がある。
あの男に命じられれば、共にいる人達も主であるあの男の言葉に従うだろう。
それは、果たして幼い女の子が、幸せに暮らせる環境なのだろうか?
ヤバい!これは、ヤバい!
とにかく、彼女に会わなくては!
会って、彼女が幸せなのか、確認しないと!
優先順位が、入れ替わってしまった。
とにかく、なるだけ早く彼女を探して会いに行かないと!
幸せなら、私があの男憎しでの邪推だけど。
杞憂に済めば、それが一番だが、嫌な予感だけはひしひし重なっていく。
唸りながら、しなければいけないことを、箇条書きに書き連ねていく。
中々にうんざりするくらいに書かれたリストに、うんざりするくらい自分の無力さも無知さも突きつけられる。
けれど、目を背くなんて出来ないから、この悔しさを忘れないようにして、糧にしようと自分に言い聞かせる。
つらつらと書き連ね終わって、 ほっと一息つく。
今の自分にできることなんて、限られている。
だから、できることは諦めずに前を向き進んでいくこと。
それと、ここまでやって思った事がひとつ。
「無~理! 計略とか謀略とか、私には無理! 出来るか~!」
これである。
さっきも思ったけど、私は本来謀に向かない質だ。
ちゃんと自分を理解してる。
いや、復讐はやり遂げるけど。
失敗するにしても、諦めないし。
それはそれとして、こんなに色々しなきゃ行けない事があって、しかも私が考えた物だから、絶対に漏れもある。
出来るなら、失敗したくないし、幸せになりたい。
そう思うと、どう考えても私の能力や性格じゃ、やり遂げる未来が思いつかない。
う~う~唸りながら、文机の天板にぺたりと顎を乗せて考える。
まぁ、もう結論は出ている。
悩んでるのは、私の個人的復讐に巻き込んでいいかどうかなのだが。
「よし!巻き込もう!」
失敗すれば、あの子達も破滅に巻き込んでしまう事になる。
それが一番怖いけど、いざという時は、私の命に代えても逃がそう。
だって、やっぱりどう考えても、私一人じゃやり遂げられない。
失敗しても、やりたいようにやった結果だろうから、私は多分後悔しない。
ただ、下手な失敗の仕方をして、誰かを巻き添えにしたり、迷惑を掛けることは極力避けたい。
その為に、他人を巻き込むなんて、本末転倒なことは理解してる。
それでも、と考えた所で、頭を振る。
どうあれ、どんな理由を付けたにしても私は、自分の復讐の為に他人を巻き込む。
その罪深さを忘れては行けないし、私自身が恨まれる覚悟も忘れては行けない。
それを考えて、では復讐を諦めるかと、自身に問いかければ、嫌だと騒ぎ立てる自分本位な本心。
自分を馬鹿にされて、このままにしておけるかと、むくれ顔になってしまう。
それに、今の私は仮初めにしろ高位貴族の血を引く者として扱われる。
只の貧民の孤児が、だ。
あの男の思案がどうであれ、これは普通の貧民には起こり得ない千載一遇の機会だ。
これを有効活用しないでどうする。
あの男だって、私を利用するのだ。
こちらも有り難く利用させて頂く。
10年とは、一応の目安でしかないが、10年あれば、努力すれば今よりは多少はましに出来る筈だ。
となると、なるだけ早く仲間達に会えるよう算段を付けないと行けない。
ここは、現在私が7歳の子供を装ってることを利用するのが手っ取り早いかな?
ホームシックで会わせて貰って、駄々を捏ねて、一緒に過ごせるようにする。
幸いというのもどうかと思うが、私の仲間達も孤児だ。
だから、なんとか許可さえ貰えれば、ここに連れてくることはそこまで難しくない筈だ。
それに、私にとって、仲間達が大切であることが確認できて、会いたがることを知れば、少なくともしばらくは孤児院や仲間達にそうそう手出しはしないだろう。
まだ、私が完全にあの男の言いなりになったか確信していない筈だ。
人質は、生きているからこそ価値がある。
私に信用させないといけないのだから、まだしばらくは大丈夫なはず。
そう、信じるしかない。
そこまで考えた所で、ドアをノックする音が聞こえた。
慌てて紙を引き出しに直し、返事をする。