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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
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 私の初陣、結果は惨敗。


 私の平手は心配して探しに来てくれた兄上に止められ事なきを得、

 更に言えば事態を聞きつけた殿下の保護者――じゃなく第一王子たちを加えた兄組によってその場は収められ、騒ぎは最小限に留められた。


 それでも、しばらくは謹慎処分の判定だ。


 殿下は姿が見えなくなるその時まで「身分剥奪」を叫んでいたが、私だって叫び返してやりたかった。

 正直他家を侮辱する発言に至っては彼の方が勝っていると思う。そう思い直すことにより、私は退出までぎりぎり平静を保った。

 不用意な発言は堪えた。これだけは頑張れた。


 ――それでも、状況も結果も一切変わらない。


 自分のベッドに横たわれば、社交会の出来事が勝手に脳内再生される。

 あいつが言った言葉一つ一つを思い返す度に怒りで世界が真っ暗になった。

 でも、かつて冷静だった自分が、あいつの言っていることも正しいのだと訴えている。


 分かっている、分かっているんだ。

「……母上がいなくなった日から、少しずつ、この家は変わっていった」


 良い変化だと思っていた。でもそれは思い込みたかった自分が作り出した詭弁だったのかもしれない。少なくとも、社会の目はそう告げていた。

 兄上や父上は私にも謝っていたが、そんなのは要らない。私も知るべきことなのだから。

 じわりとしみ出した涙が視界を曇らせる。


 家族が変わった原因は、あいつが言った通り母上のことかもしれない。

 ……でもその根底には壊れかけだった私がいるのではないか? 特に兄上を見ているとそう思えてならない。

 皆の視線は私が原因なんじゃないのか?


 じっとしていられなくなって、枕を掴んではドアへ向かって思い切り投げた。入室したサミが間一髪でそれを躱す。

「あんの、くそ王子! 人のトラウマに土足で踏み込みやがって!」

 自分のことを声に出すのはできなくて、王子の単語に恨み辛みを篭めて叫ぶ。

「カレン様、」

 窘めるようでいて心配の色も滲んでいるサミの声に、思い切り泣いて縋りたい気持ちになりかけるけれど、

 ……私を守ろうとしたことが、この家の堕落の始まりなんじゃないか? と、内なる自分は許してはくれない。

「うるさいうるさいうるさい!……私だって、好きで無礼を働いているんじゃないわ、阿呆!」

「カレン様!」

 威勢良く叫んでいたくせに、窘める声で身体は途端に震え出す。ぶり返してきた涙を、ぐしゃぐしゃにしたドレスの裾で荒々しくぬぐい去る。

「お兄様だって、好きで植物を育てていた訳じゃない! そもそも文武両道だからな! 舐めるなよ!」

「……」

「ていうか、父や兄同士のいざこざに、あんたがケチつけてんじゃないわよ。な・に・さ・ま! あんたこそ、友達いないんじゃないの!」

「……はぁ」

 サミの温かいお小言が始まりそうな気配を感じて、私は勢いよくベッドに寝転んで天井を仰いだ。

 自然と涙が出れば、よく泣いていた他国の神子様を思い出す。彼はずっと話してはくれなかったけれど、あの日どんなものを抱えてあの場にいたのだろう。

 彼は第三王子だったけれど、自国の第二王子とはえらい違いだわ。

「あれね、王子にも格付けがあることを知った一日だったわ」


 半身を起こして重力に沿うように前方へ曲げる。両手で顔を覆えば乱れほどけた髪の毛がその横をすべり落ちた。

 彼を思い出すとちょっと落ち着く。神子様の力は絶大だ。荒くなっていた呼吸を整えていると、その背をサミが撫でてくれた。

「取り敢えず、着替えましょう?」

「…………うん」


 ねえサミ。私はどこから、何からやっていけばいいの?



 社交会での話を書こうと思っていたウィルへの手紙は、ペンを持つことすら億劫で、書けないまま二週を越えた。割とあっさり、謹慎も解かれてしまったけれど、外を歩く気も起きなかった。


 けれど、その日送られてきた手紙は兄上と私の二通。一方的に送られたことにも、手紙の内容も、私は驚きを隠せなかった。そして思いも寄らないところから新たな指針を手に入れたことに、神様の悪戯めいたものを感じずにはいられなかった。

 彼の手紙に涙が落ちては染みを作っていく。


『……社交会で何が起きたのか、ニコライ様の手紙から知りました。

伯爵夫人が亡くなった時のことも、簡単なものですが、聞きました。


これから書くことの中にはあなたの意にそぐわない内容があるかも知れません。それでも、どうか聞いてほしい、知って欲しいことがあり、私はこの度ペンを執りました。


今からおよそ一年前のことです。あなたは私に「務めを果たすことは素晴らしいこと」「やりたくないことをやり遂げることは素晴らしい」と説かれましたね。


あのとき、気付いていたかも知れませんが、私はあなたが聞き取れなかったことに乗じて一度言葉を替えました。

「それが、生け贄の役目だったとしても」私は最初そう言いました。

神子という役割は、我が国において「国に奉られている神、竜に命を捧げる生け贄」の役を全うすることなのです。


あなたが恐らく聞きたがっていた「神初めの儀」は先代から竜の力と意思を受け継ぐ為の行事のことです。その日を迎えた後私の身体は竜へと作り代わり、人として生きてきた「私」は竜としての「私」に塗り潰されてしまうのです。


私はあのとき、その役目から逃げようとしていました。ずっと「可哀相な子」として見られてきたから。それにより、成り代わることが恐ろしい事だと思ってたからです。


でもあのとき、あなたは私の役目を肯定してくださいました。何も知らなかったとしても、

その言葉だけで、報われた。

その言葉だけで、嬉しかった。


私は他ではない、あなたの言葉で確かに救われていました。

私は今やっと、先代様、私のお爺さまであった方と真正面から向き合い話すようになりました。そのお姿には人の面影が全くなく、たまに人間差別を口にすることがありますが、他は至って普通の、毎年豊作祈願で苦労している竜のお爺さまです。ふとした拍子に圧死しそうになりますが、割とよくやれている方だと思います。


ですからどうか、自分が紡いだもの全てが過ちだったと嘆かないで下さい。

それに、失敗の先にあるのは、思いの外優しい世界であったりするものです。


カレン様、あなたは今、泣いていますか。

私はこれから儀式の準備のためにお二人からの手紙が届かない場所に行きます。


私が戻って来て、枕を濡らす日がそれまで続くようでしたら、一度我が国にいらして下さい。


私はあなた方ともう一度、正面から、言葉を交わしたい。

できることなら、今度は私が二人の傷を癒したい。私が受けた恩を返したい。


叶うなら。私が、私でいられる間に、もう一度。…』


「なに……それ……」


 人の営みは止められなくて、自分がやらなければいけないことも中々定まらない。


 けれどそれは、私が自由である証拠。


 玄関横の窓から見える空はとても青く澄んでいる。泣いていた少年はここにはいない。


 だから今度は、私があなたに会いに行く。


 絶対に。


やっと、本題に、入れる。

それにしても皆泣きすぎな気がする。もっとほのぼのしたものを目指していたはずなのに!


ここまでお読みくださりありがとうございます!

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