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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
71/71

31 仮面舞闘会(sideC)

※ウィル視点です。

***ウィル


白銀の竜が翼を広げ天高く飛び上がれば、鏡映しの世界で黒曜石のような鎧を纏った竜が空を舞った。 霧や粒子ではなく、歴とした形を持った黒の竜は、無限に湧き出す獣たちを見下ろして、その蒼い瞳を曇らせる。


「これは、どういうこと……?」

線は全て断った。けれど獣はそれらに関係なく湧いている。

それに表と裏の位置関係は戻ったが、裏世界の姿がそのまま表に投影されてしまっている。

これでは隠していた意味がない。

加えて、長らくフィクス王国が神秘、非日常、非常識としていた裏世界の存在のよしなしごとは、神竜を擁する我らランタナの管轄だというのに、解決の糸口さえ掴めないとは、何という体たらく。


しかしながら、手を貸そうにも裏世界から出ることは得策ではない。本来の居場所から離れれば離れるほど、僕はウィルの姿を保てなくなるからだ。

かといってこの舞台から離れるのも個人的にはしたくない。レーヴァや義母様はいいとして、神竜の血を宿したジークとカレンの安全はどこにも保証されていないから。


……今この場でできることを探そう。

焦る僕を掠めるように一対の騎士が空を駆け、そのまま表世界を映す鏡の床へと消える。故国で見たことがある相手だとこちらが分かっても、向こうには僕の姿が見えなければ言葉を交わすこともできない。

のど元まで出かかった声を押し込めて、代わりの溜息を吐いた。

僕は、どこで生きても、どんな姿になったとしても、見つめる立場から変われないらしい。


目下を見渡して成り代わる原因を探る。

――そもそも、“転生”は、神の役割を担うモノの下、深い結びつきを持った表の住人と裏の住人、そして彼らを繋ぐモノが必要になる。

様式は神の役目を担うモノによって多少違うらしいから、ランタナと違う流れで起きていてもおかしくはないのだけれど……。


問題は、このフィクスに神は存在しないということ。


更に言えば、かつてアドナイが棲んでいた国であるということだ。


アドナイの領域だった証拠に、アドナイの腔胴はフィクス王国をも網羅している。

僕が人間として生まれ生き抜いた十七年の更に六分の一程度の年月で、先代から叩き込まれた知識と現状を照らし合わせながら、解決策を頭の中で練る。

原因を突き止めて解消するのが最前手ではあるが、原因が見えない以上、対応策を打ち出すしかない。

このままでは獣は増える一方だ。


「ジーク、そっちの様子はどうかな」

『コノママデハ定員ヲ越シソウダッタカラ、蔓延ル植物ヲ叩キ切ッテイル』

「考えるよりも行動」な僕の半身は、すでに現状打破(物理)を決行していたよう。思わず出た笑い声を響かせながら、赤い会場をぐるりと見渡してこちらにも影響が起きているか確認する。


……変化なし、か。

まあそうだろうね。干渉できないのが正しい形なんだし。

武器にも防具にもなる鱗の鎧でもって沸き立つ獣を蹴散らし、粒子と化したそれがまた形を取り戻す様子を眺める。自分一人ではどうにもならないけれど、何か得るものがあればいいと、焦点を合わせた聴覚で彼らの叫びを捕らえる。


――今度はお前達の番。

――引きずり下ろしてやる。

――おのれおのれおのれ。

――お前達こそ“生け贄”にふさわしい。


「生け贄……?」

聞き間違いではない、聞き慣れた語句に目を見張る。


何故? 表の世界にはアドナイが望んだ神竜の子孫ジークがいる。堕とされる事を誰も望んでいないはずだ。

必死に手を伸ばす彼らは表世界で生きることを望んでいる訳ではないと仮定して、

彼らの挙動を見直せば、裏の世界から逃れたい一心で開きかけた門にしがみついているようにもとれる。

それに、どことなく、確証はないけれど、“彼らも表世界にいるべきモノたちなのではなかろうか”と、そんな疑念が浮かんで、脳内で警鐘を鳴らした。


でも、彼らは、黒い獣。


いやいや、完全な転生を果たした後ならば、本来表世界の住人も獣になる。僕のように。


でも、彼らの転生は僕らが防いで。


そもそも、彼らの言う生け贄は、いつからの話だ。切り替わったとして、それのタイミングは、今日より前かもしれない。


「じゃあ、」


地上に降り立ち、誰に聞かせるでもなく、ただ呻く。

「じゃあ、今表舞台にいるのは、誰?」

事態が好転しているのか悪化しているかすら分からない。

ずぶずぶと思考の沼に沈みそうだった意識を呼び戻したのは、ジークの声だった。

『――ウィル、聞コエテイルカ?』

「え、ああごめん!」

『壁ゴト壊シテ客ヲ逃ガシテイル。ソッチハドウダ。進捗ヲ聞カセロト、オ前ノ兄ガ煩イ』

「そっか、壁壊せたのか……」

逃げ出す術が得られたのなら、取り敢えずはいいのかな。

安心しそうになったものの、さっき行き着いた結論が、逃がすなと訴えている。

しかしジーク達の足止めまでしかねない主張を押し通す程の根拠もない。


『大丈夫カ?』

自分の動揺が伝わってしまったのか、ジークの問いはどこか心許ない声音だった。

「大丈夫、こっちはジーク達ほどの惨事にはなってないよ」

言ってから、心の内で懺悔を繰り返す。


ジークにも、そしてエルドラ様にも。僕には彼らを結びその任を受け継がせる役割もあるというのに。眠る暇もないなら、立ち止まる暇も僕にはないのだ。


どうせ悩む一方なら、ジークには伝えておいた方がいいのかもしれない。

思い直しながら、また再生を繰り返す獣を一体散らして、その床に小さく映る銀の竜に意識を傾けようとした矢先、

人の形をした影が、僕目がけて飛び込んで来た。


彼の者が振るう薙刀の刃先が、僕の鱗とかち合って弾かれる。後を引く甲高い音は、双方を驚かせた。

「それは……葬送の」

「驚いたな、弾くだけじゃなく話もできるのか。あんた、本物の神竜なんだな」


舞台の上で態勢を立て直して、彼の者を見据える。

黒い髪に黒い瞳、薙刀という呼称の武具に、袴と呼ばれる衣装。ランタナでも、フィクスでもない要素を備えた快活そうな長身の男。

「……アカツキの民ですね」

僕が務めて低く唸るような声を出すと、問われた男は獲物を下ろし、敵意はないと断ってから簡単な礼をした。

「俺はミツキ・シノノメ。察しの通り暁国の出身だ。そして、親父は職人だった、あんたらと敵対するつもりは毛頭ない」

「職人……葬送の剣の職人ということだね、そのシノノメなら知っているよ」

エルドラ様からの知識を総動員してゆっくりと言葉を紡ぐ。


エルドラ様の時代、フィクスの一領土だったアカツキは独立のための内乱を起こした。アドナイの腔胴へと繋がる門を神域としていたアカツキと、鉱物を欲していた旧イキシアの対立。神域保護のため協力していたランタナは、一部の職人に当時最硬を誇っていた件の鉱物の加工方法を伝授した。

おそらく彼の父親もその内の一人なのだろう。


白銀の刀身を持つ薙刀を不躾に観察してから、居住まいを正し自分も首を低く下ろした。

「私はランタナ国、現神子、ウィルヘルム。

失礼ですが、敵対する意思がないのなら何故私に剣を向けたのか、事情をお聞きしたい」


ミツキと名乗った青年は薙刀を床に突立てて、両の手を眼前に突き出した。

「それについては詫びる。

俺は黒い竜の存在を知らなかった。元々この地の竜は絶命したって聞いていたんで、あんたが偽神だと思ったんだ」

「偽神……」


僕が呟いた言の葉を聞き取ったミツキは、屈託ない笑顔でこちらに提案を持ちかける。


「そうさな。お詫びに俺が知っていることは教える。

だから、ちいとばかし、俺に協力してくれねえか」


説明の台詞を中心にいくつか訂正。

内容自体は変わっていません。そのまま読み返さなくても大丈夫だとは思います。多分。


※次話投稿は来週になります(7/5)

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