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三話ずつまとめてのつもりだったのですが、書き上がったので上げちゃいます。
次回から何話上げられるか自分でも分かりません! すみません!
死は花の香りがする。
それは、母上との別れで知ったこと。
年齢など関係ない。ストレリチアの娘として、誰よりも強く礼儀正しく清らかに。ずっとずっと生きていく。誰にも強要されないから、幼い心ながらも自分で自分を戒めてきた。
里帰りしていた母が、物言わぬ姿となって帰ってくると知ったとき。
涙を流さず、無口で、冷たい人形の印象を与えていただろうその姿を、一番嘆いていたのはサミだった。文武両道だった兄上は剣に迷い段々と振るえなくなって、父上はただその余韻に堪え忍んでいた。誰もがその通達がもたらしたものを、自分の中で消化することで精一杯だったのだ。
母上のいない屋敷の中は寒くて、人はいるのにどこかひとりぼっちで。自分が母上の代わりに笑おうとしても、姿見に映したその顔はどうにも空っぽで嘘っぽい。更にはそもそもこの場で笑うなんて不謹慎だと、笑おうとする自分を自分が責めていた。
母の葬式で参列する人々の中、父上も兄上も薄らと涙を浮かべているのに、
私だけぽっかりと心に穴が空いた心地で、一粒も流せなかった。
あの娘はおかしいと誰かが囁いている気がした。自分も自分でおかしいと、不義理な自分を責めた。泣くことも笑うこともできないおかしな子。
けれど、彼女が眠る棺の中は死の香りがした。
手向けの花に埋もれた彼女は、少しだけ笑っている。
生前と同じ顔で、同じように笑って、そして事実を突きつけるように、記憶の中よりずっとずっと真っ白で、全く知らない香りがする。
誘われるように前に立ち、手向けの花を手に握りしめたまま、
気付けば涙をこぼしていた。
頑張ろうとして、ずっとできなかったことが、
直面して、やっと、できるようになる。
私の中で今まで詰め込んで燻っていたものが止めどなく流れ落ちていって、
死と花の香りがその隙間を埋めていって、涙は更に更に加速していく。
止まらなかった、止められなかった。
あのとき、
「ああ、やっと泣いた。泣いてくれた」と言ったのは誰だったのか。
兄上だったのか、父上だったのか、サミだったのか、母上だったのか、
堪え続けた私自身だったのか。
それともその全てが正解だったのか。
言葉に悔いるように、そして報いるように。
泣きたいときに泣いて、笑いたいときに笑う。
その日、私は正直に生きると決めた。
***
一年前。共に夜更かしして父上の温かいお説教をくらったウィルは、
約束を違えることなく私と兄上の分の手紙を約二週間に一通のペースで送ってきていた。
私達も同じペースでやり取りしているけれど、国を跨ぐこのやり取りは往復の時間も鑑みると大分忙しない気がする。
ウィルが筆忠実なのか、毎回分厚い量の兄が積極的なのか、かくいう私も挨拶文の技術が格段に上がるほど気前よく書いていた。
サミに聞いてみたところ、
「三人ともでしょう」とのこと。
「……こちらとしては、届いた当日かその翌日には書き上げてしまうその力を他の所でも生かしてほしいのですが」
ついでに有り難いお小言もセットでした。
自室の机の前に座って、更に高揚している自分を落ち着かせて、今日届いた新しいお手紙を開く。が、こちらにも今あまり見たくないトップ3のワードが記載されていて、苦い顔を作る羽目になった。
「珍しいですね、神子様からの手紙はいつだって楽しそうに読んでらしたのに」
「社・交・会」
「……ああ」
そう、社交会。
私の今のホットワードにしてタブー。今年ぴっかぴかの十四才になった私はついに参加解禁と相成ったのだ。ドレスを仕立てて、小道具も揃えて、いざ出陣!
――――と、行けるほど現実は簡単じゃない。
「三日後とか。デビューして即兄上たちの足を引っ張る結末が見えるわ」
「ですから、あの時、もっと真面目に取り組めと言ったのです」
「うぅ、反論の余地もございません」
手紙を一旦閉じてしまりなく机に突っ伏す。
あのとき、というのはこの文通が始まってすぐのこと。ウィル神様は冒頭でこう書かれておりました。
『拝啓 … 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます』
それを読み、私はサミに問いました。
「拝啓とか清祥って何?」と。
彼女は衝撃でその場に崩れ落ち丸一日お休みを取った後、父上と協力して家庭教師をかき集め私を椅子に縛り付けた。
「これから一年、みっちり基礎を叩き込みますから覚悟して下さいね」
あのときのサミ全力の“鬼の形相”は今でも忘れられない。あれはやらなければ、殺られる。そんな目だった。
その後どうなったのかと言えば、ええ、今のこの通りである。
「あれでも頑張った、頑張ったのよ、自分なりに」
決して逃げていた訳じゃない。無意識に小さくなった言い訳の声にサミも「わかっています」と呻くように答えた。
実際取り組もうとすれば、その度にこんなもの要らないと全身で否定するように、私は癇癪を起こして家庭教師達を困らせていたのだ。いつもは厳しいはずのマナーの先生に向かって椅子を投げたり、それはもうお医者様を呼ぶ大惨事だった。
兄伝いに知ったウィル神様の励ましに何度泣かされたか。
そして何度謝罪文を書いたか。
「取り敢えず、私やエスコートして下さるニコライ様を相手に、挨拶の練習はしておきましょう?」
「うわーん、サミー」
ともあれ、今更縋る相手が少ないことを嘆く時間はない。
本番まであと三日。せめて誰かの名誉を傷つけることのないよう、
精一杯あがいてみよう。
……そう、努力はしたのに。
三日後、私は自国の王子相手に手を上げていた。
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致命的な誤字発見、訂正しました(1/18)