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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
69/71

29 仮面舞闘会(sideA-5 another)

※次回更新予定日 6/17→6/18(駄目でした(´・ω・`


※若干ホラー要素あり、骸とか出てきたり顔が崩れるなどの表現があります、ご注意を。

※モブ視点から入ります。

***?


 一緒に来た彼に裏切られ、

 一人壁の花に徹していた私を、その人は舞台へと誘ってくれた。

 仮面越しのままで、互いに偽名で名乗っていても、どこか通じ合っている、そんな気にさせる男の人。

手を引かれ導かれるがままにダンスを踊り、互いの故郷についての冗談話に花を咲かせ、いつしか彼の愚痴に付き合ってもらうまでに私は打ち解けてしまっていた。


 ……本当に、不思議な人。


 形ばかりの婚約者から得られなかったものを埋めるように、その人へと一歩踏み出せば、まるで幼い頃から一緒だった兄弟のような、そこはかとない安心感が私を満たす。

 もう少し、もう少しだけ一緒にいたい、あなたのことが知りたいと、要求を口にすれば、その人は快く私を自分の内側へと招き入れてくれた。


 そう、彼自身の、世界の内側へと。


 異常に気づいたのは、声が上手く出せなくなった時だった。

 噎せ返るような香りに、天井から降り注ぐ緋色の花弁。その人はたじろぐ私を鼻で嗤っていた。身の危険を感じて逃げようにも、足も手もすでに自由が利かない状態だった。


 ――何これ、意味が分からない。これはきっと全部、全部夢なんだ。

 次第に赤黒く染まる視界の一切を意識から遮断して、ぐっと目をつむる。

 一瞬の虚脱感に見舞われた後、足下から割れる音と続く重力の圧は、自分の置かれた状況を半ば強制的に認識させた。


 舞台よりも深い場所へ、

 赤くて暗い地の底へ、

 なすすべもなく、一人私は、墜ちていく。


***カレン


 会場に戻って、異形と化したその舞台に息を詰めた。

 中央でくるりくるくる回る煌びやかなドレスに、互いの顔を隠す仮面。彼らの振る舞いこそ人のそれだが、

 服の下から伸びる骸骨が、自分たちがいる世界と異なっている事を示唆している。

 私やウィルのように血の通った人の姿を保つ者は数えるほどしかいない。中でもその目に異形を捉えているだろう人影は更に少なく、見えない者は舞台で平然と骸と踊っている。


 ……一体いつからこんな状態になったのだろうか。少なくとも外に出るまでは何の変哲もない舞踏会会場だったはずだ。

 シャンデリアが下がっていたはずの高い天井には、彼岸花が咲き誇りその緋色の花弁を散らして、血脈のように紅が蔓延る床に着地し光となっては消えていった。


「ついに舞台ごと墜ちてきてしまったみたいだね」

「じゃあ、今踊っているあの人たちは……」

「君と同じ、表世界の住人でしょう。けれど君と違って裏の世界の住人の姿も、舞台の有りようもきっと正しく見えていない。まぁ、剣を振るう人が現われたら逃げる位の常識はあるだろうけど」

「……少し、うらやましいわ」

「……そう」


 ぎらつく金と鮮烈な紅に彩られた舞台に竦んだ足を叱咤して、噎せ返る華の香りに包まれながら、何の変哲もない一組のペアとして、その舞台の中央へと進んでいく。


 丁度音楽が切り替わる合間に割り込んだ私達は、向かい合い軽く礼を取ると、

 私は腰の銀の剣を抜き、

 彼はその刀身の半分を覆い隠すように握った。

 ぱっと遠目から見た形はフライングして肩を組んだ男女だろう。私がウィルの首の後ろに手を回し、ウィルが私の腰に手を回す。そしてもう片方の手は互いの手を繋ぐ、ように見える格好だ。実際は銀の剣を二人で互い違いに握っているのだが。


 飛び出した形になっている剣先をむやみに他人の視界に入れるべきではないと、繋いでいる手は顔より下の位置で固定。

 ……あまりにも自然にこの形を作るものだから、指摘する暇もなかったのだけど、

 そもそもこの剣、中々の重量があったはずなのに、ウィルと一緒に持ってから全く重さを感じない。

 加えてそのウィルの手が、柄ではなく刀身を直に持っていることも言及したい。


 と言うか、赤い線を切るとは言っていたけれど、この剣を掴んだまま踊りながら切るというのか。私そんな訓練はして来てないぞ。


「ええと、あの、ウィル? 聞きたいことは山ほどあるけど、まず剣をそのまま持って、重かったり、痛かったりしないの?」

「え、ああ……それは」

 けれど彼が答えを言いかけるとほぼ同時に、無慈悲にも音楽が流れ始める。

 ゆったりとしたテンポに合わせて、周囲は踊り出し、ウィルに手を引かれて仕方なく私もゆっくりと簡単なステップを踏んだ。


 彼は身体を慣らすように何種類かのステップを繰り返して、器用に他のペアとの距離を開け、一回緩やかなターンを挟む。

 それからふと剣から掌を離し、彼は傷一つないそれを見るように私に囁いた。

「儀式前からそうだけど、神の子は握る力も破格であれば身体の頑強さも神竜基準なんだよ」

 言うや否やウィルはおもむろに剣を握り込んで、必要以上の力を入れる。剣が食い込む痛い想像をして背筋を悪寒が走ったが、双方はぎちぎちと音を鳴らすのみで互いに傷一つ付かなかった。

 驚き硬直する私の手を引き、彼は再びゆっくりとダンスの輪に溶け込んでいく。


「それにしても、ここまで縦横無尽に繋がっていると原因が見えてこないね」

「表と裏を繋いでいるってやつのこと?」

「ええ。

――――こうなったら、地道に一本ずつ切っていくしかないのでしょうね」


 会話の流れに乗せて優雅にステップを踏むウィルは、進行方向を横切っていた赤い線を自然なターンに乗せてぶった切った。もちろん切ったのは若干はみ出したままの剣先である。

 傍から見れば少し歪なダンスだったろうが、そもそも周囲の人々には向かい合っている骸のモノだって正しく見えていないし、赤い線も見えなければ、わざわざ他人を気に留める者もいなかった。


 唯一この場で見えている私が突然の事にぽかんと口を開けた姿を認めて、ウィルはほんの少しだけ笑ったようだった。

「誰を結んでいるのか分からないのに、簡単に切ってしまっていいの?」

「人と骸を繋いでいるものに限っているから、大丈夫。取り敢えずの応急処置でしかないけれどね」

 説明を挟んでから彼はまた一本、一本と躊躇うことなく切っていく。

「骸は裏世界の住人、人型は表世界の住人。骸の姿は“人ならざるモノ”が少しずつ形を得ている過程の姿だと思ってほしい」

「ちなみに繋がったままだと……」

「時間経過で成り代わりが成立してしまう。

――――と、少なくとも現段階において僕とジークは考えています」


 情報を得た目で周囲を見渡せば、繋がっているも方がそこかしこに点在している。一緒にペアを組んで踊っている場合もあれば、舞台の端と端にいても繋がっている場合もあるようで、把握するだけで一苦労だ。

 そしてこの赤い線、意識すればするほど蹈鞴を踏んで転びそうになる。


 仕方なく進行方向はウィルに一任して、私は擬態のためにひたすら足と腕を動かし続けた。

 対して彼は話を続けながらも、周囲との一定の距離感を保ち的確に動いていく。時に切り、加えて私の誘導もぬかりない。彼のリードには確かな安心感があって――少し変則的な動きであれど――おかげで話に耳を傾けながら簡単なステップを踏むことが出来ていた。


「ついでに説明しておくと、この剣はですね」

「うん」

 会話の合間を縫って、流れるようにまた一本、誰もいない空間を切り裂いた。

「この剣は、神竜の一部から生成されているんです。

――元が同じであれば原料となった鉱物も生成物も互いを傷つけ合うことすらできないし、頑強だから他の鉱物では全くと言っていいほど刃が立ちません」

「神竜の素材とは、また恐ろしいものを使うのね」

「ふふ、でもファンタジー小説ではよくある話でしょう? ましてや神秘の国出身としては別段可笑しな話でもなく、とっても身近な話ですよ」


 音楽が一つの区切りを迎え、ウィルは私達の間に剣を隠した。

 剣を持ったままの二人の手も、互いの胸元に挟み込まれたまま。彼は腰に回していたもう片方の手で私を抱き寄せる。

 線が細い印象でも、確かに私より一回り大きくて、硬く骨張った身体つき。温かい力強さが背を支え、流れのままに私は彼を見上げた。

 見慣れた銀髪に、深い蒼の瞳。私より白い肌。

 ……けれどこの瞬間、頭ではウィルだと理解しているのに、不確かな違和感が胸の内に去来した。

「そして、」

 と、彼が再び口を開き、囁くように言葉を紡ぐ。それだけで私の心臓は何故か激しく脈打った。

「この剣の本分は、“人ならざるモノ”を深淵へ、つまりこの裏世界へと還すこと。もちろん例外もあるけれどね」

 剣一本挟んだ先にある銀色の青年の顔が、自然な笑みを形作る。


 恐らく彼自身は何の変化も感じていないのだろう。剣の説明を淡々とする彼の姿に、私だけが歪さを感じている。


 だからそれは、ふとした思いつきだった。

 見つめ合った状態のまま私は首に回した手を這わせて、笑みを浮かべる彼の頬を撫でる。


 すると、彼の白い陶器のような表皮がぽろぽろと崩れ剥がれ落ち、――むき出しなった箇所から黒い靄が顔を出しのだ。


 本日何曲目かの演奏が始まり、皆がダンスに興じる中で、

 私達だけは向かい合ったまま静止していた。


「え、これは、なんで……」

「うーん、あまり見ないでほしいな」

 私がこれ以上剥がさないよう慎重に手を離すと、その様子を見た彼がまた弱々しく笑う。


「これが僕の今の“表”の姿――多分、ランタナの帰り道で見たことあるんじゃないかな――黒い霧状の獣の姿だよ」

「ウィルが、どうして……」

「居場所を明け渡した僕が表世界に出れば、僕は人ではなくなる。説明はされているってジークから聞いていたけれど」

「それは……」


 彼の言葉に促されて数日前の出来事が思い返される。

 それは確か、ストレリチア邸の一室で開かれた会議で、フラックスからもたらされた情報。

 “人ならざるモノ”と呼ばれる黒い獣たちは「居場所を奪われた、本来生きていた人」であると。


 確かに、聞いていたけれど……。

 触れた面からなし崩しにぼろぼろと零れていく「仮面」を目の当たりにして、私は思わず口をつぐんだ。

 怖いわけではない、可哀相と思うわけもない、ただ何の言葉も浮かばないのだ。


 やがて、人の形を保てなくなった彼の中から現われたのは黒い竜の形を成したモノだった。その身に宿る蒼い瞳は舞台を映して妖しく揺らめいている。どうやらこの姿では剣を持てないようで、私の片手に突如として重みが加わり、又、上手く引っかけられなくなった銀の仮面を彼は強引に取り払って、舞台上に甲高い音を響かせた。

「君は可哀相だと思うかな」

「そんなことない」

「ならば、そんな苦しそうな顔をしないでほしい。

こうして僕の姿が戻り始めたのは、この舞台全体があるべき姿へと戻りつつあるということ。つまり事態は好転しているのだから」


 黒い竜はウィルの声で私に優しく語りかける。霧状の身体は触れようにも触れられない、けれど仄かな温かさが私を包んだ。ぐずぐずになった顔を俯かせて力強く頷くと、彼は無言で頭部を私の頭の上に置く。


 とてもとても落ち着くけれど、ウィルはすぐさま取りやめて小さく呻いた。

「ああでも、好転はしているけれど、解決ではないみたい。……ごめん」

「どうしたの?」


 珍しく歯切れが悪くなった彼を見やると同時に、


 そこかしこで何かが崩れ落ちる音が会場中に響き渡った。


いつもお付き合いくださり、ありがとうございます!

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