27 仮面舞闘会(sideA-4)
今週からあまり時間がとれなくて、しばらく更新が遅めになりそうです。
今回も少々短め……(´・ω・`)
会場の熱気に当てられていた身体が、夜風に吹かれて落ち着きを取り戻す。
あいにくの雨で庭まで出られないけれど、扉一枚隔てた向こうの喧噪がやけに遠くに聞こえた。
劇場の外には出られなくて、中にも戻れなくて、ベランダに閉じ込められた形になった私達は各々のタイミングで溜息を吐いた。
「ほとぼりが冷めた頃に戻ろうか」
「……うん。巻き込んでごめん」
そのまま彼の名を呼ぼうとしたが、確証はなくて躊躇う。私達は視線を交わさず、ただ止まない雨を眺めていた。
そもそも二人には役目があるはずだった、私の短絡的な行いが招いた結果だと思えば、余計に後悔の念が募る。なんでなんでと、自分の言動を今更戒めても意味がないのに。
実に無知、実に無謀。
腹立たしいだけだったあの男の言葉が、じわりじわり私の弱った心を侵食していく。
そもそも私は、何のためにここに来たんだっけ。
非常事態解決のため? 領民代表? ジークの番に選ばれた一人だから?
迷惑をかけるだけだったのに、
――これから何をすればいいのかも解らないのに。
胸元に納まっているサシェをドレスの上から握りしめると、それはかさりと音を立てて優しい香りを放つ。
そしてベランダに漂う香りの正体に感づいた銀髪の青年が微笑を浮かべて振り返った。
「それは僕がジーク宛てに残したものだったんだけどね。君の手に渡るとは予想してなかったかな」
「……やっぱり、あなたはウィルなのね」
出会えるとは思わなかった、直接話せる日が来るなんて思ってもいなかった。驚きと嬉しさが込み上げる心を、けれど、彼の言葉は一蹴した。
「残念なことにね」
思わず息を呑む。段々と強さを増す雨音はその瞬間の私を反映するかのようだ。
「嬉しくは、ないの?」
「嬉しさは、まあ少しだけあるかな。ジークから無理矢理奪ったわけでもないし、自然の流れでこの状態になったんだから。
でも、この現状こそが僕らにとっては、すごくすごく残念で、苦しいんだよ」
「……どういうこと?」
彼の言う意味が今ひとつ解らないのは、自分が無知だからなのか。
雨の勢いは弱まる気配も見せなくて、雨音に掻き消えそうな私の呟きを拾った彼は曖昧に笑った。
「ごめん、説明不足だったね。……じゃあ、ここは敢えて考えてみてほしい。
僕は今もあの赤い裏世界にいて、ジークは今君たちが生活している表世界にいる。この状況で、どうして僕と君がこうして同じ場所に立って会話しているのか。どうすれば、可能になるのか」
「どうして、どうやって――」
そんなこと突然聞かれてもぱっと答えが出せるはずがない。考えることを放棄しようとするし、
ウィルに向き直れば「答えた方がいい?」と訊ねられ、それも嫌だと拒否する自分勝手さに嫌気がさした。
聞き分けのない子供のような反応ばかりの姿を見せても、彼はただ優しく問いかけるのみ。
「うーん、質問を変えようか。カレンは、生きていてほしいと願う人がいる?」
「え! そうね、もちろん」
「その人がもし今、命の危険に晒されているとして、尚且つ自分がその人を助ける術を持っていたら、どうする?」
「助ける」
「即答だね」
「これぐらいなら」
自信満々に答えたものの、実は自分が一番驚いていた。
雨音も、喧噪も遠くに聞こえて、
二人だけの空間は、焦り混乱する私を少しずつ宥めていって、
短い応答文句もほとんど条件反射で答えていたけれど、嘘偽りない言葉に少しずつ自分が自分を取り戻して、
魔法にかかったように、やがて私は激しい雨音に負けない程の活力をも取り戻していく。
解けた思考回路は、すぐ隣で「その調子」と呟いた彼の意図を汲み、笑い零す余裕をもたらすまでの機能を回復させた。
「――質問を続けるよ。もしその人を助けようとして踏み込んだ場所が、本来立ち入ってはいけない場所だったとしても、君は踏み込む?」
「立ち入ってはいけない場所……」
「例えば、世界の裏側、神域と呼ばれる場所とかね」
神域、裏側の世界。
そして本来あるはずのなかった邂逅。
ここへ来て質問が最初の問いへの誘導だったことを理解した私は、ようやく一問目の答えにたどり着いた。
「つまり、私は今、あなたが墜ちた裏側の世界にいるってこと?」
「そういうこと。原因は僕らも探している最中です。――どうでしょう、少しは落ち着きましたか?」
「おかげさまで」
「ふふ、どういたしまして」
彼の言葉には力がある。包み込むような声音に涙が零れそうになるのを必死に押しとどめた。
「でも実感もなければ、知識なさ過ぎてやるべきことの見当も付かない」
思いついた自信もないことは、この際放っておいて。ぐずぐずになった言葉を真正面から捉えた彼は、私を笑うことなく静かに頷いてみせた。
「大丈夫、それは僕らの領域の話だし、もし知りたいと思ってくれたのなら、これから少しずつ知っていってくれたらいい。
どうしてか、家族の面々は君を巻き込みたいみたいだけど、君のペースでいいんだよ」
「……うん」
雨足は弱まり、会場の音楽も一定のリズムを刻み始める。私は大仰に深呼吸をして、ウィルと向き合った。
「僕らはまず“君たち”を表世界へ帰そうと思います」
「うん」
「そのために、一つ協力してほしいことがあります」
「何でも言って。できれば詳しい説明付きで」
割と真面目に答えたつもりだったのだが、壺に入ってしまったのか、彼にしては珍しく声を大にして笑った。
「そうだね……神初めの儀の時、僕が赤い線を切っていたのは、知っている? あれは人の結びつきを示すんだ」
「知っているわ、あなたが悲しい顔をして切っていたことも」
「それも見られていたのか……、ええと、今回は表と裏を結ぶ線を切っていく、会場を回りながら、ごまかしながらね。
そしてそれを一人で行うのは僕も、ジークも難しい――」
にこやかに話すウィルはそこで言葉を区切り、仮面を外して、私に向かって礼の形を取った。それから流れる動作で跪き、突然のことで固まった私に手を差し伸べた。
「そのために、一緒に踊ってくださいませんか」
「え、まって、え?」
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