26 仮面舞闘会(sideAー3 another)
***(視点)の人物です。
片方???ですけど。
***???
これは、アカツキに伝わる詩の一節。
『銀の烏は種を蒔く。
その芽を摘んではいけないよ、繁栄を願うなら。
その種を掘り起こしてはならないよ、豊穣を願うなら。
そこに眠るは無数の魂。
竜の眠る異形の神域。
鉛の烏は種を蒔く。
その命は摘まなければならないよ、繁栄を請うのなら。
その鉛は掘り起こさなければならないよ、豊穣を請うのなら。
そこに眠るは無数の塊。
獣這い出す異形の深域。』
皆銀と鉛の烏が何を指すのか知らぬまま、
銀を崇め、鉛を忌むべきものとした。曰く、人を怠惰に陥れるものではないかと。曰く、人の愚鈍な部分を指しているのではないかと。
おそらく、その単語を軽々しく使うあの男も、単なる揶揄のつもりだったのだろう。
「まるで啼けないナマリの烏だ」
鉛の烏が、
銀の烏が、
誰を指すのかも知らぬまま。
***カレン
笑い声がした。他人を馬鹿にした、大嫌いな声。
それが自分に向けられたものなら(へこみはするけど)まだ落ち着いて行動できていた確信がある。避けられるのも慣れているし、残念ながらこの界隈では日常的に横行しているもの。
でもすぐ傍の人間が深く傷つくのが目に見えていて、どうして黙っていられるのか。
私はジークの元を離れ、渾身の大ジャンプで声の主との距離を詰め、そのまま手刀を食らわせようと思って、止めた。
これではいつぞやの社交会の二の舞である。と思い直したからだ。
仮面越しに睨み付けられた男は、談笑の輪から抜けて溜息と共に私を見下ろした。
「おやおや、こんなところで如何いたしましたか、“小さな”レディ?」
ニヒルな笑みを浮かべた彼は、明らかに小さなを誇張して宣った。今し方別れたご令嬢たち(の恐らく容姿)と比較してだろう。確かに色々と小さいけれども、と納得しかけた己を叱咤してここは何も突っかからずに睨みつけるまでに留める。
「私が仰りたいこと、あなたが一番分かっていると思うのだけれど?」
「ああ、あの男のことですか。本人ではなく遣いの者を寄越すとはね」
「私が“個人的に”伺っただけです」
私がはっきりと告げると、男は訝しげに私を凝視し唸り、それから割とあっさり「そうですか」と口にした。
「……私は思った通りの感想を述べていただけです。ここは貴族が集う場、“普通に言葉を話すこともできない”なんて信じられないと」
――ああ、あるよねそういうの。
「だから、わざわざ“啼けない”なんて言ったのね」
彼の意見に薄らと耳を傾けながら、ひっそり息を継いだ。
所謂、貴族は一定の水準以上を満たしているべきである、という考え方。
それはつまり、(私がよくサミに注意される)言葉遣い、礼儀、作法、武道、教養、それらをあますところなく叩き込まれた者だからこそ、手本となる生き方になり――だからこそ、人の上に立てるという考え方だ。
私でもその考え自体の理解はできるし、積み重ねてきた努力の表われと思えば誇る気持ちも頷ける。
でも、それで線引きして上から目線になるのは――陰口をいなす云々の前に――いけ好かないのよ。
男は私を上から下まで不躾に眺め、ふんと鼻で笑う。所々頭にくるものはあるけれど、予想以上に冷静な自分は安い挑発には乗らない。
男を冷めた目で観察する――脳内イメージ上インテリジェンスな――私は、
そもそもこの人、ジークが舞踏会に紛れ込んだ一般人だと思っているのかしら。……言っておくけど、あなたが馬鹿にしている相手は、異国の神様ですからね。しかも、今鼻で嘲笑った女の子はここの領主の息女なんで。
などと相手を嗤い返していて、怒れる部分の私の気持ちを幾分か軽くした。ゆっくりと息を吸って物理的にも心を落ち着かせる。
私が大人しくなった、それ則ち私の怒りが静まった、とみた男はこの場を後にしようと、私に背を向けた。
「では。話も終わりのようですので、私はこれで」
「え、ちょ、私の話はまだ終わってはいませんわ」
私が慌ててその腕を掴むと、彼はそれはそれは面倒くさそうにゆっくりと振り返った。少女と成人しているだろう男性、という体格の差も歴然とした相手だが、余り人目に映らないこの場で振り払う素振りも見せず、ただただ嫌そうに振り返った。
「こういった場で短絡的に行動するのはあまりよくないですよ」
「……それを言うなら、あなたもその癪に障るような態度を改めてほしいわね」
「…………どうやらあなたも、大概面倒くさい人間のようですね」
「……」
……あなた、も?
「どうせ理由なんて、音量の問題でしょう。陰口を、当の本人まで聞こえるような大声で嗤うな、と。
まぁ、あなたが“個人的に”因縁を付けている事を見れば、あの青年は大して気にしていなかったようですが」
「……分かっているのね」
劇場の円周とは言え、単なる話し声にしては大きすぎる。それも一緒に話していた人々も思わず物理的な距離を置きたくなる程に。
私が現われた時、彼女らと男の間には談笑していたにしては不自然な間が出来ていたのを確認していた。詩の一節を利用した内容も、それこそ知識のある貴族なら、誰かを非難していたことも理解できただろう。
いかに無礼講を認めている場だと言っても、限度があるのではなかろうか。その程度ならいくら“小さい”私でも指摘できる。
私が言いたかったことを先に言って理解を示したにも関わらず、
しかし彼は私を再び鼻で笑って、それら全てをこう一蹴した。
「実にくだらない正義感だ」
「――――は?」
感情の見えない金の仮面が、呆気に取られた私の耳元に近寄って下卑た響きを持って囁く。
「君はそっくりだ、カレン嬢。
かつて夜会で一世を風靡したカトレアも、要らぬ正義感で手を貸して無残な死を遂げた。
あれは自分の価値も解っていない、実に愚かな女だった。
君の行動は中々どうして苛立たしい」
今までの小馬鹿にしていた態度とは打って変わって、不可解に歪んだ響きを持つそれにより、私の心の内は醜くどろどろとしたもので満たされていく。咄嗟に離れるとくぐもった嗤いが追随してきた。
「さっきも男の方がこっちを睨んでいたが、君たちは本当お似合いだ。私がどこの誰かも理解していない。実に無知、実に無謀だ」
彼の一言一言に背筋がぞっとする。男が途端に得体の知れないモノに成り果てた、そんな感覚だった。
「あなた……人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!」
思わず声を荒げて対抗しても、彼は怯みもせずこちらを観察して、ただただ仮面の裏から冷たい視線を浴びせてくる。
「馬鹿にされる隙を見せるから馬鹿なんでしょう。
――言葉も話せない、溶け込めない“生まれたばかりの赤子”が、夜の社交場に来るもんじゃない。君も同じさ、空回りばかりの姿はとんと可笑しくて可笑しくて仕方ない」
赤子? 空回り? 怒りなんてない。先程までの冷静さも鳴りを潜めて、ただ一つ残る恐怖心を司る部分が、彼の言葉に誘発されて己の理性の箍を外した。
「発音がなに! 話し方がなに! 人が一生懸命な姿を笑うあなたの方がほとほと可笑しいわ!」
けれど、
大きな声を放ってから自分たちが衆目を集めていたことに気づく。不確定多数の方向から、それこそ聞きたくない声が聞こえた。
……ああまずい。また、やってしまった。
焦る脳裏に今すぐこの場から逃げろと警鐘を鳴らす自分がいる一方で、
でも、目の前のこいつだけには、背を向けたくない。と敵愾心をむき出しにする自分が足止めをする。周囲に声と同調して激しさを増す鼓動の音に頭を激しく揺さぶられながら、おもむろに息を吐いた。
冷静になれ、冷静に――。
そうして私が一度俯き、男を再度見上げると同時に、ある人が横から割り込んで来た。
「失礼、連れの者が迷惑をかけたようですね」
それは黒一色の衣装を纏った青みがかった銀髪の男性だった。
……ジーク、だよね?
その後ろ姿は見間違いもないほどそっくり同じだが、彼の口から発されたであろう流麗な言葉遣いは、違う誰かを彷彿とさせ、私は首を傾げた。
銀髪の彼は一切振り返ることなく、私達の間に立ち、男と対峙する。
「今までのは演技だった、いや違うね」
「何のお話か判断致しかねます。
私は今初めてあなたと面と向かって言葉を交わしたはずですが……以前どこかでお会いしましたか?」
金の仮面の男は、しばらく無言で銀の男を観察していたが、前触れもなくあの下卑た嗤い顔を引っ込め、まるで遊びに飽きた子供のように「あーあ」と言って睨み合いを放棄した。
「君は目立つからね。偶然君たちの会話を耳にしたのさ。
――――興が削がれた、もう行ってもいいかい?」
「ふふ……。ええ、もちろん」
「え……」
それからあっという間に会話は打ち切られ、私が拍子抜けした声を漏らした。
多分、解散した方がお互いのためなんだろうけども。終始彼のペースだったせいかその結末により燻ったままの心が消化不良に陥る。判然としない感情が身体の中で滞留していて、居心地が悪い。
「どうしたの、具合悪い?」
「いえ、そういう訳では……」
彼が振り返りこちらを見る。
細やかに紡がれた気遣いの言葉に、曖昧な笑顔を浮かべて、その仮面から見える瞳を覗くと、
その“青”色に思わず息を呑んだ。
「目立ち過ぎたし、一度外に出ようか」
活動報告の方でもごたごたしてすみませんでした。
金の仮面の男、本来ただのモブAとして出す予定だったのに、なんでこうなったんでしょう。
ここまで、お読み下さりありがとうございます!




