24 仮面舞闘会(sideAー2 another)
※「カタカナ+漢字」あるいは「」なし→ジーク、「ひらがな+漢字」→カレン、『台詞』→ウィル
※***(名前)→名前視点
で以降続けていく、かもしれません。
***ジーク
神竜の姿は望まれた姿で、生まれ持つ力は望まれた力。
望まれた翼で空を舞い、
望まれた力で人が立ち入れない境界に立ち、
持ちうる力を振るって、皆の願いを叶える、
そのための“神様”。
人のフリして舞踏会へと足を踏み入れても、それは変わらない。
少女の手を引いて招き入れられた世界は、眩いばかりの光に包まれている。
そのまま境界線上の表面に目を向ければ、きっと知識通りの社交会の光景だったろう。大きなシャンデリアの下で派手な衣装を着た男女が、煌びやかな演奏と共に踊ったり、グラス片手に談笑している。わたしはそれを横目に眺めながら、
――彼らを結び又その足下に蔓延る赤い線に目を向けていた。
下も、前も、行方を遮るような赤、赤、赤。
遠くを見るように、又は近くを見るように、焦点の僅かなずれで見え隠れする世界に軽く目眩がする。
まるで、儀式の舞台だ。
予想だにしなかった光景に二の足を踏む自分に喝を入れて、硬質の床を蹴る。
世界広しと言えど、こんな赤黒い裏の景色を垣間見るのは、“わたしたち”神の特権。きっとこの場にいる他の誰にも、複雑に絡み合った糸は見えていない。
恐らく、すぐ傍にいるこの少女にも。
「よし、気合い入れていくよ、ジーク」
この場の異常性に気付いてしまった故に彼女をこの場から逃がしたい反面、
「……」
繋がれた手の温かさがこっそり初仕事へ向かう勇気をくれるものだから、返す言葉に迷う。
儀式の前後およそ一年の過渡期は、わたしと彼が混じり合う期間。
かつてウィルが抱えていたその感情は、すなわち、わたしの感情でもあって、身体自体に染みついてしまった、その正体も、呼称も予てから知っているからこそ、
今現在この感情の置き場に困っていた。
今ほっこりしてどうする。
今仕事中だからな?
「……不安ダ。自分ノコトダガ、スゴイ不安ダ」
頭の中をリセットするため深く息を吸い、せめて離れぬようにと手に篭める力を少しだけ強くする。
次いで裏の世界の片割れに意識を傾けた。
片割れは、いつだって確かにわたしと繋がっていて、わたしの心に寄り添うように在る不思議な存在で、――何より彼は今、鏡のような床の下に存在している。
声に形がないように、形を持った彼と話す機会はそうそうない。最初は姿形が同じ相手だからそう錯覚したのかと思ったが、透けた床面に映る人影の瞳は、深い青色の光を点していた。
困ッタナ。と、わたしが小さく語りかければ、
『どうしたの?』と、間髪入れずに返ってくる。
その場でやり取りできる程に近い距離だった。故に分かるのはわたしたちを隔てる境界線はとても薄いという事。連れの少女が何かに気を取られている間に、わたしは赤の世界に焦点を絞り、彼との事務的な会話に専念することにした。
「思ッテイタ以上ニ、人ノ縁ハ複雑ラシイ。劇場内一面赤色ダ」
『意識しすぎて足を取られないようにね』
「……当タリ前ダ」
特異な立場上あまり目立つ行動は避けたい。そのためにも、わたしはこの場に溶け込まなければならない。
ただでさえ見えているものが違うリスクを抱えているのに、たくさんの人と人を繋ぐ無数の糸が混ざり合った視界のまま、中央のホールで立ち回るのは愚策だ。
バランス感覚を失って下手に転べば、床を割れる自信がある。どうあがいてもわたしは頑強な鱗という鎧を纏った竜。人に擬態していても身体は鈍器、拳は凶器なのだ。
少女の手を引き、ホールの脇を迂回するように歩く。表の世界の床を蹴れば、裏の世界の彼も追ってきた。
取り敢えず人の輪を離れて陰に身を寄せて一息吐くと、真下の彼はふいに笑い声を上げた。
「……何ガオカシイ」
『……すみません、不謹慎だとは分かっているのですが、実は今の状況も光景も楽しくて』
「……ソウカ。良カッタナ?」
『このまま眠り消える可能性もあったのに。本当、何が起こるか分からないものです。
――だからこそ、私も責務を全うしなければなりませんね』
わたしがその場で足をどかして床に映るその姿を見やると、自分と姿形そっくりの人間は、柔らかく微笑み、瞬時に態度を一転させてわたしと向き合った。
『現時点で断定できるのは、表と裏の境界が薄いこと。本来は私達が互いに視認できないほどの距離がなければなりません。……この場所限定かは定かではありませんが』
「限定ダロウ。会場ニ入ッタト同時ニ嫌デモ見エルヨウニナッタ」
『そうですか。となると……うーん。
この場にいる何か、誰かが原因で、空間ごと引き寄せられている、とか? 流石に先代の知識の中にも該当するものはないようで、おかしなこと言っていたらすみません』
「何カ、カ……」
彼はしゃがみ床の面に手を置いて目を閉じる。
わたしは会場をぐるりと見回してみるが、表舞台はもとより、裏舞台も赤い血管のような樹の根のような線が方々に伸びているくらいしか特筆すべき点はないように思えた。
「誰カ、カ……」
『えっと、惑わすような発言をしてしまい、申し訳ありません。
取り敢えず、焦らないでいきましょうか。僕らは基本“対処”なのですから』
彼は仮面を外し、分かりやすくにっこりと笑む。そのまま仮面で扇ぐ姿を見て、何となく自分も暑くなったと錯覚し、わたしが仮面を外したら、表世界の少女に慌てて取り付けられた。
表世界で、すぐ隣の少女がわたしの手を引く。その行き先は食べ物が並ぶテーブルだ。迷いなく一直線に進む姿に首を傾げながら、されるがままに付いて行くと彼女は皿をわたしに押しつけてきた。
「取り敢えず、何か食べよう?」
「アマリ腹ハヘッテイナイガ」
「ここに来て棒立ちは浮くから……というか、浮いていたから取り敢えずの時間稼ぎ」
「シマッタ」
どうやら、裏世界に気を取られすぎていたらしい。
仮面越しに不躾な視線が四方から注がれていた事を今やっと知覚して、わたしは頭を抱える。
『すみません。しばらく静かにしています』と言いながらウィルも頭を抱えたようだった。
わたしは彼女に流されるままに、皿を手に取って、表世界の身の回りをぐるりと見渡した。
中央を陣取って踊りに明け暮れている者や、談笑という名の情報収集に心血を注ぐ者は自分の勤めで手 一杯なようだが、目的不明の何名かがそれぞれの思惑でこちらを見ている。
彼らと共に視界に映るのは罠のように張り巡らされた赤い糸。
裏に焦点を当てた時ほど血なまぐさい見た目ではないが、やはり目立つ。
……時に、他国では「赤い糸で結ばれた者同士は番の契りを交わす定めにある」という伝承が存在するらしい。
しかも、その国の神には赤い糸を結ぶ事を生業とするものもいるそうだ。
わたしと繋がる糸は少女だけ。けれど、彼女は取り巻きの何名かと繋がっている。
それを認識すると自分の内側からもやっとした感情が湧き上がってきた。
だって、あれだろ。番は一対一で結ばれるものだろう。
『それでも、切ってはいけませんよ?』
悶々とした脳裏に、苦笑交じりの声が割り込んできて、わたしはぐっと息を呑んだ。
「……分カッテイル。我ラハ神デアッテモ、コノ場デハ部外者」
だが、どうにも気になると、身体は勝手に動く。特に繋がった先にいる一人の男が気になってしまい、睨み付けると、
「な、なに?」
「……何デモナイ」
ばったり目が合った彼女を驚かせてしまった。
一瞬気まずい空気を漂わせたわたしたちの間を軽快な音楽が流れていく。
音を音楽と認知するのに十秒。それから、そう言えばここは踊る場所だったな。と、ふと思い返すと、やがて食べ物ばかり食べている現状は、彼女にとっては心外なことなのかもしれないとの考えに至る。
でも、今行ったら変なステップ踏んで笑いものにされそうだしな……。
『……あの。こちらにも、戸惑いが伝わってくるのですが』
「……公私混同、ジャナイ、表裏混同ノ状態デハ踊ルノモ困難ダト思ッテダナ」
『その場に溶け込むことも、仕事の内ですよ』
「――クッ」
「…………何て重い使命を背負わされたの」
まるで会話が聞こえているかのようなタイミングでカレンの発言が入り驚いたが、どうやら彼女は彼女で考え事をしている最中のよう。
周囲を警戒しながらも、くるくると変わる表情を面白半分で眺めていると、既知の臭いが鼻腔を刺激した。
――死者ノ香リガスル。
今夜はすこぶる予定通りに進まないらしい。
***???
赤い、暗い、世界の底で、
人の姿を纏った獣が目を醒ます。
自身に繋がれた細い糸を辿って、手を伸ばした先には、
見ず知らずの人間がいた。
獣はただただその光に満ちた世界に行きたくて、
相手を引きずり下ろして居場所を手に入れる。
そうして笑うのだ、
今度はお前達の番だ、と。
辺鄙な土地の辺鄙な場所で開かれた舞踏会会場の裏側、
闇夜に包まれた劇場で、
怨嗟の怒号をバックサウンドにして、
偽物の神様に捧げられた生け贄は復讐の狼煙を上げる。
ただ一人、何も言わず、
彼はそれをじっと見つめていた。
ねもい
割と普通にがっつり会話しているウィル氏、そんな君には「死ぬ死ぬ詐欺師」の称号を授けよう。
みたいなノリで書いてしまったけれど……大丈夫でしょうか。
ここまでお読み下さりありがとうございます!




