23 仮面舞闘会(sideAー2)
今回から人やら、視点やらが、入り乱れていく、予定ではあったのですが……。
前投稿から一週間以上経ちそうだったので、先にカレン視点のみの投稿をさせていただきます。
「よし、気合い入れていくよ、ジーク」
そう言って、ホールに足を踏み入れた瞬間、懐かしい香りがした。
それはある神域の境に立ったような、時が止まった視界と誰の声も聞こえない空白の刹那。
知覚を検める時間はなく、瞬きの後に、じわじわと停止していた全感覚が戻ってくる。
光を反射してくるくる回るドレスの人影も、それを映す鏡みたいに磨き込まれた床も、飾られた甘い花の香りに、ホールの脇に並べたテーブルからは食欲を誘う匂い、そして音楽家達が響かせる軽やかなメロディ、それに合わせた足音も、様々な感情が入り乱れた笑い声も。初めての夜会は、圧倒的な熱量でもって私達を出迎えた。
一部人だかりが出来ている箇所へ視線を巡らせば、私達とほぼ同時に入ったグラマラス美女がたくさんの取り巻きを引き連れて中央へと入って行く姿が見える。男性だけでなく女性も混じっている為、いつかどこかの社交会で見た、どこぞの第二王子よりもその層は厚い。時折彼女とのダンス権限を巡った小競り合いも起きているけれど……男性はともかく、女性が名乗りを上げるのは何故なのでしょうね。渦中の女性は黒い扇で片手間に扇ぎ事態を静観して、女王風を吹かせていた。
「流石女王様。正しくは王妃様なんだろうけども。しかも他国の」
もっと言えば他領ですらないのに、あの堂々たる姿勢。私達が別行動の意味が少し理解できた。気合い入れても緊張しいはあの輪に入れない。
「ドウシタ?」
「いえ。なんでもないです」
一人ごちる私にジークが振り返り小声で訊ねてくる。私が彼に行き先の主導権を預けると、彼はホールを一瞥して早々に真ん中ではなく、端へ寄るよう移動を始めた。
情報収集と言われたが、具体的に何をするべきなのかを私は知らない。頼まれたのは、ただ彼の傍にいること。誰かから話を聞こうにも、ジークから離れられない現状では難しい。
やがて大人しく連れて行かれた先には軽食とグラスが並ぶテーブルがあった。
緊張でお腹が減ったのかしら。まぁ端は落ち着くから私も好き。
そう思って彼を覗き見れば、そうでもないらしい。ジークは外周からホールを眺めては何事か小さく呻いている。
壁の花に徹するように見えて、しかし、その容姿のせいで溶け込めない。
彼の姿を遠目からちらちらと盗み見る影は、私とばっちり目が合うとばつが悪そうにその視線を避ける。それも一人二人の話ではなかった。
そもそも彼のような銀髪はこの地にはいない為、物珍しく映るのは仕方が無い、仮面をしていても想像できてしまう凜として整った風貌に、黒い衣装は彼の細身で成人並みの高身長な体躯を好く見せていた。
……でも、パートナー、ここにいるんだけどな。
ついさっきまであった緊張は解け、代わりにもやっとした正体不明の感情が去来する。
そんな状況下で何を血迷ったのか仮面を外したもんだから、色目気だった声が方々で響き、私は慌てて彼に再び取り付けた。
アンタ、仮面着ケテイル意味、分カッテマス?
「取り敢えず、何か食べよう?」
「アマリ腹ハヘッテイナイガ」
「ここに来て棒立ちは浮くから……というか、浮いていたから取り敢えずの時間稼ぎ」
「シマッタ」
仮面を着けていているが、なんとも表情が透けて見える声音だ。
私は軽い会話を挟み意識をこちらに向けてから、その場に置いてあった小皿に少量盛ってジークに手渡す。それを苦笑交じりに一口運んで、彼は再び周囲を見渡した。
その視線は一定の箇所に留まることはなく、忙しなく右往左往している。何かの後を追っているようにも、当てもなく探しているようにも見えた。
ホールを見渡して、楽しそうにダンスを踊る面々を眺めると、つい自分も踊りたくなってくる。けれど、相手方の様子を鑑みるに、それは当分先になりそうだ。
彼の目的を邪魔する気も毛頭ないため、私は特別行動を起こすでもなく、黙々と消費される彼のお皿に料理を追加して、その挙動とホールをぼんやり観察するに留めた。
現状、私達の会話はほとんどない。
ひねくれた見方をすれば、無関心か不仲に見えるのだろうそれを、周囲はどのように見ているのだろう。
ワルツの旋律に隠れて、どこからか囁き合う声がした。
嘲るような嗤い声にびくりと肩が震え、
視線を這わせるとその声の主ではなく、すぐ傍の人物の緋色の目と目がばっちり合った。
「……」
ジークは何も言わずスッと私の背後方向を見据え、睨み付ける。
「な、なに?」
視線を追って私が振り返って見ても、そこには見覚えのない男性貴族が見覚えのないご令嬢を口説いている場面で、どう考えても彼らは囁きの主でなければ、そもそもこちらに無関心だった――むしろ私達、延いてはジークの取り巻きの方が危険な香りがする。
できるなら、そっちの牽制をしてほしい……のだが。
「何デモナイ」と彼は――恐らく無自覚で――私に微笑んで見せ、彼女達の猛獣のような気配は更に強くなり、反射的に怖気立った。
背中が焼かれそうなほど注がれる視線に加え、少しずつ包囲網の幅が狭まっている気がする。正直気のせいだと思いたい。
兎にも角にも先ず声の主より、今身に迫っている危険をどうにかした方がよさそうだ。
「…………はっ。もしや、お手伝いってこういうことかしら?」
言うなれば、任務中の青年を肉食女史から守れ、的な感じだ。
ジークはこういう場に慣れていないだろうし、そもそも話すことに未だ抵抗あるみたいだし、私が(主にあのレーヴァテインからだけど)頼まれたのはジークの傍で彼を守ることだし、……悲しいかな、嫌われ役は慣れているし。
うん。あながち間違いでもない気がする。
「なんて重い使命を背負わされたの」
「?」
そうと決まれば、と、私はグラスの水を飲み、ジークの下で用心棒のごとく胸を張り大の字で立ち――この手の経験はほぼないに等しいため――少女向けのお話を参考に戦略を練る。
私みたいに剣を隠し持つ人なんていないだろうし、あるとすればお水掛けられて退場とかかな。できればこのテーブル地帯や花に扮した獣地帯から距離を置きたいのだけど……。
ジークの様子を再確認したところ、彼は申し訳なさそうに私を見た。
「……シバラク時間ヲモライタイ。状況ニヨッテハ協力ヲ頼ム」
了解、この場を離れるのは無理なのね。OK、OK。
「うん。よく分からないけど、分かった」
この位置で動かないのならば、私も極力彼から離れないことにしよう。
そう決心したすぐ後、声の主に飛びかかっているなんて、この時は思ってもいなかった。
次はジーク&ウィル視点でお送りします(汗
明日には出せるかと…




